5 図書館
朝食後、サラ達3人は買い物に出掛けて行ったが。
図書館へと向かうステラは昼食をとってからとの事で、亮は午後まで待つことになった。
目的の図書館は大学の敷地内にあり。亮達は町を出て、なだらかな丘を1つ越えた場所にある大学まで歩く。
辿り着いたそこは、建物こそ煉瓦と漆喰で建てられた、要所要所に装飾のあるシンプルかつ小綺麗な3階建てであったが。
数棟の校舎が一カ所にこぢんまりと固めて建てられ、回廊で繋げられた外観は、どちらかと言えば亮達の世界の高校を思い起こさせ。
校舎群の脇に建っているアーチ型の屋根を持った建物が体育館に見えて、それに拍車をかけており。
大学と聞いて広大なキャンパスを想像していた亮は少しがっかりした。
遠目には分からなかったが、驚くことにアーチ屋根の建物こそが目的の図書館であり。ステラは真っ直ぐその中へと入っていく。
生徒なのか、様々な年代の男たちで溢れる敷地に居心地の悪さを感じ、立ち止まって周囲を見渡していた亮は、慌ててその後を追った。
図書館は2階建てで、天井も高く。亮の通う高校の体育館が数個は入りそうな程広い。
入口は吹き抜けになっていて、抱える事も出来ない太さの円柱が2本、天井まで伸び。タイル張りの床共々、綺麗に磨かれて。天井の明かり取りから射し込む陽光で輝いていた。
反面、建物の奥には、ひしめくように大きな本棚が立ち並び。あまり光が当たらないようにしているのか、薄暗く。
その様は壁がそそり立つ、迷宮にも思える。
まばらに学生の姿が見える館内を見渡し、入口脇のカウンターにステラを見つけて近寄ると。ステラは受付けの女性に料金を支払っていた。
「あ、有料なんだ」
「はい。生徒以外のご利用者の方からは、使用料としまして四半銀貨2枚を頂戴しております」
受付けの女性は、やんわりと言い、貼り付けたような笑顔を向ける。
クォーター銀貨2枚といえば、安宿で2泊出来る価格だ。
無料だと思っていたら有料で、さらにはかなりの高額と、お気軽感が一気に消失したが。ここで戻るというのも何なので。渋々、クォーター銀貨2枚を払った。
「高いんですね」
受付けを済ませて離れると、亮は思いを口に出した。
「まぁ、1日中、読み放題だしね」
「なら午前中から来た方が良かったんじゃないですか?」
「20点。館内、飲食禁止で。お昼を食べに出たら、また料金取られるのよ」
「ああ、なるほど」
勉強する学生を避け。陽光の当たる区画に置かれた長机の1つに陣取る。
ステラは荷物を置くと、机に備え付けられた粗い紙束から1枚を抜き取り。同じく備え付けのペンとインクで、サラサラとメモを書いた。
「一応こういった備品は使い放題なのよねぇ……。はい、この3冊をよろしく」
亮は差し出されたメモに視線を走らせる。
「この本を探してこいと」
「特に用は無いんでしょう?」
「ですね」
それはその通りなので、亮は気前よくメモを受け取り。仄暗い本棚の迷宮へと足を踏み入れた。
メモに書かれた単語の幾つかは読めなかったが、著者の名前は読めるし、系統さえ分かればすべてが読める必要もない。
もちろん司書に尋ねれば直ぐに片付くのではあるが。ステラには悪いが、ちょっとしたゲーム感覚を出して、自力で探す事にする。
亮は読める単語を頼りに目的の物を推測。
3つの本のタイトルには、“海“と“動物“、“魔物“という単語のいずれかが含まれており、3冊とも海洋生物の本であろうと当たりを付けた。
残念ながら“生物“という単語を知らなかったために、本棚の脇に貼られた棚のジャンルを記す金属プレートが役に立たない。
棚という棚を片っ端から見て回り、“動物“というタイトルが多い本棚を見つけ。
開始から30分程かかって、目的の2冊を見つけ出した。
だが、その棚には残る1冊は無く。ジェイク・イヴァン・クストーの“イベリア古ー海ー妖魔ーー“だけは見つからなかった。
ステラを待たせすぎるのは流石によくないと、亮は捜索を断念して。一旦、収穫を持ってステラの下に戻る。
「1冊見つからなかったから聞いてきます」
「ありがとう、ご苦労様」
渡された本を見たステラは、何かに気づいたのか「ああ」と、つぶやく。
「ごめんなさい、これは希少文献かもしれないわね。聞いてみましょう」
ステラは、机に並べた資料はそのままに。亮を連れ立って、入口とは別の2人の司書が座るカウンターに行き、控え目な容姿をした女性に声をかけた。
「ジェイク・イヴァン・クストーの“イベリア古代海洋妖魔考察“を探しているのですけど。蔵書にありますでしょうか?」
「少々お待ちください」
司書は無表情で立ち上がると、背後に列ぶ本棚から1冊を抜き取り。ぶ厚いその本のページを慣れたようにめくっていく。
「希少文献として書庫に保管されていますね。希少文献の閲覧には記名が必要ですが、よろしいですか?」
「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」
様子を見ていたもう1人の司書が本棚の奥へと消えると、重い金属の扉が開く軋みが微かに聞こえ。
10分程で再度、見えない扉が開き。本棚の影から本を抱えた司書が姿を現した。
「こちらがお探しの“イベリア古代海洋妖魔考察“になります。貴重な文献のため、取り扱いには注意してください」
本と一緒に差し出された、閲覧者の名前の書かれたリストにステラが記名し。2人は本を手に、陣取った場所に戻った。
「さて、私は資料を洗うけれど。リョウ君はどうする?」
「邪魔するのも悪いですし。手伝うなんてもってのほか。俺はぶらぶら読めそうな本を探してみますよ」
亮は肩をすくめて答える。
「わかったわ、何かあったら遠慮せず言ってちょうだいね」
ステラはそうは言ったが。資料と向き合って数分もすれば、以前、亮が魔法陣について尋ねた時のような真剣な表情を見せ。無闇に声を掛けられるような雰囲気では無くなった。
亮は邪魔にならないよう、静かにその場を離れ。何か楽しめそうな本でもないかと、館内をぶらつく。
しかし、ろくに文字も読めない人間が楽しめる本など、そうはないし。あったとしても、これだけの本の中からヒントも無く探し出せる物でもない。
亮は唯一あるヒントを頼りに、先程ステラが探していた本のあった棚に行くと。
数冊を流し見して、動物図鑑らしい分厚い1冊を見つけた。
これならば、文字が読めなくてもある程度理解できる。文字の読めない幼児のような気分で少々情けなかったが、実際そうなのであるから仕方がない。
机まで戻らず。棚の脇に置かれた、高い所の本を取るための踏み台に腰掛け。ページをめくり、その挿絵を眺めた。
気にはなっていた事だが、こうして見てみると、やはり見知った動物が多い。
馬や山羊、鹿は実際見たが。犬に猫、鶏、豚、ネズミ。おおよそ馴染みのある動物はこちらにもいるようだ。
共通点がみられない複数の挿絵で記された、いろいろ曖昧な動物もいくつもいるが。
歴史の授業を思い出すに、日本も数世紀前にはそんなものだった。
もちろん、そこに曖昧に書かれた奇妙な動物がこの世界にいる可能性は無いわけではないし。
むしろ魔法が日常的なこの世界にあっては、荒唐無稽とも思える火を吹く動物なども十分に存在しえる。
「つか、火ぃ吹いたらもう、モンスターじゃねえか……」
独り語散て、本を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます