第15話

見慣れた木々がキャンベル家に近いことを示す。

いつも通ってる道の横には、何者かが無理やり木を倒して進んだと思われる跡がある。


ドオオオオォォォンン……


そろそろ森を抜けようかという時にまたもや大きな音がした。

私は一気に森を抜ける。

その先で見たものに、私は目を疑った。


狼が二匹、家の周りに倒れ込んでいる。傷を負って血を流しているが、死んではいないようだ。

きっとこの二匹が遠吠えの主だろう。

そしてキャンベル家の家は半壊状態。キャンベル家の特徴であった大きな柵は壊されている。

そしてその柵のところにお母様が倒れ込んでいた。

見た感じでは意識を失っているのかもしれない。

そう思ってお母様に近づこうとしたら、家の中から人影が出てきた。


体を半分覆った毛。その特徴的な耳。そしてシルエットは人間に似ているが、その部分だけはまるで違う顔。

それは一度見れば忘れない。

しかし私はそれよりも、そいつが手に持っているものに釘付けになった。

「ジョアナ!!」

私と同じ赤いずきん。そして白いエプロン。

それらは泥だらけになり、小さな両手足は力なく垂れさせている。

その子は間違いなくジョアナだった。


なんで!?どうして……?

復讐?なぜジョアナを?

私に敵わないからキャンベル家を殺しに?

どうして?

どうして!

「どうして私を殺さないの!ウルフェン!!」

私は膝から崩れ落ち、拳を地面に叩きつけた。


垂れ下がったジョアナの手には木の棒があった。

私が割ってきた薪だ。

きっとジョアナは”ウルフェン”と戦おうとしたのだろう。

私のせいだ。

私が以前にお母様を守るようジョアナに約束させたから。

私はお母様を支えてあげて欲しいというつもりだった。

キャンベル家がこんな目に遭うとは思わなかったから。

まさか”ウルフェン”がこの家を襲うなんて。

私が戦った”ウルフェン”はこんな事をするような奴ではなかった。

奴が戦う理由は、常に仲間のためだった。

好きだった弟のため。縄張りにいる仲間のため。

弱い者を無思慮に殺すような男ではなかった。

しかし私の考えが甘かった。

あの“ウルフェン”も、結局は獣だったということだ。

考えの浅い私のせいで、ジョアナをこんな目に遭わせてしまった。

ジョアナを殺したのは私だ……。


「おや。あなたが本物ですか。どおりでこっちは弱いわけですね」

“ウルフェン”が喋った。しかし違和感がある。

いつもと雰囲気が違う。

こいつはあの”ウルフェン”?

そんな疑問を抱いていると、家の壁を突き破って何者かが飛んできた。

それは飛ばされた勢いで地面に一度体を打ち付けてから体勢を立て直して着地した。

「ウルフェン!?」

私の前に立っているはずの”ウルフェン”が向こうにもいる。

“ウルフェン”が二人?

「なんだよ。これもお前のせいか……」

この声を聞いて確信した。

この”ウルフェン”は、確かに私が戦ったあの”ウルフェン”だ。

じゃああちらは偽物か。

しかしそれなら辻褄が合う。

ある程度理性のある“ウルフェン”はこちらで、あっちの”ウルフェン”はどこか知らないところから来た野蛮な”ウルフェン”だ。

そしてその野蛮な”ウルフェン”は私を狙っていた。

しかし私と似た格好をしたジョアナを私と勘違いしたのだろう。

自分で見つけたのか、誰かから曖昧な情報を聞かされたのかは分からない。

どちらにしろ、私のせいでジョアナをこんな目に遭わせた。

全ては私のせい……。


「ぐっ……、げほ…けほ……」

ジョアナが咳をして血を吐いた。きっと口の中を切って血が喉に絡んだのだろう。

でもジョアナはまだ生きている。

「ジョアナ!!」

私はジョアナを呼んだ。その声にジョアナも少し頭を動かそうとする。

「ジョアナ!ジョアナ!!」

私はジョアナを呼び続ける。

「そうですか。こいつはあなたの知り合いですか」

野蛮な“ウルフェン”がジョアナを自分の顔の位置まで持ち上げる。

急に体を動かされて、ジョアナがさらに咳き込む。

「やめなさい!」

私は腰の鉈に手を掛ける。

情報が混乱してすぐに体が動かなかった。しかし今やるべきことは後悔でも懺悔でもなく、ジョアナを助け出すことだ。

こいつがジョアナを殺す前にこいつを殺す。

私は躊躇いなく”ウルフェン”に向かって駆け出した。

「それならお返ししますよ」

しかし野蛮な”ウルフェン”はジョアナを私の方に放り投げた。

「ジョアナ!」

私はジョアナを受け止めるためジャンプした。

しかし”ウルフェン”も動き出し、ジョアナを受け止めて無防備な私を攻撃しようと拳を放つ。

しかしそんな戦法は私にとっては古い手だ。

私は一足先にジョアナを受け止めると、すぐさま腰から鉈を引き抜いて”ウルフェン”の腕に一撃を加えようとした。

が、さっき兵士に捉えられたときに肩を痛めていたため、素早く鉈を抜くことができなかった。

空中で体勢を崩し、そして”ウルフェン”の拳をまともにくらった私は、せめてジョアナだけでも庇おうと無理に回転したために受身も取れず地面に叩きつけられた。

ドスンッと背中に衝撃が走り、少し呼吸困難になる。

しかし今はそれどころではない。

「ごほっ……、ジョアナ!ぐっ……ジョアナ!!目を開けて!」

私はジョアナの顔についた泥や血を自分のエプロンで拭きながらジョアナに呼びかけた。

そして私はジョアナの泥だらけになったエプロンを取る。

見たところ大きな外傷はない。

先程も私の声に少しだが反応できた。

「ん……ぐく……。ず、ずきんちゃん……?」

ジョアナは辛うじて目を開けて私を見る。

「ジョアナ……。もう平気よ。頑張ったわね……」

私は両手でジョアナの頬を包み、泣きそうになるのをこらえながらジョアナを励ました。

頭からは少し血が出ているが、すでに止まり始めている。

“ウルフェン”も相手が弱すぎて本気を出す気にもならなかったのだろ。それが幸いした。

それでも”ウルフェン”と戦ったのだ。ただでは済まない。

一刻も早く処置をしなければ命に関わる。

ルカ姫にお願いすればもしかしたら。

アルスフェイト王国にとってジョアナはなんの関係もない子供だ。

でも私にはそこしか思い浮かばないし、もう何もせずに後悔するのはもう嫌だ。


しかし私の前には”ウルフェン”がいる。

このまま”ウルフェン”が見逃してくれるとも思えないし、お母様のことも気になる。

「ジョアナ。もう少し頑張って。すぐにお医者さんに見てもらうからね」

私はジョアナをそっと寝かせて立ち上がり、ジョアナが被っていたずきんをスルリと取る。

そして私は”ウルフェン”の前に立った。

そういえばジョアナに夢中で”ウルフェン”がすぐ追撃してこなかった事に今更気づいたが、もう一人の”ウルフェン”が牽制していてくれてたようだ。

私はその”ウルフェン”の横に立つ。

「そっちは任せる」

そう言う”ウルフェン”も傷だらけだ。

そっち?

なら他にもいるのかと思ったが、私の思考は家の倒壊で遮られた。

その倒壊した家の砂埃の向こうに大きな影。それは今まで見たこともない大きさの化物だった。

「あれは……なに?」

言葉を続けられないでいると、代わりに”ウルフェン”が答えた。

「俺たちの同類だな。ただ、狼ではないが……」

大男の正体は、”ウルフェン”と同じ魔法陣による悪魔の業。禁じられた存在。

その黒い体はまるで絶望を閉じ込めているようだった。

“ウルフェン”の二倍か三倍はあろうかという大きな体。全身を覆った毛と、鋭く伸びた爪。

「……熊の”ブルートウ”……?」

「自分では”グリーズ”と名乗っていたがな」

「あいつも喋れるの……?」

つまり完全体ということか。

ますます厄介だ。

“ウルフェン”が機敏さを武器に戦うとしたら、”グリーズ”はただ単純に破壊力に物を言わせるタイプのようだ。

家を壊しながらノシノシと歩いてくる。

“ウルフェン”はこいつにやられたのだ。

この”ウルフェン”には二回戦ってどちらも勝っている。しかし簡単な相手ではなかった。

その”ウルフェン”を相手に向こうはほぼ無傷。

回避が上手いようには見えないが、きっと避けなくても全身を覆った毛が鎧の役目をしているのだろう。

“グリーズ”も気になったが、私はそれよりも目の前の”ウルフェン”に注意を集中した。

ジョアナを酷い目に遭わせた借りを返させなければ。


「ん?なんだよ。まだ終わってなかったのかよ」

“グリーズ”が喋った。

やはり完全体のようだ。

「こちらは新しいお客さんです。そして本命の」

“ウルフェン”が”グリーズ”に話す。


不気味な光景だった。

信じたくない存在が目の前にいて、しかもお互い会話をしている。

この胃がむかつくような化物は、私の隣に立っている”ウルフェン”が言っていた魔術師が生み出したものだろう。

きっとそいつを殺さなければ、この悪夢は終わらない。

私が森から出て行っても、仮に”ウルフェン”にも”グリーズ”にも”ブルートウ”にも二度と会わないとしても、その魔術師がいる限りこの悪夢は私を縛り続けるだろう。


「まぁ本命といっても、あんな餓鬼を大事に守ろうとするような奴ですから、たかが知れてますけどね」

そう言って”ウルフェン”は嗤った。

“ウルフェン”の笑った顔なんて見たことなかったけど、こいつは確かに嗤っていた。

「じゃあどれぐらいならたかが知れないのかしら?」

そう言って私はラブリュスを構える。

「ジョアナはよくやったわ。お母様を守り抜いた。それにジョアナはまだ生きてるわ。あなたの負けね」

「面白いことをいいますね。放っておけばいずれ死にますよ、あんな餓鬼は」

「それでもあなたは殺せなかった」

「分かりました。では今から止めを刺すことにいたしましょう」

「それは無理ね」

「なぜです?」

「だって私があなたを殺すもの」

「そうですか。じゃあこうしましょう。今からあなたを殺します。それからゆっくりあの餓鬼を殺すことにします。これなら文句はないでしょう?」

「そうね。殺されたら文句は言えないわね」

「……気に食いませんね、その表情。まさか本気で勝てると思ってるんですか?私はひ弱な人間を超越した存在ですよ」

「その割には雑魚のようによく喋るわね」

そう言って私はジョアナのずきんを被った。

“ウルフェン”が狼の顔になることが戦闘モードなら、ずきんを被る事が私の戦闘モードだ。

私は一瞬”グリーズ”を見る。

ないとは思うが、”グリーズ”も一緒に襲いかかってこられたら厄介だ。

私の横の“ウルフェン”を追い詰める”グリーズ”を、目の前の”ウルフェン”と同時に相手にはできない。

“グリーズ”はこの”ウルフェン”に任せて、私はこっちの”ウルフェン”を……。

「なんかややこしいわね。……あなた名前は?」

「俺の名前だと?」

「ええ。”ウルフェン”が二匹もいるとややこしいのよ」

「……ベスだ」

「あら、本当に名前があったのね」

「お前が聞いたことだろ」

「じゃああの熊はあなたが引きつけときなさい。たぶん一瞬で済むけど、あなたも死ぬ気でジョアナを守るのよ。もし守れなかったら私があなたを殺すから」


私がベスと話してる間、”ウルフェン”も”グリーズ”となにやらやり取りをしていた。

「それじゃあ場所を変えるかぁ」

そう言ったのは”グリーズ”。

そして巨体を揺らしながらベスに突進していく。

力勝負では勝ち目はないベスは、素早さが有利に働く森の中へ消えていった。

”グリーズ”もそれを追う。


“グリーズ”を目で見送った”ウルフェン”が再び私を見た。

再び二人の視線が交差する。

ここからが本番だ。

私は全神経を”ウルフェン”に向ける。

「それでは一気にカタをつけましょうか」

そう言って”ウルフェン”は息を大きく吸い込んだ。

そして……!


ワオオオォォォォォォンンン……


森全体に響き渡るような大きな遠吠え。

空気の振動によって、まるで風に吹かれたかのように揺れる木々。

あまりの遠吠えの大きさに、思わず目を閉じたくなる。

私はラブリュスを地面にしっかり立てて踏ん張る。

「あれだけ見栄を切っておいてそのザマですか」

そう言い終えた途端、”ウルフェン”の姿が消えた。

そしていつの間にか私の後ろをとっている。

「あっさり殺されることをあの餓鬼に詫びることですね」


きっとこれが”ウルフェン”の必勝法なのだろう。

視線を切らし聴覚を麻痺させて、自分の気配を追えなくする。

もしくはあの遠吠えだけで足をすくませて動けなくする。


高笑いと共に“ウルフェン”の鋭い爪が私の背中に襲いかかる。


「あなたが詫びなさい」


そう言って私は体を右に回転させると、遠心力を利用してそのまま右手でラブリュスを振り抜いた。

まったく死角を付き、動きを封じたと思っただろう”ウルフェン”は、防御する間もなくラブリュスの餌食となり、そのまま地面に叩きつけられた。

吹き出た血飛沫が私にかかった。

「なん……で……」

「狼の遠吠えなんて慣れてるわ。それに……」

私はずきんから滴り落ちる血を拭って言った。

「耳はちゃんと守ってるのよ」

「くそ……」

そして”ウルフェン”はその場で倒れ込んだ。

確かな手応えがあった。もう立つことはないだろう。

私はラブリュスをひと振りして、刃についた”ウルフェン”の血を払い落とした。


ベスと”グリーズ”はどうなっただろうか。

しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。

早くお母様と一緒にジョアナの手当てをしなければ。

私はお母様に駆け寄る。

やはり気を失っているだけで息はある。

でも頭から血を流しているし右腕にも引っ掻かれたような傷がある。

私は「お母様!」と呼びかけながら少し体を揺するが返事はない。

もしかしたら木の柵に頭を打っているかもしれないからあまり揺するのはよくない。

しかしジョアナは背負っていかなければいけないから、お母様にはどうしても目を覚ましてもらわないと。

今のジョアナの状態を見たらショックを受けてしまうかもしれないが、でもお母様を寝かせたままここに置いていく訳にもいかない。

ジョアナを早く手当てするためにも、お母様には起きてもらわなくては。

私はほぼ壊れてしまった家から水を汲んでこようとした。どうにか台所に行けたら水があるかもしれない。

なければ川まで行って汲んでくるしかないが。

どちらにしても”グリーズ”の状況が気になる。

ベスが足止め、もしくは倒してくれてれば問題はないが。


しかしそう物事は都合よく進まないらしい。

ゆっくりと重い足音がこちらに近づいてくる。

私は向き直ってラブリュスを構える。

そこから現れたのはやはり”グリーズ”だった。

ベスはどうしたのだろうか。

“グリーズ”の口の端から血が滲んでいる。肩や腕からも多少の出血があるようだ。

自分の得意なフィールドで善戦したであろうベスも、やはり倒すまでには行かなかったということか。


「それにしてもちょっと早すぎじゃない?ベス……」


もう少し時間を稼いで欲しかった。少なくとも私たちがここを離れるまでは……。

私はラブリュスを持つ手に力を込める。

“グリーズ”の視線からしてまだ私に気づいていない。

“グリーズ”はジョアナに目をやってから辺りを見回している。

きっと私を探しているのだ。

私は家の影に隠れた。

今更”グリーズ”がジョアナを殺そうとすることはないだろう。

きっと”グリーズ”は、ジョアナがまだここにいるなら私もどこかにいるはずと思っているのだ。

でもあのまま向かっていけば”グリーズ”に気づかれてしまう。

しかし家の裏から回っていけば多少不意を付ける。

今は時間をかけて戦える状況ではない。

不意打ちでもなんでも、ここは一気に決めてしまいたい。

私は家を半周して、注意しながら”グリーズ”の位置を確認した。

“グリーズ”がジョアナに近づいている。もしかしたらジョアナを使って私をおびき出そうとしているのかもしれない。

でもそのおかげで私の攻撃進路は”グリーズ”からはまったくの死角になっている。

走っていけばもちろん気づかれるだろうが、それでも防御の姿勢をいくらか崩せるだけでいい。

そうして私は家の影から”グリーズ”に向かって一気に走り出した。

当然“グリーズ”は私に気づいたが、その時にはすでに私の攻撃の間合い。

ここから避けたり爪で迎撃したりするのは無理だろう。

私はジャンプして体を一回転させることでさらに遠心力をつけて”グリーズ”に斬りかかる。

以前ベスと戦った時には丈夫な毛に阻まれて切りつけることができなかった。

その教訓を生かし、私は目一杯の勢いを付けてラブリュスを振るった。

“グリーズ”は腕で防御しようとする。

「腕一本!いただくわね!!」

私は遠慮なくその腕にラブリュスを斬りつけた。


しかし結果は双方共に予想外のものだった。

私は腕を切り落とすつもりだったのに、ラブリュスは”グリーズ”の腕の三分の一ぐらいのところで止められてしまった。

逆に”グリーズ”は一切刃を通さないつもりで力を込めていたのが三分の一も切りつけられ、驚いていた。

攻撃が失敗した私は、すぐにラブリュスを”グリーズ”の腕から抜き、その腕を蹴った勢いで間合いを取った。

「ちっちぇえのにやるじゃねぇか」

“グリーズ”が私に話しかけた。

しかし私は返さない。

“グリーズ”なんかとは話たくもない。

しかし今ので私の汗が冷や汗に変わった途端、体が急に重くなった。

危機感がそうさせるのかもしれない。

それに昨日の夜は家に帰らず不安定な森で夜を明かした。

この時期の夜の森はかなり寒い。

もしかしたら風邪もひいてしまったのかもしれない。

しかしそんなことを言っている場合ではない。

私は改めてラブリュスを握り直し、”グリーズ”に向かっていった。

今度は“グリーズ”も爪で応戦する。

私が振るラブリュスを拳で弾き、”グリーズ”の爪を私が避ける。

素早さでは私の方が上だ。

攻撃が当たらなければやられることはない。


そう思っていた矢先、”グリーズ”が足の力に物を言わせて一気に突進し、間合いを詰めてきた。

不意を突かれた私は、避けるのではなくラブリュスで防御するという選択をする。

しかし”グリーズ”はそんなことはお構いなしにラブリュスに向かって爪を振り下ろす。

その結果……。


ガキイイィィィンンン……


“グリーズ”の硬い爪と重い攻撃によって、相対に付いている刃先の片方が砕かれてしまった。

その勢いのまま”グリーズ”の爪が私の左脇を抉る。

私は地面に体を打ち付けたあと、受身を取りながら追撃に備えてラブリュスを構える。

しかしそこにはなんとも哀れになった斧頭があった。


まさか脚力を隠していたなんて。

「私も舐められたものね……」

「確かに俺は素早くはないが、数回だけなら瞬間的にスピードを早められるのさ。直線だけだがな」


やられた。

“グリーズ”は素早くないと決めつけた結果だ。

おかげでラブリュスの攻撃力が半減してしまった。

幸いなのは、柄にはひびが入らずまだ片方の刃先が残っているというところか。

左脇の下を手で押さえると血が滲んだ。

攻撃を受け血が流れれば、いつもなら体が熱くなりより鋭さを増していく私だが、今日はやっぱり体が重い。

私は肩で息をしながら体勢を整えて再びラブリュスを構える。


しかし”グリーズ”は私ではなく別のところに視線を向けている。

そこには一羽の鳥。

姿は普通の鳥だが大きさが普通ではなかった。

手乗りどころか、肩に乗っても重そうな大きな鳥だ。

その金色の鳥が木の枝に止まったかと思うと、いきなりしゃべりだした。

でももう何が起きても驚かない。

「”グリーズ”。カルエナが呼んでるわよ。戻ってきてって」

「ちっ、なんだよ。これからって時に。まぁいいか。そっちの方が楽しめそうだし」

「ちゃんと戻ってね」

そう言って金色の鳥は飛んでいった。


「命拾いしたな」

そういう”グリーズ”に、私はラブリュスを構えながらも少し警戒心を解いた。

「俺が帰るからって、安心していいのかよ」

何を言っているのか分からなかったが、”グリーズ”が指を差した方向を見て私は驚愕した。

“ウルフェン”が生きている。しかも体を引きずりながらジョアナに向かっている。

さっきの鳥は”グリーズ”だけの声をかけていた。たぶんこちらの主は”ウルフェン”を見捨てたのだろう。”ウルフェン”も自分の時が終わることを自覚している。

それならば仕留め損なった獲物に止めを刺そうという事なのか。


「やめなさい!!」

そう言って私は”ウルフェン”に向かって走り出す。

それでも”グリーズ”にやられたダメージで思うように走れない。

こうなったら……。


私はラブリュスを投げ捨て、腰の鉈を引き抜いて”ウルフェン”に投げつけた。

回転しながら飛んでいく鉈は、一本は”ウルフェン”の背中に、一本は首に刺さった。

ジョアナに届くほんの数センチ手前だった。

間に合った……。


しかし”ウルフェン”は、鉈が刺さり、ラブリュスで半分斬られた体を最後の力で引きずってジョアナに噛み付いた。

歯が肉に食い込む音と、ゴフッというジョアナの呻き声か血を吐く音か分からない音がした。

そんな……。

「いややゃゃゃぁぁぁーー……」

私は急いで駆け寄り、ジョアナから”ウルフェン”を引き剥がす。”ウルフェン”は噛み付いたのと同時に絶命したようだ。

「ジョアナ!ジョアナ……!」

辺りには私の声が響くだけ。

ジョアナの口からは、声ではなく血が流れていた。

「ジョア……」

しかしジョアナを呼びかける私を黒い影が覆う。


そして私は大きな岩に跳ねられるように飛ばされ、木に体を打ち付けた。

「結局、期待はずれだったな」

そう言って”グリーズ”は去っていった。

私は遠のく意識の中で、ただジョアナを見つめていた。

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