第3話 生意気娘




 郷土研究会って、何をするところなの?



 唐突に一会から突きつけられた質問に、晃輝は「え、ええーと」と、口をどもらせた。うろたえたからではない。実際に「よくわからない」からだ。

 部員の数はおそらく晃輝を含めて七~八名。おそらく、というのは、全員が集まっているところを見たことがないからだ。一度も顔を合わせたことのない者もいる。

 とどのつまり、幽霊部員の巣窟なのだ。こんなことで組織だった活動などできるのかというと、実際、出来ていない。

 入部してから今までの一ヶ月間の活動内容を思い返してみる。

 ひとつ、たまたまその場に四人集まっていたので、賭けマージャンを陽が落ちるまで満喫した。

 ひとつ、たまたまその場に三人集まっていたので、部室に設置されているゲーム機で、対戦格闘ゲームに興じた。

 ひとつ、たまたまその場に五人集まっていたので、トランプを引っ張り出し、『大富豪』で遊んだ。

 ひとつ、その日は宇呂と晃輝の二人しか居なかったので、出された課題をお互い駄弁りながら片付け、帰途に着いた。

 ひとつ、その日は誰も居なかったので―――


 つくづく、ろくな活動をしていない。そもそも活動をしていると言っていいのだろうか。とにかく、そのヌルさは徹底しており、振り返ってみて、見事だとすら思う。さて、困ったのは、一会からの至極真面目な質問にどう返すかだが、ありのままを答えるしかあるまい。

「それがね、俺にもよくわからいんだ」

 はあ? と聞き返すような表情になる。無理もない。

「わからない? わからない所に、どうして」

 的確な疑問だ。しかし答えは至極簡単。部活というものが面倒くさかったからだ。高校になっても、こんなものに自分の時間を縛られるのが苦痛で仕方なかった。だから、出来る限り何もしなくてすむような部活を探し、そして行き着いたのがこの郷土研究会だった。

 もっとも、そんな情けないことを言えるはずもない。

「それは、まあ、何となく」

 茶を濁した瞬間

「要するに面倒だったんでしょ。顔に書いてある。ううん、全身からそういうオーラが出てる」

 突然の暴言に、光輝は絶句した。

「居るよねぇ、一生に一度しかない青春を平気でドブに捨てるような人。外ではほら、野球やってるよ? すっごくいい顔して。それとも何? ああいうのを見ると貴重な時間を使って無駄な努力をして、馬鹿だねぇとか思っちゃうの?」

「いやー、その・・・何というかね」

 結局、一会は「話にならない」という顔をして、再び漫画に視線を戻してしまう。

 愛想笑いで引きつる表情の裏で、晃輝の腹は煮えくり返っていた。

(か、可愛くねぇ・・・! 本当に八歳のガキのセリフか? これが!)

 天使のような見た目からは想像も付かない毒と煽りの数々。マセた言葉遣い。これは孤立するのも已む無しだろう。自業自得だ。こうやって、周りの同級生を大人気(?)なく完膚なきまでに叩きのめしてきたのだろう。一瞬たりとも同情の気持ちを浮かべたのが馬鹿らしくなってくる。

「それと」

 ページを捲りながら、一会が言う。

「その、猫をじゃらすような口調、やめてほしいな。あたしを可哀想な人を見るような目で見るのもやめて。あと、この髪と目と肌は生まれつき。病気でもなんでもないから」

 そして続けざまに、まくし立てるように言う。

「いつもそんな口調でしゃべってるわけじゃないんでしょう? いいよ? さっきのツンツン頭のお兄さんに言うのと同じ口調で。あたしは最初から懐を開いて喋ってるんだから、お兄さんもそうすれば?」

「はぁー・・・」

 ため息が出た。と同時に、妙に落ち着いた気分になり、脱力した。そして、疲れがどっと込み上げてきた。

「最近の子供って、みんなこうなのかね・・・。これが年長者に対する態度とは、世も末だ」

「そりゃどうも。まだ八歳なもので。勉強不足でしたかしら」

 見事なまでのしらばっくれ口調。一体、こういう返し方を誰に習ってくるのか。

「絶対年齢詐称だろそれ・・・。せめてもっとガキくさい喋り方だったらまだ可愛げがあったんだが」

「でもそれだと、もっと面倒くさいことになるよね。こうやって本音をだすことも出来ないんだから」

「・・・まあ、それもそうだな」

 椅子に背もたれしながら、嘆くように晃輝は天井を仰ぎ見た。

「楽になった?」

「まさか気を使ったつもりか? 悪い冗談だ。他の男だったらカッとなって手を上げたかもしれないのに」

「そうかもね。でもお兄さんはそうしなかったでしょ?」

「さすがに、子供に手を上げるほど沸点は低くないさ」

「そう。だから選ばれたんじゃないの? あたしのお守り役に」

「結果論だろ・・・。俺より優しくて面倒見が良くてイケメンな野郎はゴマンといるだろうに・・・」

 痰を吐き捨てるように、晃輝は自虐的に言った。

 だがリラックスした。肩の荷がすべて降りたというか、消失したような気分だった。こいつのことは、もう子供と見る必要がなくなったからだ。まるで宇呂と与太話をしているのと同じような感覚だ。

「もう、ちゃん付けはしないからな。一会」

「どうぞ。こーちゃん。今後ともよろしく」

 一方が「ちゃん」を廃せば、もう一方はからかうように「ちゃん」をつける。どこまでも生意気でマセている。晃輝は突っ込む意気すら消沈し「勝手にしろ」とため息混じりに毒づいた。

 

 


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