4 英雄記の意味
「ま、ここにいる限り、戻るも何もないんだけどね」
サラが机の上に腰掛けながら、足枷の位置を直す。下手な位置にあると、擦れて痛い。
「ここは何処なんだろうか。ランサス国内ではあるだろうが」
「フィロ=レ=バクーナよ、たぶん」
亮も頷きを返し、同意する。ウィンから南に2日の町、更に巨大な石造りの建造物といったら、それぐらいだろう。
「そうか」フランクは呟き、思案するように腕を組んだ。
「あんた、どれぐらいここにいるの?」
「この部屋には数ヶ月だね。それまではエメトールにいた。正確にはわからないが3、4年ほど」
「なにしてたの?」
「エニグスの研究だよ。ランサス兵に捕らえられながらね」
「じゃあ、俺がここに連れてこられたのも……」
「そう。さっきも言ったけれど。私があの本を見つけた者を助手に欲しいと言ったからだ」
「なんでまた?」
「エニグスを研究するなら、必ずあの本に辿り着くだろうからね。彼らはエニグスの正体を知った者を生かしてはおかないだろうから、こうしておけば1人は助けられると思ったのさ」
そうして小さく肩を竦めた。
「随分誰も来なかったものだから、約束は無視されていると思っていたよ。それに、知り合いが来るものと思っていて、君達のような若者が来るとも思わなかった」
「まぁ、運が悪くてね」
サラが亮を見て、笑いを堪えながら言った。
何を他人事のようにと、亮は呆れた視線を向け。頭を掻いてからフランクに向き合う。
「まぁ、普通ならステラさんが来る事になってたと思う」
あのまま図書館で調査を続けていたら、ステラなら辿り着いただろう。
「君はステラを知っているのかね?」
流石にフランクも驚いたようで、椅子から身を乗り出した。
「一緒に図書館に行ったからね。そこで俺が本を見つけたんだよ」
「不幸にも、偶然ね」
サラの茶々入れに、顔をしかめる。
「ある本に、あんたのメモが挟まってたんだ。その内容があの英雄記だった。しかも肝心のページは破りとられてて、それを報告したら捕まった」
もう、やけくそ気味な説明。
「それで不運にも、というわけか。私のメモのせいで、すまない」
「まぁ、しょうがない。それに俺らはあんたを探してたんだし」
「おお、大人になったね」
小さく拍手。
「うるせぇ」
流石に腹が立ったが、先ほどの手前、大きくも言えず。吐き捨てる。
「それでさ。そのページには何が描かれてたの?」
フランクは見張りの兵士の動向を気にしながら、声を落とした。
「エニグスだ」
「今、暴れてるエニグスが英雄記に描かれたって事?」
フランクは黙って頷く。
「でも、英雄記は創作された部分が多いって話しじゃ……」
「あの英雄記は、現存する中では最古に近い代物でね。今はヴァレンチカ精教会が保存している、英雄記の原本の写本の1つで。旧リベリア語に訳されたものなのだ」
「文は変わってても、挿絵は初めに描かれた英雄記のまんまって事?」
「そう。数千年前、魔王の時代の終わりに描かれた物だよ」
亮は腑に落ちず、小首を傾げる。古いとはいえ、本に描かれているというだけで、それを鵜呑みにするのは抵抗があった。
それに、もしあの英雄記に描かれている内容が本当だったとしたら大変な事だ。
「あのページはヴェヴィナの軍勢のページだよな、たぶん。それが今現れたってことは、ヴェヴィナが生きていたって事じゃないか?数千年前だぜ、有り得ない。本が間違っている事もあるだろ?」
「私は、その事実をレンベルト=レガートのリベリア辺境伯に伝えに行ったのだ」
フランクは一旦言葉を区切り。溜め息をひとつ。
「そうしたらこの通り。それ以来、ランサスに捕らえられている」
「国が慌てて爺さん捕まえて、本も見れなくするのが、少なくとも大事だっていう証拠ってわけね」
たしかに、その足で踏みつけた物を妖魔に変えるヴェヴィナならば、これほど大量のエニグスがとめどなく現れ続けるのも頷け。
ヴェヴィナの生み出す妖魔は、破壊を目的とした使いきりの生物兵器に近く。それは消化器官が無いというエニグスの異質な特徴の理由になった。
「うむ。それと口封じに動くということは、ランサスも何らかの関与をしているようだ」
「いや、でも、ランサスだってエニグスの被害にあってるぜ?」
「ほら、ランサスはエメトールを防衛しているから、被害はルドガープほどじゃないわよ」
「馬鹿言え! 現にロンベットみたいに廃墟になったり。アレッサみたいな娘まで出てるじゃねぇか!」
思わず机を叩き、立ち上がる。
「私に怒らないでよ……」
何事かと、部屋を覗き込んできた見張りに愛想を振りまきながら、サラがぼやいた。
「アレッサのことも知っているのかね?」
ステラの時よりも驚いたようだ。激しく動いたため、フランクが椅子からずり落ちそうになる。
「村の宿屋で働いてるのに出会った。それ以来、一緒にあんたを探して旅してたんだ」
「確かに頭の良い娘だったが、あんな子供が……」
「甘いよおじいちゃん、子供の成長は早いんだから。あたしだってあれぐらいの年には、父さんの冒険について行くって本気で思ってたもの」
激しく足を揺らし、腰掛ける机を軋ませながらの力説。
「それもそうだね。ええと、最後にあったのはアレッサが5歳の時か……」
懐かしそうに目を細めるフランクを見ながら、亮は頭の中で計算する。たしかエニグスが出たのは4年前で、それ以来ということは。
「え、アレッサって9歳?」
「なにかおかしい? 女の子は結構大人なのよ」
なぜかサラが、イタズラっぽく微笑む。
「いやまぁ、冷静に考えればそれくらいだろうとは思うけど。改めてひと桁って思うとな……」
「それでアレッサはどうしているんだね?」
「大丈夫よ。私の父さんに、ステラ、それとリザードマンの傭兵が一緒だから」
リザードマンの登場に状況が理解しきれない様子だったが。自信に満ちるサラの態度に、安全面では納得したようだ。
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