第3話

次の彼女の行動は、またしても、彼女の「弱さ」を意味することとなった。彼女は、裸足のまま、歩道橋を駆けおりていた。荷物も全部置いてきた。


彼女は河原に向かって走っていた。幼いころ、よく見ていたあの川面の光を、自分は見ないで逝こうとしていた。


彼女はこれまで、誰かに求められるままに生きてきた。ずっと、そうだった。

誰もが自分を必要としなくなったとき、自分は影のように消えるのだ。そう思って光を見つめていた。幸せだった、あの頃。


生まれた時から、愛や友情、親切心なんていう言葉を信じなかった。

誰かの中に見たかもしれない。でも自分は持ったことがない。そんな器であったことなど、一度だってない。



多摩川の川岸に立ったまま、彼女は痛む足のことを思った。

どうして血なんて流れるのだろう。生きているのだろうかと。そんな彼女は、自分を見ている人間がいることに気が付いた。


今日は土曜日で、一週間の憂さもそのままに、軽い気持ちで自殺をしようという人間もいる。しかし彼女は、自分がそんな流行廃りで死んだ、などと思われるのは嫌だった。


彼女は自分を見ている人間を振り返り、こう言った。


「靴がないんです」


そう彼女に言われたのは、またしても男だった。


年齢は、さっきの「水たまり」男と変わらないだろう。


ただ、その視線と瞳の中には、何かまだ子どものような清らかさが残っている。


彼女は落胆した。この男は良心的人間だと、彼女は直感的に知った。そんな者には頼れない。救いを求めることさえ、できない。


その男はうすい水色のパーカーに、ベージュの綿パン、赤のスニーカーといった出で立ちだった。心もとなげに自分の襟元をよせた男は、何か言いたげだった。ようやく口を開いて出た言葉は、こうだった。


「お腹は…空いていませんか」


どこかで会ったことなど、あっただろうか。彼女は首を傾げつつも、男の差し出したサンドイッチに、目が釘付けになった。偶然、いや偶然ではなく高い確率で、それは彼女の食べられる種類のものだった。


喉から手はでなくとも、ひったくってしまおうか。彼女は思案した。しかし、やめた。


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