9 暴走娘と苦労人


「そのまま伏せてて!!」


突然響き渡ったその声と共に、サラが路地から飛び出してきた。


走り寄りながら姿勢を落とし、抜きはなった短剣で石畳を斬りつける。


発生した火花は、消えることなく、急激に大きくなり。

握り拳大の火球に成長したそれらが、無数の赤熱の飛礫(つぶて)となって、亮の頭の上を掠め、その場にいた騎士達に襲い掛かる。


至近距離で火球を浴びた兵士は、慌てて燃え上がるマントを外し始め。

その隙に接近したサラが、兵士の後頭部に、短剣の柄頭で重い一撃を叩き込む。


残る騎士を仕留めようと、すぐさま身を翻したサラの動きがピタリと止まる。


その首もとには、騎士のレイピアが突き付けられていた。


「珍しい魔法だ。火花を利用して《作成》を省いたということは、ウィザードが作った魔法か……」


「あんた、どうやって」


「その兵士を盾にしやがったんだ」


亮は、騎士が自分の前にいた兵士の陰にとっさに入って、火球をやり過ごす姿を見ていた。


「弾数が多いが、一発一発が炸裂するわけでもなく、殺傷能力が低い。破壊魔法しかない二流属性においては致命的欠陥だな」


サラの姿を興味深そうにまじまじと見つめる。


「君は、さっき、リョウ君と一緒にいたという女だね?」


サラは質問に沈黙を返すと、騎士は笑みを浮かべてレイピアを揺らす。


「そうだ。名前はサラ・ウォーカー」たまらず亮が答えた「その娘は関係ない!」


「お決まりの台詞だね、リョウ君。ならば私も応えよう。秘密を知った者を生かしておく訳にはいかない、とね」


「やってみなさいよ」


「やめろ!」


挑発的に睨み付けるサラではなく。亮の悲痛な叫びに、騎士は今までにない、サディスティックな笑みを見せ。


サラの命を助ける方法を、必死に考える亮の姿を、楽しむように切っ先を揺らして焦りを誘う。


「サラを殺すと後悔するぞ!」


短剣を握るサラの手が微かに動いたのを見て、止める意味合いを込めて思わず叫んだ。


「ほう。どう後悔するというのかね?」


亮は少しでも時間を稼ぐために、大きく1度息を吐いて心を落ち着かせ。

久々の大博打のために、冷静を装いゆっくりと口を開く。


「サラは精霊結晶の在処を知っている」


「また、随分と大きく出たな」


そう言いつつも、騎士の目つきが微かに変わり。これは脈ありと、亮は続く言葉を慎重に選ぶ。


「リベリア4砦の3つ目を見つけたらしいんだ。その奥地に大量の水を出し続ける青い宝石があって、近付けない程の力を発していたらしい。俺はそれが、精霊結晶だとみている」


「ちょっとリョウ!」


秘密にしていたフィロ=レ=ベルナまで引き合いに出されてサラが抗議の声を上げたが、背に腹は代えられないという目線で黙らせる。


それに観念したのか、納得したのか。サラは小さく息を吐くと、亮の後を引き継いで口を開く。


「フィロ=レ=ベルナを見つけたのよ。その地下で、水霊をかたどった像が、その宝石を掲げていたわ」


「行方の知れなかった第3の砦か……。それはどこにあると?」


「そんなのすぐに言うわけないでしょ。教えるから、私達を逃がしてよ」


騎士は顎に手を当て、思案を巡らせ始める。


精霊結晶にフィロ=レ=ベルナとなれば、本当であるならば大事だ。


真実を多分に含んだ亮達の話には、信憑性があるし。

なにより嘘が少なく、亮達の言葉に躊躇が無い。


「たしか、フィロ=レ=バクーナの地下にも、何かを掲げる水霊像がありました」


サラに殴られた所を押さえながら、兵士が言った。

その言葉に、亮はアレッサと見て回った時の事を思い出す。


「調べてわかったよ。フィロ=レ=バクーナには空堀があるだろ。あれには雨水の排水用にしてはデカい水路がついているはずだ。もともと空堀じゃなくて、精霊結晶の水を利用した堀だったんだよ」


駄目を押すように付け足し。

少なくとも兵士は納得したように数度頷く。


「なるほど、話はわかった。たしかに一概に嘘とも言い切れないな。だが話を聞いてすぐに解放とはいかないのは分かるだろ? 確証を得るため、お嬢さんにはフィロ=レ=ベルナまでの道案内を頼むよ」


「嫌よ」


サラはスッパリと拒絶。

状況は自分が優位であると言うかのように、腰に手を当て、胸を張る。


「リヴェラからエメトールへの街道の途中、南側の小さな村に、手の筋を切った猟師がいるわ。彼がフィロ=レ=ベルナを見つけたの」


「それを言ってしまって良いのかい?」


「手の筋を切ってしまって、猟師が続けられないのよ。私達が情報を買ったお金で、町に出た兄弟を頼りたいんですって。どの町かは知らないけれど。ひと月近く前の話しだから、きっともう居ないわね」


「それで?」


「でも、村に行けば。怪我した猟師が遺跡を見つけたっていう話しは聞けるはず。それが証拠になるでしょう?」


「まずはその是非を調べろというのだな」


騎士は呆れたように言った。


「しかし、先ほどの君の言葉ぶりから察するに、ベルナの情報を知っているのは君だけではなく。一緒に探した仲間がいるようだが」


亮は一瞬ギクリとしたが。

サラは動じる事なく、むしろ更なる自信をもって答える。


「父さんがそう簡単に捕まると思ったら大間違いよ。絶対地道に調べれば良かったって後悔するから!」


騎士は観念したかのように肩をすくめた。


「わかった、わかったよ。それでは、それまでどこぞに拘束させてもらうが」


「そんなのもちろん、リョウと一緒に連れてかれるわよ」


「まぁ、そう言うだろうな。そして隙あらば逃げようというんだね?」


「好きに思えば? 断るっていうなら、この場で暴れてやる」


もうめちゃくちゃだ。

短剣を突き出し、啖呵を切るサラの姿に、亮は頭を抱えたい気分だった。


その様子に、騎士もついには、肩を揺らして含み笑をもらすしまつ。


「大した手間でもないし、君の言うとおり一緒に連れて行ってあげるよ。どうせ、絶対に逃げられないしね」


妙な自信を見せて、騎士は兵士を促す。


兵士が手を出してゆっくりサラに近づくと、サラは念を押すように騎士に視線を向けてから、手にした短剣を手渡した。



「そう言えば、路地の奴はどうした?」


ふと思い出したように騎士が路地に視線を向ける。


「《炸裂火矢》で吹っ飛ばしたから、伸びてるんじゃない」


「おかしいな、そんな音は聞こえなかったが」


「知らないよ、そんなの。ああ、ちょっと待って」


サラはしゃがみ込み、両のブーツの中から隠してあった小さなナイフを2本取り出し。

騎士達に見えないように、素早く石畳に模様を刻んでから、揃えて兵士に手渡した。


「では、馬車に乗りたまえ」


兵士が路地で気絶していた仲間を担いでくると。

騎士が亮達を、恭しく荷馬車へいざなう。



荷馬車の荷台には大きな木箱が据え置かれ、人の乗るスペースはわずかにしかない。


亮は嫌な予感に眉をひそめ。そんな彼の想像通り、木箱の側面が開かれる。


「急に乗客が増えたから少々狭いと思うが、なにぶん予定外だったものでね。我慢をしてくれたまえ」


騎士は口の端を歪ませながら、亮達をレイピアで追いやり。箱の中に押し込める。


「ちょっとまて、さすがにこれは冗談じゃねぇぞ!」


亮の抗議など意に介さず、兵士達の手によって箱は閉じられ。

「それでは良い旅を」と、くぐもった騎士の声が響いた。

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