8 再会デートのお誘い

「昨日寝る前には、買い物は午後からのはずだったんだけどなぁ……」


手をつないで前を歩く、アレッサとサラの後について行きながら、亮がぼやく。

商店の建ち並ぶ通りを、朝から2人に付き合って歩き続け。その足取りは、辟易としていた。


「なんか言った?」


サラが首だけを向けて、からかうように聞き返し。亮は肩を竦めて、首を横に振り否定。

そんな亮に満足したのか、すぐにアレッサとのショッピングに戻ると。軒先に展示されたアクセサリーだかに、2人ではしゃぐ。


亮は、この間、遺跡で拾った宝飾品の方が万倍豪華だったろうにと、嘆息して。

天をあおいだ。

雲ひとつ無い空に輝く太陽は、そろそろ頂点に達しようかと言う頃合いで。商店街の客足も、にわかに増えてきたように感じる。


「リョー、お腹すいた」


「ん、なら。どっか探して飯にしようぜ」


それほど腹が空いている訳でもなかったが、どこでもいいから座りたい気分だった。


「んじゃ、ちょっとこの先にいい店ないか見てきてよ」


「は?」


思わず間抜け面で聞き返す。


「あたし達、もうちょっとコレ見ていきたいから」


こちらの会話も耳に入らないほどに、瞳を輝かせて展示されたアクセサリーにかじり付くアレッサを見てしまったら、不平を漏らす気にもならず。


「へいへい、仰せの通りに」と、2人を残して商店の先へと向かった。


店といっても、中華だイタリアンだのとあるわけもなく。違いはカフェといわゆる大衆食堂、高級な食堂という違いだけ。


今回の場合、探すのは比較的高級な食堂だ。

女性2人を連れていくのに、安食堂を選ぶほど金が無い訳ではないし。それくらいでもなければ、サラにグチグチ言われそうでもある。


ありがたい事に、比較的高級な店は、大衆食堂のように店内が不潔であったりする事が少なく。相応の外観であれば、ハズレを引く心配はない。

それに、いかな昼食時といえど、並ぶ程に混む事がないのもうれしい。


ポケットに手を入れながら、何軒かを見て歩き。小綺麗で、あまり高級過ぎなさそうな店に目星をつけ。2人を呼んでこようと、きびすを返して商店街を戻り始める。


「ちょっといいかな?」


不意に声をかけられ、振り返ると、そこには2人の男が立っていた。

2人とも身体が大きく、揃いの赤いダブレットを着込んで。槍を手にもち。腰には長剣を下げていて。

ダブレットの胸に刺繍された、町の入り口にたなびく旗と同じ紋章が、彼らがランサス王国兵であると証明している。


「はぁ、何でしょう?」


緊張気味に返事を返す。若干、声も小さい。


王国兵といえば、言わば警察官である。

厳密に言えば違っているのではあるが、少なくとも亮はそう思っていたし。

そう差異もない。


「君に聞きたい事があるんだ。図書館での一件でね」


「話しを聞きたがっている方がいる、ついてきて欲しい」


亮は一気に血の気が引くのを感じながら。よもやそこまで大事になっているとはと、己が不幸を呪う。


「えっと、すみません。連れがいるんで、一言断ってきて良いですか?」


「時間はとらせない」


間髪入れず却下され、厳しい表情で凄まれれば。これは、もう、黙ってついて行くしかなかった。


兵士に前後を挟まれ。なんの説明もないまま、どんどんと商店街から離れていき。

先程の“時間はとらせない“という言葉通り、すぐに解放されるという淡い期待は、歩き始めて5分で捨てた。


居心地の悪い沈黙に耐えながら、路地を縫うように進むこと20分。いわゆる警備隊の詰所のような施設に向かっていると思っていたら、町の外塀に突き当たる。

そこの塀には小さな門が取り付けられ。門前の空間は、建物の壁面に囲まれた小さな広場になっており。脇に2頭引きの荷馬車が停まっていた。


「やあ、待ちわびたよ」


亮が荷馬車に積まれた大きな木箱に気を取られていると、聞いたことのある声が響く。


「まるで、数年来の親友と再会を果たしたような気分だ」


その声の主。

包帯を巻いた右腕を首から吊った白髪の騎士は。残る左腕を広げると、不適な笑みを浮かべて亮を迎えた。


予想だにしていなかった人物との遭遇に、亮は声を出すのも忘れる程に驚き、目を見張る。

その姿に一瞬、奇妙な安堵を覚えたが。すぐに緊張から全身の筋肉が強ばり、微かに震え出す。


恐怖から、手が無意識に剣の柄を探したが。そこにあったのは、以前とは違い、ニカイラの短剣のみだった。


「どうかしたのかね? ええと……そう、スルガ・リョウだったね。そうだな……親愛の念を込めて、リョウ君と呼ぼうか」


相変わらずの、嘲笑うかのような口調にも、隠そうともしない歓喜の響きが交ざる。


「なんで、ここに?」


亮は混乱し、思考停止寸前の脳で、どうにかそれだけ絞り出した。


「驚いたな。どうしたのだい、少し考えたまえ。リョウ君はもっと賢いはずだろう?」


騎士は、わざとらしく驚きの声を上げ。

状況に対応出来ていない亮が、なんら答えを出せないでいると、小さく溜め息をついて。やれやれと、首を振る。


「君がセヴァーで邪魔をしてくれたから、もうルドガープには居辛くてね。4日前から、こうしてランサスで怪我の療養をしていたのだよ」


そこで亮は、自分がランサス兵に連れられて来た事を思い出した。


「あんた、ランサスの騎士だったのか……」


「ルドガープの騎士ではない事は知っていたのだろう?」


「ランサスがリオ殿下を暗殺しようとしていたのか!」


沸き上がる怒りが恐怖を跳ね除け、吠える。


だが騎士は、大袈裟に口をへの字に曲げただけで意にも介さず。亮に背を向け、ゆっくりと荷馬車に向かって歩く。


「リヴァーの動きは予定外だった。太陽の輝石などというものを隠し持っていたとはね。時間がないので、致し方なく、というやつで。私としても、内心、心苦しく思っていたのだよ」


荷馬車の荷台に置かれていたレイピアを手に取ると、その場に鞘を残して抜き放ち。

その手応えを確かめるように振りながら、亮に向き返った。


「目論見は、ルイス閣下の働きで、辛くも阻止されたということか」


怒りと、レイピアの剣身が放つ煌めきに、急激に冷静さを取り戻した亮は。

そう言いながらも、素早く視線を巡らせ。脱出の糸口を探す。


「いいね、自らを誇示しない。そういう謙虚さには好感が持てる」


騎士はレイピア手に近づいてきてはいるが。その目に、以前戦った時に見た不気味なギラつき。正確かどうかは分からないが、殺気が感じられず。今すぐに殺す気は無いとみえる。


広場から通じる道は、亮がやってきた路地と、外塀にある門だけ。建物に隙間なく囲まれ、それ以外には道はない。


亮を連行してきた兵士が2人。1人はすぐ後ろに。もう1人は姿が見当たらず。恐らくは路地に待機していると思われた。


路地までの距離は3メートル。門までなら10メートル弱。


「だが、君達のやった事など、ほんの些細な事でしかない。リヴァーの件は予定外。残念ながら、我々の“目論見“と言うヤツは着実に進んでいるよ」


亮と門の間に立つ騎士は、“目論見“を強調して、勝ち誇ったように笑った。


「お前はヘマして、その目論見から外されたけどな」


「必死の挑発だな、リョウ君。助かる道は見つかったかい? 自らが助かる道を探るという目的は同じでも、あの夜とはまた、方向性が少々違うね」


「往生際が悪いのは、証明済みか」


「そう、それで私も反省したよ。慢心と油断。それに挑発に乗って、冷静さを失い。このざまだ」


包帯の巻かれた右腕を、僅かに上げる。


「だから、今の私に隙などはないよ」


言うやいなや、手首だけでレイピアを振るい。風切り音が数度。ひらめく剣閃が、器用に亮の右手袋だけを切り裂く。


「ウィザードです!」


後ろに控えていた兵士が確認の声をあげ。それを聞いた騎士は、酷く落胆したように肩を落とした。


「まさか本当にウィザードとは、残念だ」


一瞬、瞳に狂気が宿り。騎士がレイピアを振りかぶると。亮はとっさに腰の短剣に手を伸ばす。


「お待ちください、傷つけるなという命令です!」


後ろにいた兵士が叫んだ。

騎士は動きを止め、レイピアの切っ先を下げ。その声の主に、失望の眼差しと共に、舌打ちを放つ。


「私が命令を違えると?」


まるで奴隷でも見るような、冷酷な眼差しに、兵士が思わず後じさった。


「も、申し訳ありません」


「残念ながら、聞いたとおり。あの本にたどり着いたウィザードを連れてこいという命令があってね。君を殺してあげることが出来ないんだ」


兵士の謝罪など、耳に届いていないかのように、完全に無視。心底残念と言ったように、亮に語りかける。

微かな殺気と共に放たれたその言葉の内に、怒りと殺意が見え隠れして。騎士は本気で亮を殺したいのだと、思い知らされた。


「なんで俺なんか?」


「あの本までたどり着く知恵と、知識が必要なんだそうだ」


あの英雄記にたどり着いたのは、ステラの知恵と、挟まれていたメモ。つまり亮が見つけたのは、ただの偶然の仕業。おそらくこの騎士達は、勘違いをしている。


だが、それがバレようものなら、用無しと判断され。騎士に嬉々として殺されるだろう。


「そのために、あのページを破ったのか!?」


「もちろんさ。そうそう、あのページには、君の求めた答えが確かに描かれていた。だから、それを拡散されるわけにはいかないという理由もあったね」


騎士の期待のこもった視線が、短剣の柄を握る手に注がれ。早く剣を抜けとはやし立てる。もし暴れようものなら、はずみで殺してしまったという言い訳がたつからだ。


亮は一旦、反抗する事を諦め。剣を離して、手を後ろの兵士にも見えるように、肩の高さまで上げた。


それが合図だったかのように、兵士が近づき。亮の鞄と短剣を外す。


「どこに連れて行かれるんだ」


「さあね、聞いていない。馬車の御者なら知っているだろう」


亮が、騎士が顎でしゃくった先、荷馬車に目をやると。視線が外れた瞬間、騎士が亮に一歩踏み込み。がら空きの胴に蹴りをみまった。


つま先が鳩尾みぞおちにめり込み。亮は腹を押さえて跪く。

息が詰まり、空っぽの胃が逆流する。

痛みよりもこれらが上回り、目に涙を浮かべて地面に向かって喘ぐ。


「これくらいの仕返しは許されるだろう?」


脇に立って、その様を悠々と見下ろす騎士を。亮は歯を食いしばって睨み返した。

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