番外編②
アーサー国王の誕生祭 1
もう来ることはないと思っていたアルスフェイト王国の門をくぐっている。その理由は難しいものではない。それはルイーズがわがままだから。今までおばあちゃん相手にご飯を作っていたから、味付けも自然と薄味になっていたし肉料理もあまり作ることはなかった。その癖で料理を作ってルイーズに食べさせていたら、とうとうルイーズから文句が出た。一ヶ月ももたなかった。
最初はこの森の果実の目新しさに喜んでいたが、一通り食べたら飽きてしまったようだ。それでも食べるのを止めることはしないが。新しい家にはまだ竃がなく、火を使った料理をするには一苦労だ。しかしルイーズからしたらそんなことは知ったことではないようで、熊や鹿の肉を食べさせてくれとしつこくねだってくる。先日キャンベルお母様から兎と羊の肉をもらってきたのでこれでしばらくは大人しくなるかと思ったが、一度食べたら止まらなくなったようで余計にしつこくなった。
この森で鹿を探しても良かったが、ベスと狼たちの縄張りを荒らさないという約束を交わしたばかりだ。縄張りを荒らさなければ鹿を捕るのは自由だが、あの出来事からまだ一ヶ月しか経っていない今、狼たちを刺激するのは得策ではない。
だから取り急ぎルイーズが満足するものを見繕おうとアルスフェイトにやってきたのだ。ルカ姫に会ったらどんな顔をすればいいか分からなかったのでできればこの国に来ることは避けたかったが、ルイーズがとうとう私のずきんを食べようとしたので流石に覚悟を決めた。
しかしアルスフェイトに入ると、以前よりもだいぶ雰囲気が変わっていた。どうやらお祭りでもあるらしい。それならなおさら無関係の私はさっさとこの国を出たほうがいいだろう。でも街が盛大にお祭り騒ぎをしていれば肉屋を見つけやすい。いい肉屋は大きな肉の塊を店先に吊るしてるからだ。あまり先立つものがない私としては高い買い物をしたくはなかったが、先日羊の肉を食べたルイーズがよもや猪やたぬきの肉で満足するとは思えない。ここは値は張るがせめて鹿肉ぐらいは手に入れないとダメだろう。理想は安くていい肉。そこで活躍するのが私の鼻だ。私の鼻は形もいいが性能もいい。今までずっと森で動物たちの肉を頂いてきた。匂いを嗅げば、それがいい肉かどうかすぐに分かる。
そうして私は一件の店に目星をつけた。数も種類もそんなに多くはないが、いい肉が揃っている。
「これはいつ獲った肉なのかしら」
「今日の朝だよ、お嬢ちゃん。新鮮でいい肉さ」
確かに悪くはない。向かいで大きく構えている店よりもいい肉を扱っているようだ。その中でも私は店先に吊るしてる鹿の肉に目をつけた。匂いも張りもいい。私は値段を聞こうと思ったが、それより先に奥にある肉が気になった。店先にはまだスペースが余っているのに、あんな奥に置いておくのはもったいない。
「奥の肉も見ていいのかしら?」
「え?ああ、いいよ……」
奥に隠すように置いてある肉。これも鹿の肉だった。しかし店先に吊るしてるどんな肉よりも質のいいものだった。
「ご主人。これをもらうわ」
「そ、それは……」
「まさかもっと上客に売るために私みたいな小娘には売りたくない、なんてことないわよね?」
「う……」
図星だったか。街の商人たちがよくやる手だ。上客にいいものを売ればそのあとも常連となってくれる。その上客に売るため普段はいい肉を隠しておくのだ。
「悪い悪い、お嬢ちゃんには負けたよ」
そう言って店主は快くいい鹿の肉を売ってくれた。私の値引き交渉にも苦笑いを浮かべながら応じてくれた。
「まいど」
「街は大賑わいね。何かあるのかしら?」
「あれ?お嬢ちゃん、知らないのかい?てっきりお嬢ちゃんも来週のイベント目当てで来てるのかと思ったよ」
「イベント?」
「ああ、アーサー国王誕生祭のイベントさ」
どうやら来週はアーサー国王の誕生日のようで、それに向けて街でも祭りが盛り上がり、また周辺の同盟国家からも国王の誕生日を祝いにお偉方が来るらしい。
なんだか複雑な気分だ。自分の父親の誕生日をこんな形で知る事になるとは。
でも……。
「私はただいい肉を探しに来ただけよ。どうもありがとう」
そう言って私は店を、そしてアルスフェイト王国を後にした。
アーサー国王は私の父親で、アルトディーテ王妃は私の母親で、ルカ姫は私の妹。そのことは受け入れているし嬉しくも思っている。でもだからといってその輪に加わろうとは思わないし、この王国に関わろうとも思わない。ただ私は外から見守るだけでいい。
そう思っていた。
しかし私が自分の住処である洞穴に戻ると、森を歩くには似つかわしくない格好の男が立っていた。見たことのある顔だ。その周りには護衛の者が数人。
「突然の訪問、失礼いたします。赤ずきん様」
そう言ってローズウェルは深々と頭を下げた。ルカ姫の執事だ。
「こんにちは。よくここが分かったわね」
「先日の一件以来、我々も森のことをよく知ろうと度々偵察しておりまして、その時にこちらの赤ずきん様の家も見かけたのでございます。何も言わずに突然来てしまったことはお許し下さい」
この岩場に空いた洞穴の家は少し高い場所にあるため多少は目立ってしまう。ここは森全体を見渡すのにはいいが、隠れるのには不向きである。でも私は確かにアルスフェイトと関わろうとはしていないが、別に隠れている訳でもない。それにローズウェルは見知った間柄だ。迷惑ではない。
「別にいいわ」
そう言って私は担いできた一頭分の鹿の肉を地面に置いた。上空では鳥が一羽飛んでいる。きっとルイーズがローズウェルの気配を察知して飛び立ったのだろう。しかし私が肉を持って帰ってきたものだから気になっているのだ。
「それで?なんの用かしら」
大体分かっている。
「アルトディーテ王妃から、赤ずきん様に招待状です。来週は我がアーサー国王の誕生日でございまして、それを祝う祭りが行われます。赤ずきん様にも是非それに参加いただきたいとアルトディーテ王妃はおっしゃっておられます」
そう言ってローズウェルは封筒を差し出した。ルカ姫の使いかと思ったら、今日はアルトディーテ王妃の使いらしい。
「ありがとう。でも祭りには誰でも自由に参加できるのではないの?」
「街で行われている祭りはそうでございます。こちらは城の中で行われる誕生祭の招待状でございます」
なるほど。城の中で行われる祝祭には、この招待状を持った人しか入れないという訳か。でも今さら私がアーサー国王の誕生祭などに顔を出せるわけがない。
「ごめんなさい。気持ちは嬉しいけど、たぶん行かないわ」
「ルカ姫もそのようにおっしゃっていました。しかしアルトディーテ王妃は招待状だけでもとおっしゃっていまして」
さすが、ルカ姫は敏い子だ。若干アルトディーテ王妃の方が幼く感じる。そんなことを一国の王妃相手に言っては失礼の極みだが。
「私の役目はこの招待状を赤ずきん様にお渡しするだけでございます。それでは失礼いたします」
そう言ってローズウェルと護衛は帰ろうとした。その間、私はアルトディーテ王妃のこと、そしてルカ姫のことを考えていた。私がおばあちゃんのことでアルスフェイト王国を訪ねて以来、あのアルトディーテ王妃には会っていない。もちろんルカ姫にも。それでも彼女たちは私のことを覚えて、気にかけてくれている。たとえ誕生祭に参加できなくても、何かできることをしたいという思いが湧いてきた。そうしなければ、私とあの家族の縁が本当に切れてしまう。仮にもう会うことがなくても、縁だけは大切にしたいと思った。
「ちょっと待って。来週、誕生祭の当日にまたここに来てくれるかしら。できれば馬車も一緒に」
その言葉に、ローズウェルは深々と頭を下げた。
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