3 召喚したもの

暴れる様子が無くなれば、亮を押さえ込んでいた兵士達も離れ。

十分程して、亮が一応の落ち着きを取り戻すと、兵士は見張りの1人を残して立ち去り。3人には、質素ながら食事が与えられた。


亮は1人、離れた机の前に座り、仏頂面で味の無いスープを啜る。


「ホント、何やってんのあんた?」


側にやってきたサラが、亮の向かう机に腰掛け。呆れたように言った。


「あんた達の探してたフランクなんでしょう? なに急にふてくされてんの?」


「わかってるよ。あの人に聞きたい事はあるし、きっとあの人の力は必要だ。だけど、本人を目の前にしたら、怒りがぶっちぎった。頭ではわかってるんだよ、頭では」


「意味わかんない」


「俺とアレッサじゃ、あの人に会う目的が違ったんだ。俺はアレッサほどあの人に好意的じゃない」


「でも、聞きたい事はあるんでしょ?」


「頭ではわかってるって」


堂々巡りに、サラは小さく息を吐くと、離れていった。

亮はスープに浸した黒パンの欠片を、乱暴に口に放り込む。


アレッサと出会う前に、漠然と感じていた怒りが、心の奥でくすぶり続け。知らず知らずに大きくなって、先ほどの一件で噴出したのか。

この怒りは、アレッサと話している時には微塵も感じなかった感情だった。


とにかく1発殴るという目論見も。老人。それも、歩けない程に弱った人を殴るなど、亮には出来ず。一切の鬱憤を晴らせないという、ストレスも抱え。それでも、元の世界に返るために話しを聞かなければならないのだが。

感情が。そして、先ほど殴りかかったという若干の後ろめたさがそれを難しくさせ。こうして苛々と、離れて食事をとる事態にしている。


「なんか、リョウのやつ怒ってるんだけど。なんか聞きたい事はあるみたい」


サラの気の抜けた声に、亮が振り返ると。サラはフランクの隣に座って、困り顔で語りかけていた。


「お前は何を!」


「別に、あたしが誰と話そうが良いでしょうよ。口止めもされてないし」


詰め寄っては見たものの、正論でバッサリ切られ。亮は返す言葉もない。


「私のせいでこんな場所に捕まっているのだから、怒るのも無理はないさ」


フランクは静かに言った。


「違う。別にそんな事で怒ってない」


それも十分、怒る理由ではあったが。丁度良い切っ掛けだと、亮は椅子を引いてきて側に座る。

その様子を見たサラが。世話が焼けると、隣りで肩を竦めた。


「ロンベット村のあんたの塔。その地下に魔法陣があるよな」


「ふむ、確かに。地下室に魔法陣を刻んだが。どうしてそれを?」


「俺は、そいつに召喚されたからだ」


フランクの目が驚きで見開かれる。


「なんと。あれは研究中の未知の魔法陣だぞ。だれがそんな事を!?」


「誰でもないと思う。俺が召喚された時には誰も居なかったし。ロンベット村の完全に無人だった」


「つまりリョウは、どっかから魔法陣が勝手に召喚したって事?」


興味津々といった顔で、サラが脇から口を挿む。


「そう、だと思う」


「それは有り得ない。魔法陣を発動するには、魔力を供給しなければならないのだ。確かに地下室には集魔晶があったが、勝手に供給する事などない」


「集魔晶?」


「そこいらにある精霊力を集めてため込む水晶だよ。溜めるのに時間かかるけど。ウィザードが魔法使うと余分に魔力使うから、それで補助すんの。母さんも、ちっちゃいの持ってた」


亮は必死に、地下室での記憶を手繰り寄せる。携帯のライトで照らして見回したのだ。光る物があれば、嫌でも目に付く。


「見える範囲にゃ、そんなもの無かったぞ?」


「拳大の精霊晶を研究用に、集魔効果を高める台座の上に置いておいたはずだ」


「台座……」


錆び取り薬に足を溶かされ、倒れた金属の台座。その周囲に散らばる、煌めく細かな破片。


「……が、倒れてた。キラキラ光る破片が床に」


思い出したままを口にする。


「それか! おそらく集魔晶が魔法陣の上で砕け。蓄積された魔力が放出されて、陣が発動したのだろう」


フランクがポンと手を打った。


「それって、事故じゃん」


心無いサラの言葉が、亮の胸に突き刺さる。

亮自身、勝手に召喚されたと思った時点で、気付いてはいたが。だからといって、何事もなく許せるほどまで、人間はできていない。


「それで、俺は元の場所に戻れるのか?」


サラの言葉は、聞こえなかった事にした。


「私の予想では、あの魔法陣は門だという見立てだった。同じような魔法陣との間を一瞬でつなぐ道の門だとね。もしその通りなのだったら。また魔法陣を発動すれば同じ場所へと繋がる可能性が高いだろう」


「たしか、召喚される前に光の壁が現れた。俺はそれに飛び込んでこっちに来た!」


あの光が、フランクの言う門であり。フランクの見立て通りならば、帰還の可能性がぐっと高まった。

亮は指を鳴らすと、興奮から立ち上がり。歓喜のガッツポーズ。


「あんた、自分で門に飛び込んだの?」


冷や水をぶっ掛けられたように亮の動きは止まり。


「いいえ、事故です」


引きつった笑顔で、そこを認めて、落とし所とした。


「えっと、それで」


亮はわざとらしい咳払いで無理矢理ひと区切りをつけ。話を続けた。


「魔法陣の所に行けば、すぐに帰れるのか?」


「そうはいかない。私ひとりの魔力では、生命力まで振り絞っても無理だよ」


「なら、どうしたら?」

「生命力?」


亮とサラの言葉が重なる。

一応気にはなっていたので、サラに譲るという手振りでフランクを促す。


「精霊の加護が得られないウィザードにしか分かりにくい感覚なのだが。魔法の源である生体魔力には種類があってね。精神力、体力、生命力の3つがあるのだよ」


精神力は集中力の欠如や、気疲れ。

体力は息切れ、だるけなど疲労感が。

生命力は胸痛、吐血などが、消耗した際に現れる。


「意識しなければ、普通は精神力だけしか使われない。回復も早いしね」


「知らなかったわ」


サラは感心したように、しきりに頷いた。

精霊の加護があれば、それ程まで魔力を振り絞る必要が無いのだろう。


「さて、それは良いとして。俺はどうやって返ればいいんだ?」


「大量の魔力が必要だね。あの集魔晶は5年以上は魔力を集めていたから、おそらく限界まで溜め込んでいたはず。同等の魔力となれば、50人ほどのウィザードがいなければならないのだが。流石にあの地下室には入りきらないね」


「それじゃあ、どうすれば……」


「同等の集魔晶を見つけて魔力を溜めるか。それ以上の魔力を放出する物が無ければな」


亮は、急に目の前が真っ暗になったように感じられた。僅かに見えたこの迷宮の出口が、目前で不意に閉ざされたようだ。

50人分の魔力。そんな物がおいそれと手に入るとは思えないし。下手をすれば、魔力の集積に5年も待たなければならない。


「それって精霊結晶とか?」


また迂闊に名前を出したと、自分の事を棚に上げて、亮はサラを睨み付け。サラは名前だけでしょと、口だけを動かして返した。


「そこまでの物は必要無いよ」


冗談だと思ったのか、フランクは笑顔を見せる。


「なんにせよ、私一人の力では君を元の国に帰してはあげられない。すまないね」


「あ、ああ」


謝られて亮は一瞬たじろぐ。

ほとんど奇跡といって良い事故だったのだ、フランクにそれほどの非があるわけではない。わかってはいたが、すぐに、なに事も無かったように振る舞えというのは無理だった。

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