5「鬼哭編」
その日の夕刻。北国のとある地方都市の赤空に、妙に甲高い男の悲鳴が響き渡った。
割とこの町では日常茶飯事な音なので、道行く人々は誰一人として、その悲鳴について深く考える者はいなかったと言う。
「これで、その矮小な頭でも理解できたかな?」
既に動かない青年に向かって、少女が語りかける。
「リンちゃんと『はじめて』を体験するのは、この私なの」
青年を貫く筈だった電信柱は、すんでの所でギリギリ軌道をずらされ、彼に直撃する事無く地面へと突き刺さっていた。
「貴方みたいな汚らしい、どこの馬の骨とも知れない様な間男に渡すほど、私の『愛』は甘くないんだから、ね?」
雪見冬香による制裁。幾千もの男達を恐怖の淵に陥れてきた凶行の再現は、ここに完遂する。
「ふふ……。うふふふ。あっははははははッ」
少女の足下に倒れ伏し、リング際で灰になった矢吹の如く白く変色した青年の身体を足蹴にしながら、帝王が吼える。
獲物を駆逐し、自らの障害となる存在を排除する事で、少女は愛すべき存在の傍らに立つ事を許されている――と、勝手に思い込んでいた。
「冬香。多分もう何言っても聞こえないよ。耳とか鼻とか頭から、何か黒い液体が出てるし」
顛末の始終を見物していた少女・白月凛音は、哀れにも親友の毒牙にかかった変人の亡骸を、養豚場の豚を眺めるかの様な視線で見つめている。
そこに恐怖は感じられない。
むしろこれが彼女達の日常なんだと言わんばかりの、どうでも良さそうな表情であった。
ああ。恐ろしきかな、現代っ子。
「り、リンちゃん……! わ、私すっごく怖かったよ……」
そして帝王はその牙を潜め、自身が唯一愛す最愛の恋人に、涙を漏らしつつ寄り添う。
「ああ、もう。よしよし。アンタってば、相変わらずなんだから……」
凛音は、そんな弱々しい少女の身体を抱き寄せると、愛おしそうに頭を撫でる。
(お、恐ろしい……。これが噂に聞いたジャパニーズ・ユリガール……か……)
――気のせいか、彼女達の背景に百合の花が見えている様な気がする。
辛うじて死を免れた青年は、消えゆく意識の中でそんな光景を幻視していた。
そこで、今度こそ本当に、ガルドの意識は途切れたのであった。
― 二章へ続く ―
Satellite of the Moon 漆茶碗 @tyawan30
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