第2話

iPhoneは十四時を表示している。

あたしはいつもと同じメロンソーダを飲みながらアケビを待った。

店内には音楽が流れている、それがクラシックなのかジャズなのかあたしには判らなかった。

少なくともJポップじゃない。それくらいの事は判る。

十四時十八分に彼女は来た。


何も喋らずあたしの前に座る。

小さな縫いぐるみがたくさんついたスマホをテーブルに無造作に置いて運ばれてきた水を飲んだ。


「今日雨降るって」とあたしは言った。「天気予報だと夕方から雨だって」

「いいよ、降っても」とアケビ。

「そっか」とあたし。

「天気予報ってさ、ムカつかない? なんか運命を決めつけてくるみたいでさ」とアケビ。

「そっか」

これからアケビは男と逢う。

この街にあるラブホテルに行く。

その時にあたしも一緒に入る。

三人でする事を伝えると男は笑顔のスタンプで返信してきたという。気持ち悪い。

アケビとその男はこの一年毎月同じ日に逢っている。

「風俗店の社長さんなの」と昨日喫茶店でアケビはあたしに言った。「よく判らないけど営業しちゃいけない場所で営業していて儲かるんだって。自分と逢うその日に月の売上全部詰まったアタッシュケースを毎回持って来てその時に数えるの、それが一番安全なんだって言ってた」


-だからその金を盗む-


アケビはそう言った。「大丈夫、法律無視しているお金だから」


きっとこの企画は荒削りだ。失敗したら捕まるのかな。捕まるだけなら成功なのかもしれないな。殺されちゃうかもな。

「そのメロンソーダ自分がおごるよ」

アケビはそう言って水を飲み干すと立ち上がった。

「もう行くの?」とあたし。

「待ち合わせ時間だよ」とアケビ。

「そっか」とあたし。

「ねぇ」とアケビ。「もっと感情出したほうがいいよ」

あたしは黙って頷く。

「笑ってる顔も見た事ないもん」

黙って頷く。

「怖いの?」と言うアケビにあたしは首を横にふる。怖くはない、ただ日常が崩れることに緊張しているだけだ。

喫茶店を出ると街は灰色になっていた。空には幾層も雲が重なっていた。水のニオイがする。好きなニオイ。あたしはわずかに舌を出した。水の味がするような気がした。

あたしは湿った空気が大好き。生きている感じがする。独りじゃない感じがする。高校に行っていた時クラスメイトにそれを言ったら笑われた。


死ねばいいと思う。


「自分は怖いよ」

アケビはそう言って笑顔を見せて駅へ向かった。

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