一章「月の少女とエージェント」(全5話)
1「邂逅編」
地球、日本・本州の最北端に位置する北国、人工四万人に満たないにも関わらず、市を名乗っている様な中途半端な街に彼女は暮らしている。
家族は凛音と義母と義弟の三人で、彼女は生まれて直ぐに、義母に引き取られたと言う。
取り立てて秀でた特技や知識も持たず、そう言った面でも平凡であった彼女だが、唯一常人と一線を画するのが、その容姿であった。
彼女の姿は実に見目麗しく、人の範疇を超える物である。
白金色の、絹糸の様にきめ細やかで、しなやかな髪。
見る者を虜にし、全てを映し込むかの様な金色の瞳。
西洋人形の様に整った顔立ち、そして透き通るかの様な白く、シミ一つ無い肌。
どこか人間離れした神秘的な外見とは裏腹に、基本的にはものぐさな性格であり、いつもどこか気だるそうにしているのが、白月凛音と言う人間である。
彼女は放課後、学校からの帰路の折、決まって自宅の近所にあるこの公園へと脚を運ぶ。
理由は実にシンプルな物で、この場所からは黄昏時の空が良く見える為だ。
彼女は夕暮れの空色が好きで、よくこうして、この場所から空を眺めているのであった。
今日もそんな調子で、彼女は晴れ渡った夕暮れを一目見ようと、公園へと立ち寄る。
一番空が広く感じられる場所。公園の中心点の広場へと、少女は軽い足取りで近付いた。
時間帯的にはベストなタイミングであった。
暮れゆく空は、朱色と群青色の見事なグラデーションを描き、少女のちっぽけな身体を包み込む。
チラチラと見え始める星々の輝き、薄く円を描く月の姿が瞳に映る。
変化の少ない日常の中で、凛音にとってはどこか日常から逸脱した感覚を抱ける時間であった。
まるで空の一部になった様な錯覚を少女が覚えていると、彼女の周囲に不思議な光が集まり始める。
ぼんやりとした光の波が流れる度に、空へは軌跡が描かれる。
まるで意思を持つかの様な動作で近付いて来る幻惑的な輝きに、凛音も気が付いた。
「みんな、こんばんは。今日も綺麗だね」
光を認識した凛音が、誰も居ない筈の空間へと向かい、語りかける。
――否。誰も居ない訳では無い。
常人には一切認識が出来ないが、彼女には確かに何者か達の姿が見えていたのだ。
凛音には『友人』がいる。
正確には友人と言えるのかどうか定かでは無いが、彼女は時折、不思議な存在の姿を目に映す事がある。
公園の様な緑が多い場所へと凛音が足を運ぶと、自然と彼女の周りへ集まってくる『友人』。
彼等の姿を形容するならば、キラキラと輝きを放つ、小さな――人間の掌よりも、少し大きなサイズ――を持つ生物。
その姿は人間の様であり、個体によって様々ではあるが、一般的に幻想物語やお伽話で語られる様な、妖精や精霊といった存在に近い姿をしていた。
そんな幻想的な姿を持つ彼女の『友人』達が、光を纏いながら凛音の周りへと集まって来ていたのであった。
友人達が、彼女の周りをじゃれつく様に、楽しげな様子で光を放ちながら漂う。
凛音もまた、彼等の身体に触れるかの様に、両の手を空間へと揺らめかせる。
これが、彼女達なりのコミュニケーションの取り方であった。
彼等の姿は現状、彼女の周りでは『何かが居る』と言う雰囲気を感じる者は居ても、はっきりと姿を認識出来た者はいない。
凛音にしか見えない友人達。
何故、自分にだけ彼等の姿が見えるのか――昔はそんな風に気にした事もあったが、基本的に細かい事に拘らない彼女は、いつしか「そう言う物なのだろう」と言う事で納得してしまうのであった。
これが、白月凛音にとっての日常の一幕である。
若干、常人とは異なる常識・要素が日常に含まれてはいるが、それでも概ね平凡で、平和な日々であった。
だがこの日、彼女の日常を壊す、一つの異変が起こる。
空を遮り、唐突に彼女の視界を覆う黒い空間。
異様な大きさを持つ何かが、彼女と空の間を遮ったのだ。
「え……?」
突然の事に驚いた友人達が、一瞬の内に姿を隠し、消えてしまう。
何事かと思い、凛音は頭上へと視線を移す。
よくよく眺めてみると、黒い何かは人間。一人の男性であった。
目の前に、どうやら外国人らしき風貌の青年が立ち塞がっていたのである。
ガタイが良く、凄く大きいタフガイな青年が、どこからともなく現れたのだ。
少女よりも頭一つ分程身長が高く、まるで海外のアクション映画に出てくる様な、筋肉モリモリマッチョマンの変態染みたその青年は、凛音の姿を視界に映し、何やらじぃっと視線を向けて来る。
凛音は内心で焦りを覚えつつも、表情にそれを出す事は無く、彼の顔を無表情で見つめ返す。
長い沈黙が場を支配した。
そのまま背を向けて逃げ出せば良い物を、凛音は律儀に青年が次に移す行動を待ち続けた。
数刻の後、彼の口がゆっくりと開かれ、言葉を発する。
「お嬢さん。一生のお願いだから、俺に、君の全てをくれないか」
それは、突拍子も無い告白であった。
一瞬の驚き。見た目とは裏腹に、流暢な日本語で彼が言葉を発した事にも驚いたが、それよりも突然の異性、それも外国人からの告白に、少女は若干の戸惑いを覚えながらも、すぐに正気を取り戻す。
「新手のナンパ? それとも、新興宗教か何かの勧誘ですか?」
こんな時でも凛として、しっかり相手に対応できると言うのが凛音と言う少女の長所であった。
「どちらにせよ間に合っているので、お国へ帰って下さい」
そして彼女は、呆れた声で青年の告白を拒絶した。
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