第19話

カルエナがこの森に生み出した恐怖に対する一応の決着が着いてから一夜。

私は再び森に来ていた。

“ウルフェン”の後始末はアルスフェイトの兵士に任せてしまったが、ちゃんと埋めてくれたかどうかが心配で見に来たのだ。

彼らをちゃんと埋葬してあげたい、というのも本音だが、死んだ”ウルフェン”の肉を普通の狼や熊が食べてまた化物が生まれないとも限らない。

それも心配だった。

“グリーズ”は自分の目で骨だけになっていくのを確認したからいいが、”ウルフェン”の事もちゃんと自分の目で確認しなければ安心できない。

たまに手に入るホラー文学の影響を受け過ぎなのかもしれないが、注意するに越したことはないだろう。

なんせ物心ついた頃から悩まされてきたことなのだから。

その点で言えばカルエナを逃したことは最も悔やまれる事だが、右手を切り落としたのだからもう魔法陣も使えないかもしれない。

いや、あれほどの執念を持っている奴はそう簡単に諦めないだろうが、すぐに動くことはできないはずだ。

私やベスにあれだけやられたのだから、もうアルスフェイトのことは諦めてくれればいいのだが。


そんなことを思いながら森を歩いていた。

本当は歩くだけでもまだ痛いのだが、あのままだと安心して寝てもいられない。

私は包帯を巻いた部分を庇いながらゆっくり歩いた。

昨日の戦いがあった大岩のある大曲の道付近も全体的に見て回ったが、”ウルフェン”の死体は一つもなかった。


ジャリ……


私の後ろから気配がして振り返ると、そこには”ウルフェン”の姿をしたベスがいた。

岩の上に立っている。

まだ傷や毛が生え揃っていない部分もあるが、昨日と比べたらかなり回復したようだ。

やはり人間と動物とでは回復力が違うらしい。

動物は怪我をして動けなくなることはイコール死を意味する。

その分回復力が強いのかもしれない。


私がこの森に来た理由にはもう一つある。

私はベスを探しにも来ていたのだ。

「よぉ……」

ベスが私に向かって声をかけた。

向こうから来てくれるとは、探す手間が省けた。

「”ウルフェン”のままなら回復が早いのは本当だったみたいね」

「お前とは違うんだよ」

ベスが包帯で巻かれた私の足を見ていった。

「あら?じゃあカルエナもいなくなったことだし、ここで私たちの決着もつけましょうか?」

私は少し声のトーンを低くして言った。本気ではない。

ベスもそれは分かっている。

だから私から視線を外して森を見上げた。

「森がこんなに静かなんだ。戦う気分にはならねぇよ」

それに関しては同感だ。

今まで生きてきて、森がここまで静かで穏やかだったことはなかったのではないだろうか。

それはきっと、私もベスも抱えていた闇がなくなったからだろう。

いや、正確にはなくなってはいない。

カルエナはまだ生きているし、なにより今までの事がなくなったわけではない。

でも私たちは自分の力で自分を虜にしていた闇の根源に立ち向かい、そして打倒した。

今まで耳障りのように鳴っていた心の騒音がなくなったのは、何にも変えがたく清々しいものだ。

それでも……。


「斧はまだ持ってくるんだな」

そう言われ、私は背中に背負ったラブリュスに目をやった。

私も迷った。

もうこのラブリュスを降ろしてもいいのではないか、と。

でも今となってはこのラブリュスも私の体の一部のようなものだ。

きっとこれからも手放すことはない。

それは恐怖を克服できないからではなく、今まで共に戦い傷ついた相棒として。


私は一瞬目を伏し、話題の転換を示すようにベスに向かって歩き出した。

「ちょうどあなたを探しに行こうと思っていたのよ」

「……珍しいな」

そう言ってベスは岩の上に腰を下ろした。

岩から下りようとはしない。その態度にふてぶてしさを感じたが、今はそんなことはどうでもいい。

私は大岩のところにたどり着くと、その岩に背中を預けた。

まっすぐ続く道の先を見つめる。

「”ウルフェン”として生きるって、どういう気持ち?」

雰囲気でベスが私の方を見ていることが分かる。

私がこんなことを聞く理由なんて一つしかない。

「ジョアナのことか?」

私はピクっと体を震わす。


そう。

ジョアナは死ななかったとは言え、これからは”ウルフェン”として生きなければならない。

「ジョアナの母親はあいつを受け入れたのか?」

「……なんであなたがジョアナの名前を知っているのよ」

たぶんベスがジョアナを連れて行った時にでも聞いたのだろうが、ジョアナのことをやけに気にするベスを少し不思議に思いそう言った。

大方同じ人間から”ウルフェン”になった者同士で親近感でも沸いたのだろう。

もしかしたら親に受け入れられなかったら自分の群れに引き入れたいのかもしれない。

「……あなたは知らないでしょうけど、とても強いお方よ。キャンベルお母様は」


そう。お母様は私が思っていたよりずっと強い人だった。


あの戦いが終わってジョアナと一緒に私の家に帰った。

しかし私にとって怖かったのは、お母様が今のジョアナの姿を見てどう思うか、だった。

落ち着いている今は狼の顔でいることはないが、両腕両足の外側や背中、顔の一部が狼の毛で薄く覆われている。

髪の毛も以前のジョアナのような可愛らしい髪ではなくなってしまったし、頭部には隠しきれない狼の耳がある。

このジョアナの姿を見てお母様はどう思うか。

今まで狼ですら細心の警戒をもって抵抗していたのだ。

“ウルフェン”となったジョアナなど自分の娘ではないと言って否定するか。

これから”ウルフェン”と共に暮らすぐらいなら一人でどこかに行ってしまうだろうか。


家に帰る道中にそんなことを考えていた。

もしお母様がヒステリックになったら、私には説得するだけの自信がない。

ジョアナがこのようになってしまったのは、私のせいなのだから。私は何かを語る資格を持っていない。

しかし森の中から見えてきた私の家の玄関にはお母様が立っていた。時々遠くを見るように背伸びをしている。

きっとああやって私たちの帰りをずっと待っていたのだろう。

そして森の奥に私とジョアナの姿を見つけると、お母様は走ってきた。

寝不足で疲れていることは目の下のクマで分かるが、そんなことは関係なしに全力で走ってきてジョアナのことを抱きしめた。

ジョアナが生きていたことにもう少し驚くかと思ったが、お母様はジョアナは必ず生きていると信じていたのだろう。

ジョアナも必死に「ママ」と言って抱きつく。

しかし私は複雑な気分だった。破れたブラウスや足元からは狼の毛がはっきり見えている。それが見えなかったとしても、ジョアナを抱きしめれば否応なく気づくだろう。

お母様もすぐに違和感を覚えて、抱きしめていたジョアナを引き離して体全体を見る。

「ジョアナ!?これはどうしたの?怪我?それとも何かの病気?」

お母様は恐る恐るジョアナの両腕をさする。

「お、お母様。ジョアナは怪我も病気もしていません。ただ……」

「怪我じゃないのね?元気なの?苦しいところもない?」

「ないわ。私は大丈夫よ、ママ」

その言葉にお母様は涙を流してジョアナを抱きしめた。

「良かったわ、ジョアナ。本当によかった……」


このタイミングがいいだろうと思い、私はお母様が落ち着いてから今のジョアナの状態について話した。

“ウルフェン”についても少し話した。

でも”ブルートウ”については話さなかった。この二人には必要のない情報だ。

お母様は真面目に聞いていたが、その間ずっとジョアナの肩を抱いたままだった。

「分かったわ。ありがとう」

「ごめんなさい、お母様。私がジョアナを守れなかったから……」

「いいのよ、ずきんちゃん。あなたは本当によくやってくれたわ。それに娘を守るのは、本来は母親の役目なんだから」

お母様ならこう言うと思っていた。でも私は謝らずにはいられなかったのだ。

「それに今はもうこれで十分なの。だって死んだと思っていたジョアナが生きていたんだから、それだけで十分。たとえジョアナがどんな姿だって関係ないわ。ジョアナはジョアナ。私の大事な娘よ」


私は安心した。

私が恨まれなかったからじゃない。

お母様とジョアナの絆が壊れなかったことに。

母親とは、無条件に子供を愛せるものなのかもしれない。

私のおばあちゃんがそうであったように。


ただ心配事はまだ尽きない。それはお母様も同じなようで、今日はそれを解決するためにここにきた。


「それで?どうなったんだよ」

ベスの質問に一言答えたままずっと黙っていた私に、ベスが続きを促した。

「別に、あなたにわざわざキャンベル家の事情を詳しく説明しなくてもいいでしょ。あの二人は大丈夫よ」

私は頭の中に巡った内容を話そうかとも思ったが、何となく黙っていた。

下手に情報を広めて厄介なことになってもいけない。やっぱり私はまだベスを信用しきってはいないようだ。

それに何より、しばらくはそっとしておいてあげたい。

「……まぁあいつを”ウルフェン”した張本人は俺だからちょっと気になったんだがな。大丈夫ならそれでもいい」

「それで?私の質問にまだ答えてもらってないわ」

「俺の質問には答えないのにか?」

その言葉に私はムッとした。

痛いところを突かれたからだ。

でも私はベスを見上げて「責任を感じているなら答えなさいよ」と言い放った。

強がっているのも確かだが、そもそもジョアナを”ウルフェン”にしたのはベスではないか。

ベスには答える責任がある。

それに対してベスは足を組み、頬杖をついて口の端を少し上げながら答えた。

まったく気に食わない。

「まぁ俺は元々狼に育てられていた訳だし、”ウルフェン”になってからも狼の群れの中で生活していたからそんなに不便は感じなかったさ。興奮して顔まで”ウルフェン”になってしまったとしても、逆に周りにいる狼の姿に近づく訳だからな」

なんとも参考にならない答えだ。

「だから逆に、もしあいつがこの先街で暮らすとか商売をするとかになったら苦労するかもな。受け入れてくれた母親と二人きりでこの森で静かに暮らすなら平気かもしれないが」

そんなことは私だって分かっている。

「食べ物とかは?」

「ああ、食べ物か。そうだな……」

「え?」

ベスは妙な間を開けた後、立ち上がって岩から降りた。

そして神妙な面持ちで私の方に振り返って言った。

「……俺は毎日動物を狩って食べている。血を飲み、肉を食らうのさ」

私は息を呑む。

まさかジョアナも動物の血や肉を食べなければならないのだろうか。

「……それしか食べないの?」

「あとは果物だな。きのこもいいが、種類を見分けるのが面倒くさい」

「……」

「どうした?」

「妙な言い方しないでよ」

「そんな変だったか?」

そう言いながら、ベスの顔は不敵な笑みを浮かべている。

私を嵌めようとするなんていい度胸だわ。

殺さないまでも、一発殴ってやろうかしらね、まったく……。

「一応確認するけど、食べ物は果物でもいいのね?血肉を食べなかったら禁断症状が出るとか、暴れだすとか、そんなことはないの?」

「ないんじゃねぇか?俺も動物たちが冬眠してる冬の間の食べ物は果物だけだったからな」

「それなら良かったわ」

「でも動物の肉もいいものだぞ」

「ちゃんと焼いて食べさせることにするわ」

「俺もたまには焼いてるさ。肉を焼いて食べるというのは、人間だけの贅沢だよ」

それなら最初からそう言いなさいよ。


そんな会話をしていると、ベスの耳がピクリと動いた。

「それじゃあ俺はそろそろ行くぜ」

「え?」

「人間が来た。きっとアルスフェイトの奴だな」

「そう」

きっと今のベスを見たらアルスフェイトの人たちは勘違いしてしまうだろう。

ベスも今回の戦いの功労者なのだからそれ相応の謝礼を受けてもいいと思うが、すでに人間社会とは決別した身。無闇に人間と関わろうとは思わないだろうか。

「俺からも一つ」

歩き出したベスが背中を向けたまま言った。

「この森は俺たちの縄張りとは言わないが、もう狼たちに関わるなよ」

ベスもこれを言うために私を探していたということか。

なぜそんなことをわざわざ言うのかと思ったが、おばあちゃんを亡くした後の私の荒れ様を見たらそう言いたくもなるだろう。

「分かったわ。今回の件では狼たちにも借りがあるからね」

その言葉にベスは軽く頷いて、そして森へと消えていった。

もう関わるなとは言っていたが、私たちの関係はこれからも続くような気がしている。


そして道の方に目を戻すと、そこには兵士団御一行様が歩いてきていた。

「おお、ちょうどよかった。今から貴殿を探しに行こうとしていたところなのだよ」

今日はよく人に探し当てられる。

「貴殿のことを国王や王妃に報告したのだが、名前を聞いていなかったのでな。それで王妃に怒られてしまった。それにやっぱり国王が直々にお礼を伝えたいとのことだ。ぜひアルスフェイトに来てはもらえないか」

私はそっと目を閉じる。


国王や王妃に会うというのはどういうことなのか、十分に分かっている。

以前にも見かけたことはある。

でも会うのは初めてだ。しかも自分の親と意識して。

自分の親が本当は国王だという話を信じられる証拠はない。おばあちゃんが勝手に言っているだけだと割り切ることもできる。

おばあちゃんが私の将来を心配して作った話だと。

でもなぜだかこれは本当の話だという確信がある。

おばあちゃんは嘘を言うような人ではない。それが私のためであっても、絶対嘘は言わない。

それならこの話も本当なのだろう。

それに初めて国王家族を見たときの妙な疎外感。

その時は他人なのだから当然だと思っていたが、その感覚もこの事実があったからなのかもしれない。


おばあちゃん……。


私は心を整えてから目を開けて兵士に言った。

「分かりました。国王にお会いさせていただきます」


その後、兵士は報告をしに城に帰り、私も身支度を整えるために家に帰った。

家に帰ると、洗濯物がたくさん干してあった。

キャンベルお母様がやったのだろう。

そのお母様はというと、台所に立ってキョロキョロしていた。

「お母様、どうされました?」

私の声にビクッとしたお母様は慌てて振り返った。

「あぁ、ずきんちゃん。おかえりなさい。いや、人の家だから勝手にいじるのも悪いと思って。でもずきんちゃんもいつ帰ってくるか分からなかったからご飯をどうしようかと……」

それでか。

ジョアナはどうしただろうか。

「あ、ずきんちゃん。おかえり!」

その声に振り返ると、ジョアナが薪を数本持って立っていた。

ジョアナはその薪を「はい」と言ってお母様に渡していた。お母様も「ありがとう」と言って受け取る。

この二人なら大丈夫。お母様は今のジョアナともうまくやっていける。

「お母様、この家は自分の家だと思って自由に使ってください。前の家は壊れちゃったんですから、もうこの家に住んでくださいな」

私がこの森を出るつもりでいた時から、この家はお母様とジョアナにあげようと思っていたのだ。何の問題もない。

「そんな」というお母様の声も、ジョアナの「やったぁ!ずきんちゃんと一緒!」という声にかき消されていた。

私は喜ぶジョアナの頭をポンポンと撫でた。


そして私は部屋に入り、着替えをした。

白いブラウスに赤と黒のチェックのスカート。こげ茶の皮のベストを来て赤いローブを羽織る。そして頭には赤いずきん。今日は流石に綺麗なのを被っていく。

そして私はおばあちゃんの部屋の箪笥の一番下の抽斗からあるものを取り出した。


「あら、ずきんちゃん。またお出かけ?」

台所に行くと、お母様がまだ何やら探していた。

「ええ、ちょっとアルスフェイトの国王に呼ばれてまして。今回のお礼がしたいとか」

「……そうなの」

お母様は私が持っているものに気づいたが、何も言わなかった。

私の手には、アルスフェイト王国の紋章が入った服と短剣、そして紋章が刻印された蝋で封がされた手紙。

おばあちゃんが残してくれたものだ。

おばあちゃんはこの手紙によって、私がアルスフェイトの国王と王妃の子供であることを証明したかった

延いては二人の子供として迎え入れられることを願っていた。

第一王女としての立場にはならなくとも、私が本当の両親のそばにいること。それを望んでいたのだ。


おばあちゃんの名前が付されたこの手紙とおばあちゃんの持ち物だったアルスフェイトの紋章が入った服と短剣、そして二人の最初の子供として生まれた赤ちゃんと同じ私の金髪ブロンドの髪。

これらの証拠があれば、国王も納得するかもしれない。

私は袋に入れた荷物をキュッと抱きしめた。

ジョアナも何かを感じ取って私に近寄ってきた。

「ずきんちゃん?」

「ジョアナ。お母様の料理、手伝ってあげてね」

そういう私に、ジョアナは何かを言いたげな顔をしながら「うん」と頷いた。


私はこの家に帰ってくるだろうか。

それは分からない。

でもジョアナを守ることができた。そしてキャンベル親子の生活も守ることができた。

これは偏にお母様の心の広さによるところが大きいが、それでも心悩むことはもうない。


私はアルスフェイト王国に向かった。

アルスフェイトの門番たちは、は入口を塞ぐために立てた杭を取り除くのに必死になっていた。

私がなぜこの国に来たのか知っているのかどうか知らないが、すんなり通してくれた。

私はまっすぐ城に向かう。

何度もこの国には来ているが、城に行くのは初めてだ。

正面玄関というものはあるのだろうか。

そこでもちゃんと通してくれるのだろうか。

そんな危惧があったが、それは遠くから走ってくる少女の姿によって吹き飛んだ。

「ずきん様!!」

そう言ってルカ姫は私に抱きついた。

背中の斧に手は当たらなかっただろうか……。

「ちょっと……こんな人前で……」

抱きつかれることはジョアナで慣れているが、こんな人前で、しかも一国の姫ともなれば話は別だ。

ここで騒ぎが起きては敵わない。

「ずきん様がエネミゴの軍隊を追い返して下さったと聞きました。お怪我はないですか?」

包帯を巻いた右腕や右足を見れば怪我をしていることはすぐにバレるが、私は「大丈夫よ」とだけ言っておいた。

「ところで城に呼ばれているんだけど、案内してもらえないかしら」

「ええ、聞いていますわ。どうぞこちらにおいでください」

そしてルカ姫の後ろに付いていく。

きっとルカ姫は、私が実の姉なんてことは微塵も思っていないだろう。

複雑な気持ちで、私はルカ姫の背中を見つめた。


城の門にはいつかの執事が立っていた。確か名前はローズウェル。

「ローズ。赤ずきん様よ。覚えてる?」

「はい、しっかりと。城を抜け出したルカ姫を送り届けてくださった方ですから」

「もう、いつまでも言わないでよ」

そう言ってルカ姫はローズウェルの肩をポンと叩いた。

あの騒動の後ルカ姫はどうなったかと思ったが、こんなやり取りができるのなら安心だ。


私はルカ姫とローズウェルに連れられて城の中を歩き、王座の間に向かった。

城の中は見る物見る物新鮮だ。

城というのは外から見ても立派だが、中はさらに豪華絢爛だった。

しかし私はそんなことに浮かれる気分にはならない。


王座の間に着き、ローズウェルが扉をノックする前に私は口を開いた。

「ルカ姫。私が姫にこのようなことを言うのは本当に失礼なのだけれど、ルカ姫は席を外していてもらえないかしら……」

身分の低い者が一国の姫に言う言葉ではないが、事の決着が着くまではルカ姫には知られたくなかった。

これはルカ姫を嫌いだとか信用していないからではなく、ルカ姫を必要以上に動揺させたくないから。

「分かりました。では私はローズウェルが呼びに来るまで自室で待つことにします。ローズウェル、あとはお願いね」

「かしこまりました」

ルカ姫は思ったよりあっさりこの場を去っていった。

それもそうだ。

ルカ姫は立派な姫。

自分の引くべき時もわきまえている。


去っていくルカ姫を見送っていると、ローズウェルが「よろしいですか?」と声をかけた。

私はまっすぐ扉を見つめ、持っていた袋をキュッと握り締める。

この向こうには国王と王妃がいる。

私の父親と母親が。


私は一つ息を吐く。


コンコン……

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