第3話
一年履いているナイキのスニーカーは白い。
あまり汚れない。
靴から上のあたしは汚い。
だから遠くから見たらきっと白いスニーカーだけがこの街を歩いてるように見えるはずだ。
じゃあスニーカーだけ歩けばいいじゃん、あたしはいらないじゃん。前を進むアケビの背中を見ながらそう思った。
十四時四十分
駅の改札前で男はすでに待っていた。
思っていたよりも普通の男だった。
もっとなんか大きくて茶色い髪していると思ったけど違った。
アケビの言う通り銀色の高そうなアタッシュケースを持っていた。
「よぅ」と男はアケビに呟いてから「どうも」とあたしの目を見て言ったから、あたしは会釈したけど記憶の限り人に会釈したのは初めてな気がした。それがとても何かに敗北したような気持になった。不快だった。
あたし達三人はそのまま西口繁華街にあるホテルへ向かった。
男は何も喋らなかった。だからあたし達も喋らなかった。
どうしてアスファルトは灰色なんだろう。下を向いて歩きながらそんな事を考えていた。
まるでこの道路に侵食されるように塀も電柱も灰色だ。
それがこの街をより重たく冷たいものにしている、あたしはそう感じた。灰色って怖い。気持ちがこもっていない色だと思う。
男はフロントで顔の見えない老婆に七千円を支払い三階の鍵を貰った。
エレベーターは故障中、階段で部屋まであがった。階段が長く感じた。
部屋はカビ臭く煙草臭かった。そして天井が低かった。
ほぼベッドだけの部屋だった。触らなくても湿っていると感じる青いシーツが気持ち悪かった。テレビはドンキホーテで一万くらいで売っている小さな物が壁に貼り付いている。壁紙の模様がダサかった。
男はアタッシュケースを窓際に置くとネクタイを緩めて黒いスーツの上着を脱いだ。右手の中指に大きな指輪をはめている。
「ふたりは親友?」と男は訊いてきた。あたしに言ったのかアケビに言ったのか判らなかったがアケビが「そんな感じ」と答えた。
親友なんだ、とあたしは思った。少し嬉しかった。
「君、僕の仕事この子から聞いてる?」と男は言った。
少し黙ってから「なんとなく聞いてます」とあたしが答えると「どう、うちで働いてみない?」と言ってあたしの返事を待たずに甲高い声で笑った。
そして「座りなさいよ」と言われてあたしとアケビはベッドの端に腰掛けた。アケビはスマホを眺めている。覗くとタレントのブログを読んでいた。
「うちの店は十代専門だからさ、誰かいい子いたら紹介してよ、紹介料もつけるから」
そう言いながら男は財布を取り出して「これいつもの二倍ね」と何枚かの一万円札をアケビに手渡した。
「ありがと」とアケビは呟きながらもタレントブログを見ている。貰った紙幣を数えもしなかった。
「面白い奴だろ、こいつ」と言って男はズボンを脱ぐ。「こんな感じだから信用出来るんだ」
あたしは部屋の隅の小さな正方形の冷蔵庫を眺めながら、あの冷蔵庫の中には何が入っているのかを想像した。
どんな飲み物が入ってるんだろう。
本当は開けてみたかったけど、わざわざその動作をする事がマイナスになる気がしてやめた。
何も知らない子に思われるんじゃないかとも思った。
あたしは経験不足だと思う。
何も判っていないんだ。
ラブホテルの冷蔵庫の中身だって知らない。
アケビは知ってるんだろうな。だから、こんな状況でも片手に数万円を握りしめて平然とブログを読んでいるんだ。
アケビ エンドケイプ @endcape
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