4 再会の夜

サラの宿泊している宿屋は、佇まいからして高級そうな四階建ての建物で。町の外れに、広い敷地と共にポツリとあった。

そこは、普通なら敬遠するような宿泊費であったが。ステラとの別れの宿ということで、少々奮発する事にして、馬を休ませるために3泊分の料金を払う。

皆が荷物を部屋に運び入れて1階に戻ると、サラの目論見通り、グンナロが宿に戻ってきた。


宿の1階には、今までの安宿とは違って酒場が併設されていなかったが、代わりに社交室とレストランがあり。

一行はレストランへと繰り出すと、大きなテーブルに陣取った。


「それで一件落着か? やるじゃねぇか、リョウ!」


セヴァーでの一件の顛末を聞いたグンナロが、隣りに座る亮の背中を、遠慮なしにバンバン叩く。

なんでも、騎士団長争いに端を発した白凰騎士団内のゴタゴタは。旅商人達によって、亮達よりも早くにウィンに届いていたらしい。


リオを殺そうとした騎士団を裏切り。王子を護り通した騎士ルイス・フィリップと、その協力者。

その協力者が亮達であると知った時には、流石に2人も驚いていた。


上機嫌のグンナロに比べ、亮は少々困惑していた。正直、こんな風に有名になるというのは、あまり嬉しい事ではない。

名前まで伝わっている訳ではないが、国家機密とも思える事件が公然と語られている以上。個人の名前などいつ出てもおかしくないだろう。


有名になると、余計なゴタゴタに巻き込まれそうで。謎の騎士の事もあり。心配事が増えるのは嬉しくない。


「ところでリョウ。その騎士、左足の動きが悪くなかったか?」不意にグンナロが、真面目な顔で尋ねた。


「いや、わからないな。素早かったし、そうは思えないけど……」


「そうか、ならいいんだ」


グンナロはニヤリと笑い。またもや亮の背中を叩いた。


一瞬生まれた微妙な空気は、料理が運ばれてきた事でかき消される。

テーブルには豪華な料理が所狭しと列び。じっくり焼かれた、一羽丸々のローストチキンが目の前に置かれると、ニカイラが喉を鳴らして唸る。

一同がカップを手にとり、再会と出会いに乾杯を交わすと。場は一気に打ち解けた雰囲気となった。


「それで。リョーは、こんなウィンくんだりまで、なんの用なの?」


サラが、手にしたナイフで亮を指して言う。


「俺達とニカイラさんはエメトールに行く途中。ここに用があるのはステラさん」


「図書館に用があってね。エニグスの事、調べてんのよ」


ステラは葡萄酒が入り、上機嫌で答えた。サラはエニグスには特に興味が無いのか「ふーん」と、軽く流す。


「あたしら、ここの前はエメトールにいたよ。というか、リョウと別れた後、行ったのがエメトールなんだけど」


「ああ、海辺でバカンス」遺跡で言っていた事を思い出し、頷く。


「ありゃ酷かったな。海辺が一面エニグスの死体まみれで、臭ぇ臭ぇ」


「海辺の町はどこも同じね。セヴァーだって、そんなものよ」


「して、エメトールで傭兵の口はあったかな?」


ニカイラが食っていたチキンの骨を皿に置いて口を開いた。黙々と食っていたので、既に一羽平らげそうな勢いだ。


「無いこともないだろうが。出張っている兵も多いし、守るのはエメトールだけだけらな」


「ふむん。そうか……」


「ああ……、傭兵ならレンベルト・レガートの方にあるぜ」


「レンベルト・レガート?」


「ここの東にある── 名前何だっけな。まぁいい、リベリア辺境伯の居城だよ。ここんところ、傭兵集めているらしい」


「リベリア辺境伯?」


亮はオウム返しを繰り返す自分を、少々馬鹿みたいに感じたが。口に出してしまったのは仕方がない。


「ランサス本土から飛ばされてきた、元侯爵だかなんだかで。リベリア地方の地方長官というか、総督だ」


つまりは広大なランサス王国の一地方。リベリア地方で一番偉い人。亮は、日本の県知事というより。規模的にアメリカの州知事と理解する。


「なんで傭兵なんて集めているんです?」


「さあな。戦争をおっ始めるって訳じゃなかろうが」


「内容が分からぬなら、おいそれとはな……」


ニカイラはいよいよ困ったように、鼻先を掻いた。


「そんなの、エメトールで仕事無かった時に考えなさいな。そんな事より、リョウ君とサラちゃんの馴れ初めの方が気になるわよ」


「あ。それは私も知りたい」


若干目の座ったステラに、今まで静かにしていたアレッサが楽しそうに賛同する。


「馴れ初めて……。そんなのどうでもいいだろ」


「まぁいいじゃねぇか。聴きてぇってんなら語るってもんよ」


酒が入って手に負えなくなったグンナロが豪快に笑い。亮を除く面々は拍手を送る。

亮はもはや止める事は諦め。グンナロが口を滑らせないように注意した。


「ありゃ、デュポアールの森の奥深く。俺とサラが、探していたフィロ=レ=ベルナを見つけた時だ……」


「ちょっとまって! フィロ=レ=ベルナを見つけたですって?」


軽快に語り出したグンナロだが、その語りは早速、ステラによって遮られた。


「おうよ。近隣の猟師の話を元に10日程探し回った」


「それって、大発見よ」ステラは酔いが吹っ飛んだように食いついた。


それもそうだろう。数千年前ともいわれる抗魔戦争時代から、その行方の知れなかった砦が見つかったというのだ。


「やっぱり、まだ国には教えてないのか?」


「そりゃ、ね。瓦礫の下に何が眠っているかわからないじゃない」


そう答えたサラの目は『精霊結晶なんて物があったくらいだし』と、語っていた。


「なんにせよ。これで残るリベリア4砦は、フィロ=レ=グァニアだけになったわけね」ステラは、感慨深げに頷く。


「そう。それで俺達は、ベルナとの位置関係でグァニアの位置も分からねぇかと。図書館で文献をあたってたのさ」


「それで、見つかったのか?」


「いや、まだ分からねぇ。一応資料は集め終えているが……」難航しているのか、腕を組んで唸り声をあげた。


「それで、フィロ=レ=ベルナについた時、何があったんですか?」


このまま話しが逸れていく事を強く望んでいたのだが、アレッサが軌道修正。グンナロは「そうだった、そうだった」と、さも楽しそうに手を1つ打つ。


「俺達が地下へ通じる頑丈な扉に悪戦苦闘してると、そこにふらっとやってきたんだよ、リョウが」


「森を歩いていたらね、食料が無くなってさ」


亮は慌てて割り込んだ。


水の問題で遺跡には行ったのだが。水が無いということでは、当時魔法が使えず。

その後アレッサと出会うまでの少しの間。精霊の力によって魔法を覚えたという事がバレる可能性がある。

それは、その代償たる精霊結晶の事にも触れる話だ。


グンナロは一瞬、怪訝な顔をしたが。亮の感情を汲んで、その後は精霊に通じる話は避けて話した。

それでも、薪割り斧での武装や。スケルトンに怖じ気づいた事など。

多大な脚色を込めて、面白おかしく語られ。亮は盛大に笑われる事になった。


食事の席は、その後も笑い声が絶える事無く。アレッサが眠気に屈するまで続いていった。



翌朝、亮はいつものように日の出前に目を覚まし。宿泊費に見合った高級なベッドから這い出る。

ベッドの上で丸くなって眠る、相部屋のニカイラを起こさぬよう気をつけながら、枕元に準備しておいた剣とタオルを手に取り、静かに部屋を出た。


薄暗い中、従業員がせわしなく動き始めた宿を出て。庭の裏手の厩の脇に向かうと。周囲に人が居ないのを確認して、ニカイラとルイスに教わった型通りにひとしきり剣を振った。


日が出てくると気温も高まり、汗が噴き出してくる。

気を抜けばダレてきそうになるのを、謎の騎士に手も足も出なかった事を思い出して、気合いを入れ直す。


「精が出るな」


そう声をかけてきたのはグンナロだった。


「最低限は使いこなしたいからね」


亮はそこで練習を終え、息をついてタオルで汗を拭う。ひと風呂浴びたい所だが、そうもいかないので。厩の脇にあった井戸を借りて、濡らしたタオルで全身を拭いた。


「グラディウスとは懐かしい剣だ」


亮の剣を手にしたグンナロが目を細めた。慣れたように数度振り回すと、流れるように鞘に収める。


「俺の故郷の仕様だよ、こいつは。肉厚でショートソードにしちゃあ重い」


「そうなんだ。この辺りでは珍しい? 買うときもその仕様はそれだけだったし」


「まあな。ショートソードは主力じゃねぇから、こんな重いのは売れねぇだろう」


「思いっきり主力で考えてたからなぁ。長いと振り回しにくくて」


「それで逆に苦労しちゃなぁ」


苦笑するグンナロに、亮はリーチ差に苦しめらたのを思い出し、乾いた笑い声をあげた。


「グラディウスは刺突に向いてる、もう少し突きの練習をしな。それと出来りゃ早々にブロードソードに変えた方が良いぜ。サラみたいに重くて持てないわけでもねぇだろ?」


「サラは重いから使ってないの?」


「まぁな。何でも疲れると、印を切るのに支障が出るんだとか」


「そんなに繊細なもの?」


「俺に聞くなよ。鋼の魔法なんざ、使えるか」


グンナロと連れ立ち、厩でシュードとキャナルの様子を見てから宿に戻ると、丁度、朝食の頃合いだった。

レストランには既に全員が集まり、入ってきた亮達を手招きで迎える。


「おはよう。注文は適当にしちゃったけれど、良かった?」


カップを手にステラが言った。流石に朝から酒は飲んでおらず、カップの中身はお茶だ。


「朝から肉まみれでなければ、何でも」


「肉を食わんと力が出んぞ?」


「大丈夫、昨日の肉がまだ残ってます」


亮が胃を押さえながら返すと、サラとアレッサもその通りと頷いて同意した。



「ステラさん、今日はもう図書館に行くんですか?」


「ええ、そのつもりだけれど」


「俺もついていって良いですかね? ちょっと見てみたくて」


「構わないわよ」


そんな亮達の会話を聞いていたサラは、隣りのグンナロに声をかけた。


「父さんは今日も図書館?」


「いや、もう大体の資料は揃ったから、俺は用ねぇな」


「それじゃ、部屋で研究ね。私はどこに行こうかしらね」


「手伝うという選択肢はねぇのかよ?」


グンナロは、困ったように思案を巡らせる娘にげんなりと言う。


「あたしが馬鹿なの分かってんでしょ」


サラは、何故か胸を張って答えた。


「アレッサちゃん。あたしと買い物に行こうか? あまり良い店無かったけど、服屋もいくつか見つけたし」


「本当ですか。行きたいです!」


瞳を輝かせたアレッサだが、すぐにせがむ様に亮の顔を伺う。


「いってきなよ。金なら殿下からの報酬の半分はアレッサのなんだから、気にすんな」


「そんなに使わないよ。ありがとうリョウさん」


「後はニカイラだけど、あんたどうすんの?」


「ふむ、さして用は無いな」


「それじゃあ、私達とお買い物に行きませんか?」


アレッサが気軽にニカイラを誘ったが。

それを聞いていた亮は、また安易に誘ってやるなと、今後の展開を思い、突っ込む。


「ふむ。期待には応えよう」


「来るの!」


驚きのあまりサラは思わず立ち上がったが。亮はやっぱりなと、1人頷いた。

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