第3話 3時間後の世界

橘亨は立ち尽くしていた。

月明かりに照らされ、そこにはいくつもの廃墟ビルが立ち並ぶ瓦礫道。

その瓦礫の頂の上に、人の命が消える姿があった。

それはとても残酷で無残な光景。

刃の爪が何度も何度も中年男の腹や腕、太腿の皮や脂肪、肉、臓器の奥までついばむ音。

まるで餓えた獣達が貪っているように見え、その惨状に誰もが目を背けた。

あるものは恐怖によって感情を押さえられず泣き叫び、あるものは見ることを放棄し、目を背けた。

しかし、亨はその光景から目を背けず、ただ軽蔑と怒りに近い感情でその惨劇を見つめた。

そして、3時間程前、監禁されていた部屋で目をスマホの液晶に記載されていたルールが脳裏によみがえる。

「結城さん、大丈夫。俺たちは、大丈夫だから」

亨の隣で縋るように顔を埋め、目の前の光景を直視できない美しい黒髪の少女に亨は感情を押し殺し、彼女を気遣い、優しく呟いた。

少女に安心感を与えるためとはいえ、目の前の惨状を他人事のように「俺たちは大丈夫だから」と口走ったからだ。

そんな自分自身にどうしようもなく腹が立った。


【禁忌ルール】

・端末の破棄、破損、電源off、バッテリー切れは人狼を呼ぶ。

 人狼との距離はバッテリーに比例し、100%で半径100mとする。

 初期状態で上記のどれか1つでも条件を満たした者と条件が満たしていない場合の者が近くにいる際、人狼には条件を満たしていない者は見えないものとする。


【基本ルール】

・初期状態では端末の所有者以外使用は不可能である。

 能力、その他のアプリケーションも同様である

 

いくつものルール項目の中、亨の脳裏にこの2つの項目が浮かび、繋がる。

目の前にいる全身が漆黒の人殺し集団。

防弾チョッキのようなものを着込み、フルフェイスの黒いヘルメットを被り、目は暗視スコープか赤く不気味に光った人の形をしている者達。

指の末節骨から中手骨に及ぶ第1指から第5指には鋭利な刃物が付き、肉をえぐり続けていた。

これがルールに記されている人狼なら目の前で啄まれている中年は、基本ルールを理解しておらず、かつ禁忌ルールを犯したということになる。

亨が見渡すと、誰もが携帯を両手に持ち、まるで神にすがっているように見えた。

隣にいる結城もその一人だ。

「ははは、エゲツネーな。あれが、人狼か? なんか書いてたよなスマホに」

目の前の光景を楽しむように笑いながら亨の横に近づく男が一人。

男は薄ら笑いをみせて、端末を弄ぶように宙に何度も投げてみせた。

亨はその男を感情に出さず、ただ見つめた。

それは、軽蔑に近かったかもしれない。

男の名前は柏木と言っていた。結城と同じ時間、同じ場所で出会った男だ。

年齢は亨と同じぐらいだろうか、髪は金色に染め耳にはいくつものピアス。

そして首筋には炎を象ったタトゥー。

「メガネ女のスマホを半ば強引にブン捕って、これって端末の破棄になるんじゃねーの?」

人の失敗を楽しむように、柏木は他人事のようにケラケラと笑いながら言った。

柏木の言葉に反論することはなかったが、亨の見解は少し違っていた。

端末の破棄が適用されたなら、奪われたメガネの女性も人狼の標的になっているはずだ。

しかし、彼女は。

「いや、いや、いやぁぁぁぁ」

その場から動けず、誰よりも人狼に近い場所で泣き叫んでいた。

おそらく、禁忌ルールの破棄ではない。

破棄が適用されるなら、奪われた彼女も人狼の標的となる。

だが、人狼は彼女に目もくれず中年を啄み散らかしている。

亨の考えは、まず基本ルールの理解から始まる。

端末の所有権は簡単には移動できないということだ。

譲渡、交換、強奪では所有権は移動しない。

しかし、中年はそれを理解しておらず、メガネの少女の端末を力づくで奪った。

その中で禁忌ルールを犯してしまった。おそらく破損、もしくは電源のoff。

バッテリー切れは自分の端末の残り電源と周りの状況も考え考えにくい。


中年の端末の破損、もしくは電源のoff。


そのどちらかが禁忌ルールとなり人狼が中年を襲った。

だから、メガネ少女の端末は灯となり彼女を人狼から守っている。

亨は自分の推測が間違っていないと思った。

しかし、柏木を否定することはしなかった。

まず、柏木と会話し討論することが亨にとって何も利益にならないこと。

そして、亨の推測が正しいか間違っているか関係なく、人の命が奪われた現実は何も変わらず、現状が変わることがないこと。

ただ、現実を見せつけられていることに変わりはなかった。

「なぁ、お嬢ちゃん。俺と一緒に行こう」

柏木は目の前の光景に飽きたように退屈そうになりながら、怯える結城に無邪気な笑顔で顔を近づけていく。

「俺が守ってやる」

囁くように、綺麗な少女の結城の身体を嘗め回すかのように無邪気な笑顔は真剣な雄の表情となり、少女を見つめた。

柏木の顔立ちは整っており、決して女に不自由するような感じではなかった。

だが、今の柏木の表情は誰が見ても汚らしく、醜かった。

結城は、その醜い男の前に声を出せず、無言で拒否をした。

そんな結城の姿にそそられたのか柏木の息は荒くなり、蛇のように細い腕を伸ばす。

それを遮るように、亨は柏木の前に立ちはだかった。

結城をいやらしい目で見ていた柏木の顔は急変し、鋭さを増し、亨を睨みつける。

亨は穏やかな目であったが、柏木から視線を逸らさなかった。

「なあ、橘亨」

亨の腕を弱々しくも強く握る結城。

「なんでお前、そんな顔しているんだ? この状況で感情を出さないのは。なぁ? 変だろ?」

「叫んだり、狼狽えることで状況が改善すると思わないし、お前のように興奮して笑うのも人として違うからだよ」

亨の言葉に、柏木は怒ることもなく、無邪気に笑みを浮かべ、

「俺からしたら、お前の方が異常だ」

背を向け、闇の方へ歩いて行った。

亨は軽く、ため息を吐き怯える結城に目を移した。

「結城さん、もう大丈夫だから」

中年が人狼に襲われ、慰めた時と同じ言葉、だが今の亨には自己嫌悪はなかった。


何もわからない。


なぜ、自分たちがこの場所に連れてこられたのか。

なぜ、この端末を与えられたのか。

なぜ、こんなことをする必要があるのか。


ただ分かるのは今、人が殺され命を奪われた現状と現実。

そして、端末で記載された文章が嘘や冗談でないこと。

これで終わりではないということ。

次は自分が死ぬかもしれないということ。

死にたくなければ、この端末を使い、記されたクリア条件を満たさなければならないこと。


多くの不安や恐怖が混ざり、絶望という感情が亨の身体の中から末梢へと広がっていく。そして、読み終えた後、端末を床に投げ捨てた、クリア条件を亨は嫌でも思い出してしまう。

「橘さん」

負の感情に支配され、亨の意識は飛んでいた。

亨を呼ぶ、結城に視線を移すと。

「あの、ありがとうございます」

優しく、結城は微笑んでいた。

怖いはずだ、泣きたいはずだ。

逃げ出したいに決まっている。

それなのに彼女は自分に対して、こんなにも健気に微笑んでくれている。

「いいんだ」

亨は結城に負けないよう、精一杯の笑顔を返した。

自分の笑顔は彼女の目にどのように映っているのだろう・・・そう思い、不安になりながら。


そして、亨はただ彼女が女王のアルカナの所持者ではないことを願った。


<戦車のクリア条件>

・女王の所有者を殺し、端末を破壊すること。


・世界の所有者の端末を破壊すること。


上記のどちらかを1つを達成することでクリアとする。

なお、前者は順序の逆転は不可とする。




亨はただ彼女が女王のアルカナの所持者ではないことを願った。

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