第4話 変貌
「おーっす。晃ちゃん、お仕事お疲れ!」
「声がでけぇ。それにまだ終わっちゃいねぇ。あー、そこ座れよ」
白耶麻 一会は快活な声で手を振ると、軽快な足取りで晃輝の席に向かってくる。
それにしても、インドアと言う言葉が服を着て歩いていた昔が信じられない変貌振りだ。何度見てもそう思う。
トレードマークだった長い白金の髪は、ばっさりとセミロングまでカットされ、後ろからでは目立たないように白い帽子の中に隠している。服装は、どこのお嬢様かお姫様かと思うようなドレス風味のものから一変、女物のGジャンの下にキャミソール、下はホットパンツ、黒のオーバーニーソックスにロングブーツと、カジュアルだが決して派手過ぎない、どちらかといえば快活な印象を与える、垢抜けた格好だ。そして、その中で妙に浮いて見える、見覚えのある古びた無骨な黒い鞄―――。
恵まれた自身のスタイルと相まって、女子大生として見ても違和感はない。晃輝は思わず「ヒュー」と口笛を鳴らした。去年に全過程が終了してしまった学生生活を、今更ながら恋しく思う。
「お姫様ルックはもうやめたのか?」
「もう、何年前の話をしてんの。それよりこれ、春の新作だって。どう? 似合う?」
「やれやれ、馬子にも衣装ってな。似合ってるよ」
「相変わらず一言多いなぁ。あ、あたしは海鮮スープパスタで」
「あーっと、言っておくが一会、オゴリは無いからな」
「そんなの、最初から期待してないって。でもいつかはオゴってもらうから、しっかり稼ぐように!」
「―――これだよ」
晃輝はやれやれと肩をすくめながら、ようやくカルボナーラにありついた。
知る人ぞ知る、だった昔とは違い、一会はこの八ヶ谷市内ではすっかり有名人になってしまった。周囲の視線を集めていないか、無駄に気になる。
市内で、一際大きな神社である白耶麻神社は、名前からもわかるように白耶麻 一会の実家でもある。
祭神は確か白山比咩神。菊理媛神とも言ったりするらしい。神代の世に、黄泉の世界から逃げ帰ったイザナギと、彼に追い縋るイザナミの夫婦喧嘩に割り入り、その仲を取り持った神様―――ということで、縁結びのご利益がある。とは、一会の談だ。ちなみに、イザナギとイザナミも合祀されている。
そして、この神社にはもう一柱、祭神がいる。その神様こそが白耶麻神社の主神である。
その名を『ミシロ様』という。中央神話には登場しない、いわゆる、土着の土地神様だ。八ヶ谷市指定禁足地となっている御白山の山頂に御神体があるという。それ以外は、どんな神様なのかは聞いていない。
そして一会は、その『ミシロ様』に捧げるミシロ神楽を舞う巫女として、十二歳のときにデビューした。ちょうど、晃輝が大学の進学のために八ヶ谷市を離れた後のことだ。
神楽を舞う、白金の髪をした美少女の巫女がいる神社。そんな話が、この狭い地元で話題にならないわけがない。
この桜の舞う春の季節は、春祭りとして祈年祭が毎年執り行われる。
一会にとってはまさに書き入れ時だ。彼女の姿を一目見ようと、市内はおろか、市外からもやってくる参拝客で、連日神社は賑わう。一般参拝客向けに浦安を舞ったり、御神籤作りに、境内の掃除に、時には売り子として店に立ったりと、年末商戦に臨む社会人も真っ青になるような激務をこなさなくてはならないと言う。ひょっとしたら今も、休日なのではなく、貴重な休み時間を縫ってわざわざやって来ているのかもしれない。
(俺ごときのためにね。―――ばかやろう)
一会は気にする素振りも見せずにスープパスタを堪能しているが、その姿をぼんやり眺めながら晃輝は「社会人には時間が~」となどと言ってしまった己の不明を恥じた。
「変わったよなー・・・本当に。いろいろ」
独り言のつもりだったが、つい声に出てしまっていた。
「ふぇー? あんふぁいっふぁー?」
「あ、いや。口のものを片付けなさい」
「・・・んぐっ。で、何の話?」
一会はフォークを置くと、大きな赤銅色の瞳をキラキラと輝かせ、問うてくる。
「楽しそうだな」
「そりゃあ楽しいよ。せっかくの、ほら」
一言は「んー」と一瞬言いよどんでから「幼馴染とのおしゃべりなんだからさ」と、返した。
「幼馴染かー・・・。奇妙だよな。傍目から見れば俺達って、どう見えるんだろうな」
「なーにを今更。八歳の女の子連れて登下校してたくせにー」
少なくとも兄妹同士とは思われないだろう。恋人同士―――なんてのはむず痒くて、考えたくはない。下手をすれば援助交際ともとられかねない。それほど、二人は不釣合いなのだ。見た目を筆頭に。
「昔確か、誘拐魔扱いされたことあったよな。一回だけ」
一会はパン、と手を叩くと、人差し指を晃輝に向けた。
「あったあった! あの時はあたし、ヒネてたからねぇ。晃ちゃんの弁護もせずに黙ってそっぽむいちゃって」
「あの時は焦ったぜ・・・その場で市警に連絡までされたからな。でも、いざ連行されるかと思いきや、その時かかって来た電話一本で、お巡りが青ざめて謝罪しだすんだからな。改めて、市政の手回しが行き届いてるんだなって実感したよ」
「その時どう思った? あたしのこと」
「このクソ餓鬼ぁ・・・だな。いつか尻ぶっ叩いてオシオキしてやるって本気で思ったよ」
「やだ。小学生のお尻に興味が・・・? でも結局、そんな機会なかったよねぇ」
「力関係が露骨過ぎるんだよ。社会的にも、あと物理的にも・・・いや、『アレ』を物理と言っていいのか」
それを言い終わる前に一会は「そうだ!」と割り入ってきた。
「久しぶりに見せてよ!『アレ』」
「やっぱりそう来るか。まあ、予想はしていたけどな」
そう、『アレ』。当時の郷土研究会という部活の方向性を、決定付けたと言ってもいい超能力。通称『アレ』―――。
「腕は鈍っていないか、師匠がチェックしてあげる」
「へいへい。じゃあ、師匠。あのドリンクバーの横のコップを御覧あそばせ」
一会は本日最高の笑顔で、晃輝が指差す方向を向いた。
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