第2話
電車に揺られながら、彼女は思った。
『あぁ、迷惑をかけないで死ぬには、どうしたらいいんだろう』
ただ「将来」という時間の砂漠が、彼女には怖かった。彼女にとっての時間は、何の面白味もなく、無味乾燥だ。でも彼女には、そんな時間に飲まれる自分だって、ちっとも面白くない人間だと分かっていた。
まるで砂一粒ほどの軽さしかない。彼女は、誰も顧みない浅薄な自分を一番に憐れんだが、その感情にふれる者はだれかれとなく、彼女の逃げ場となった。
だからさっきの男。あの男も、彼女を憐れんだ。一粒の砂が彼女なら、あの男はちょっとした「水たまり」だ。彼女にとっては、海のように広がるプールのように見えた。
自分を解放していい場所。何も考えず彼女は飛び込む。それが濁った水であろうと何であろうと、ほんのひと時の「潤い」に酔えれば、それだけで自分のやるせなさを忘れられた。
自分の存在、自分の心。何もかもに限りがあって、それが耐えられなかった。彼女と向かい合った冷たい社会は、どこまでも拡張していくのに、ずるい話だ。
彼女は、自分が、やがては消えるか、溶けてしまうものだと信じたかった。軽い存在は、それだけ格好よく、世の中から去らなくてはならない。気が付くと彼女は、歩道橋の上に立っていた。
幸運なことに、彼女のほか、通行人の姿は無い。彼女は鞄を置き、靴を脱いだ。あぁ、いったい何に祈ればいいのか。彼女は自分のことだけを考えた。自分の身体が、うまく死んでくれることを、ねがった。そうして自分の魂やそんなものが、いまの自分を忘れて飛び立ってくれるのを、ねがった。
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