2時間目
「普通ってなんだろうなー」
寮に戻って数時間、特にこれといってやる事もないのでベッドに寝そべり学校から支給されたデバイスを色々弄っていた壮也に向けて小太郎がそう言った。
首から上だけを小太郎の方に向け、その答えを考えてみる。成績も運動も良すぎず悪すぎず、常時べったりではなくても話相手には困らないぐらいに友人がいるのが当然で、その人物だってあまりに目立たない人物や不良であってはならない、部活や委員会には真っ先に立候補まではしなくてもどれかに属して交友関係を広げる事は怠らない、学校行事にはできるだけ活発に参加して青春と呼ばれるものを満喫する、ざっと考えただけでこれだけの項目が浮かぶ。
言われてみると、これはこれで厳しい条件かもしれない。早い話「目立ちすぎない」の一言で済みそうなそれは箇条書きにしてみると途端に息苦しい生活に思えてくる。しかし、これでも一昔前の旧教育基準の時代に比べれば大分マシになった部類だ。これが当時だったら男子なら部活は運動部であれとか女子との交流も積極的に行えなんかの更に余計なオプションが付いていたかもしれない。
厳密に言えば、そのオプションは本当に普通の学校生活を送るだけだったら必要はない事も壮也は知っていた。それは当時の言葉で言えばリア充だっただろうか、そんなある程度位の高いポジションに就きクラスメイト(主に同性)から嫉妬半分に羨ましがられるために必須なオプションであったというだけだ。幸い今は色々基準が変わってきたし、何よりクラスメイトという言葉は半分死語になりつつある。クラスという概念が完全になくなった訳ではないが、それでも一緒くたにして語るには当時と今とでは事情があまりに違う。
旧教育基準で言う所の大学のシステムが中学高校に取り入れられたのは壮也がまだこの世に産まれる前の話になる。
クラスという概念を半ば廃止した事に始まる履修単位制の出席基準、場合によっては積極的に発言をしたりレポートをしょっちゅう書かなければならない授業など今までとあまりに勝手が違う教育は当時の学生と教育関係者を大いに混乱させた。特に学生の混乱っぷりは尋常ではなかったようで、クラスがなくなった事で友人の作り方まで変化してしまったのでそれに対応できなくなった、学校の中で友達と一緒にいられない時間が多すぎるという半ば苦情同然の相談が教育委員会に相次いだという。その手の相談も歳月を経る事である程度は減少したが、まだまだ根絶とは程遠い。今特に多いのが「一人ぼっちだと思われるのが嫌だ」という内容のものらしい。その辺りの話をさりげなく交えて、自分の言葉にして返してみる。
「そりゃあアレだろ。周りから色々はみ出さないって事じゃないか?みんなが友達作ってるなら自分も友達作るとか、みんなが出来る事は自分も出来なきゃならないとか」
「やっぱそういう話になるかー。でもよ?世の中そんな単純じゃないぜ?周りのみんなができてるったって、学校のランク違ったら基準全然変わるんだしさ。それに、出来ないのが普通だって事もたくさんあるだろ?例えばSランクになるとかさ」
こちらは私物のスマートフォンをいじっている小太郎が返す。意識を半分以上そっちに注いでいた割には彼なりに深く考えていたらしい。それは壮也も納得出来る意見だ。
Sランク。偏差値で言うなら70以上という脱落の対極にあるポジションだ。小学校の成績が万年1位だった学生が過半数を占めるとか学校含めて1日12時間以上勉強してるとかどこまで真実か分からない噂が駆け巡る、壮也にとってこれはこれで普通じゃない世界だった。常識で考えれば1日12時間も勉強なんて出来るわけがないし、学年1位というのも一種のはみ出し者ではないのかとすら思う。少なくとも注目は浴びるだろう。中にはいじめに発展するケースだってあるかもしれない。そうなってしまったらその人物は「普通」の存在ではなくなる。
「なんか基準分からなくなってくるんだよなー。こいつ見てると」
スマートフォンを印籠よろしくこちらに掲げる小太郎。ラインの通話履歴がその画面には映し出されていた。見慣れないアカウントは小太郎との会話がまだ続いている事を教えている。
「誰だよ」
「塾仲間。寺橋桃李って奴」
「その人は普通じゃないのか?」
「そう。めっちゃ普通じゃない。Sランクで、小学校の時成績いっつも1位で、ありえねーぐらいイケメンで、運動も得意で、性格クールで、毎日知らない女の子に声掛けられてる。なっ?普通じゃないだろ?」
その言葉で少女漫画のような人物をあっという間に連想した。その場にいるだけで女子の視線を独り占めし、男子や大人からは賞賛の声しか浴びない人生だが、そんな完璧超人は幼馴染の平凡な主人公の女の子と結ばれる。ここまでが少女漫画の定番だ。
そんな人間が普通の基準であってたまるか。というか、そんな少女漫画でしかお目にかかれない人間がいるらしい事が驚きだし、そして何より小太郎の知り合いにそういうタイプがいた事もちょっとした衝撃だ。
「まさかとは思いますが、その人はあなたの想像上の存在に過ぎないのではないでしょうか」
「想像上の人物とラインするかってのバカ。ちゃんと実在する人だから」
軽い冗談で返しただけで思いのほか反発される。だが、それ程まで、それも男の目から見て完璧らしい辺り想像上まではいかなくとも誇張は入っているかもしれない。少なくとも、100%鵜呑みには出来ないぐらい小太郎の物の言い方は疑わしかった。
「今日これから塾で桃李と会うんだけどさ、ついでにお前も来いよ」
小太郎が突然ベッドから起き上がり、壮也の手を取りながら言った。
「なぜ」
「お前の中の『普通』の基準を破壊してやる」
自分の功績ですらないのにやたら気取った言葉遣い。その寺橋桃李という人間は余程中学生、それも今日中学生になり立ての1年生の常識から大幅に逸脱した人間のようだ。少なくとも小太郎の中の「普通」の基準には収まらないぐらいには。だが、少々興味はあっても用もないのにわざわざ電車に乗ってまで見に行きたいと思う程壮也も暇ではない。
「俺、塾明日なんだけど」
「別にいいじゃん。暇なんだろ?」
そこまで暇ではない、と答えたかったが小太郎の雰囲気がそれを許さない。結局押し切られる形で首を縦に振るしか出来なかった。渋々起き上がり、小太郎に倣い制服に着替える。「塾へ出かける際には制服を着用する」の校則、というより学園都市全体の規則が少し煩わしい。自分は塾ではないのに何故、の疑問は今更口にできなかった。
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