第11話
ロウソクの火が瞬き、暖炉の薪が爆ぜる。
カーテンの隙間から見える外の森はすっかり暗くなっていた。
でも今日は満月なのか、柔らかい光が差し込んでくる。
風も穏やかで、明日もいい天気になるであろうことを予感させる。
私はおばあちゃんから、本当なのか作り話なのか分からない話を聞いていた。
全てを話し終えたおばあちゃんはふぅーと一つ息を吐く。
私も力が入っていた肩を下ろした。
膝の上で力強く握っていた拳をゆっくり解く。開いた手のひらは白くなっており爪の跡が付いていた。
私は手を閉じたり開いたりしながら緊張をほぐしていく。
その手を見ながら、今の話が本当なのかどうかと考えていた。
私のおばあちゃんは嘘を言うような人ではない。ましてや自分の体調がとても悪い時に、こんな嘘を話す訳はないだろう。
しかしだからと言ってすぐに受け入れられる話でもなかった。
私は考えを巡らせながらも、まったく理解できず思考を発展させられずにいた。
全てを話し終えたおばあちゃんはというと、久しぶりにいっぱい話したせいもあり喉が渇いていたようだ。つぶやくような声で私に水を求めた。
話し始めは体を起こしていたおばあちゃんも、徐々に疲れてきたのか今は横になっている。
私はおばあちゃんの体を起こし、水差しからコップに水を入れおばあちゃんに渡す。
おばあちゃんが水を飲んでいる間に、私はもう一度落ち着いて話された内容を整理した。
つまり私はアルスフェイト王国の国王と王妃の間に生まれた子供。しかし髪の色の違いゆえに悪魔の子供と判断された。
なぜ
カルエナは私の扱いに関して物事を早く進めたいような感じがする。しかし今となっては確認しようもない。
そして殺されそうになったところをおばあちゃんに助けられた。
いや、マーラおばあちゃんは本当の私のおばあちゃんではない。
マーラおばあちゃんはアルスフェイト王国で働く使用人。
私の本当の家族はあの城にいる。
そしてルカ姫は私の妹……。
いや、そんなことはない。
私の両親が国王と王妃だなんてありえない。私が本当はアルスフェイト王国の王妃アルトディーテの娘だなんて……。
なんの証拠もない。ただおばあちゃんがそう言っただけだ。
「ずきんちゃん……」
私の動揺を悟られたか、おばあちゃんが私を静かに呼んだ。
私はおばあちゃんを正面に見る。
とても見慣れたおばあちゃんの顔だ。
そのはずなのに、今はちょっと違って見える。
顔を背けたくなかった。
今の話を聞いても私のおばあちゃんへの愛情は変わらない。そう思いたかったしそう伝えたかった。でも私は下を向いてしまった。
「……箪笥の一番下の抽斗を開けてちょうだい」
おばあちゃんは傷ついたかもしれない。
それでも落ち着いた口調でおばあちゃんは言った。
私は再びおばあちゃんの顔を見る。
そして静かに頷いた。
私は言われた通りおばあちゃんの部屋にある箪笥の一番下の引き出しを開ける。そこには当然おばあちゃんの洋服。
「洋服を全部出して」
私は緊張しながらおばあちゃんの言う通りにした。
「底板を外してちょうだい」
底板には指が入れられるように小さい穴が二つ空いていた。
そこに指を引っ掛けて底板を外す。
底板が外れるということは二段式になっているということだ。大抵こういう場所には秘密の物を入れておく。
私が開けると、そこにはこの古い箪笥に入れておくには相応しくないとても上等な服が入っていた。
そして胸元には王家の紋章。
その下には同じ王家の紋章が刻印されたナイフがあった。
「それはおばあちゃんが城を出るときに着ていた服よ。ナイフは王家だけが造り、王家の者だけが使うことを許されてるものなの」
これが、おばあちゃんが確かにアルスフェイト王国にいたことを示す証拠。
つまり、さっきの話は本当だということだ。
私だっておばあちゃんが嘘をつくとは思っていない。
でも信じられなかった。
しかしこれだけ証拠を揃えられたら信じるしかない。
「私は……ずきんちゃんの本当のおばあちゃんじゃないのよ。ただの使用人」
「……」
おばあちゃんが私の背中に向かって言う。
まるで止めを刺すかのような一言。
私の頭は鈍器で殴られたかのように痛くなる。
そして色々な疑問が頭を駆け巡る。
なぜ今まで隠していたの?そしてなぜ今告白したの?
「今まで騙していてごめんね……」
おばあちゃんが今にも消え入りそうな声で言った。
「……今さら何を言うかと思ったら。そんなこと知ってましたよ。だって髪の色も、瞳の色も違うじゃないですか」
私はおばあちゃんの方に振り向きながら笑顔で言う。
物事の本質を見失っちゃいけない。
例えおばあちゃんが本当のおばあちゃんじゃなかったとしても、今まで私を育ててくれて、一緒に過ごしてきた事実は変わらない。
それに、ただ私を育ててくれた訳ではない。
快適な城での人生、信頼し愛していた王妃アルトディーテとの生活。それをすべて捨てて私を育ててくれた。命の危険を犯してまで。
そしてそれこそが一番重要なことだ。
だから私は嘘を言った。きっとおばあちゃんも気づいてる。でもお互いにそこを追求することは無意味なことだ。
家族というものが人と人との固い絆なら、私とおばあちゃんは確かに家族だった。
私だっておばあちゃんのためなら命を懸ける覚悟はある。おばあちゃんが私のために命を懸けてくれたように。
だから、おばあちゃんが本当はわたしのおばあちゃんではない事などはさほど重要ではない。
でも今になってそのことを明かした理由は教えてくれるようだ。
「おばあちゃんが死んだら、この手紙とその服を持ってお城に行きなさい」
おばあちゃんは私が町に行っている間に書いた手紙を渡した。そこにはおばあちゃんが私に話したような内容が書かれている。
あの夜に何があったかも。
そして私が正真正銘アーサー国王とアルトディーテ王妃の娘であることが強調されている。
この手紙と一緒に王家の紋章が入った服とナイフを持って行けば、この手紙の内容を信じてくれるかもしれない。
おばあちゃんは自分の最期も覚悟している。そしてその後の私の生活を心配してくれているのだろう。
「おばあちゃんにできるのは、もうこれぐらいだから……」
私はハッと顔を上げる。
違う。
ここまで私を愛してくれたおばあちゃんに、何にもできないのは私の方だ。
今までおばあちゃんがどれだけの犠牲を払って私を育ててくれたかも知らずにのうのうと生きていた。
そんなおばあちゃんに私はまだ全然受けた愛を返せていない。
「おばあちゃん、私は……」
私はおばあちゃんの高貴な服をぎゅっと抱きしめながら言葉を振り絞った。
しかしこの後なにを言えばいいのか分からない。
自分の無力さが嫌になる。
おばあちゃんなら、私が悩んでいるとき、困っているとき、絶対に気持ちを理解してくれた。
私がずきんを被り始めた時もそうだった。
おばあちゃんを心配させないようになんていう言い訳をしていたが、その実、自分の醜さを隠したかったのかもしれない。
おばあちゃんが愛情いっぱいに育ててくれた自分が、化け物に成り下がってしまったことを隠したかった。
でもおばあちゃんはこの赤いずきんを見て「可愛いね」と言ってくれた。
きっとおばあちゃんは、あの時の私の変化に気づいていたはずだ。しかしそんな私を優しく受け入れ守ってくれた。
きっと悩んだことだろう。
この家を離れ街に住んだほうが安全だった。しかしその当時はまだ国も戦争をしていた。城にはまだカルエナがいたのだ。
アルスフェイト王国が戦争に身を投じることになった原因、そして理由は分からないが私をどうしても殺したかった存在。
でもあの夜に私と、そしておばあちゃんも死んだことになっている。まだ斧も持てない幼児の私が生きていることが再びカルエナの知るところとなれば、今度こそ殺されるだろう。
かと言ってこの森を離れることも決心できなかった。
きっとこの時から、おばあちゃんは自分が死んだあとのことを考えていたのだろう。
この森を離れてしまっては、この国が平和になった時に私が城に戻る機会を逃してしまうと。
だからおばあちゃんはこの森に残ることにした。
おばあちゃんの決定はすべて私のためだった。
現にここ最近は国の情勢は安定している。確証はないが、カルエナはもう城にいないのかもしれない。
おばあちゃんの読みは当たったわけだ。
でも少し遅かった。
おばあちゃんがもう少し早く話してくれれば、一緒に城に行けたかもしれない。そうすればおばあちゃんはもう一度アルトディーテ王妃に会えたのに。
でももしかしたら、最初からこのタイミングを待っていたのかもしれない。
自分の先は短い。
きっと今頃は、あの夜におばあちゃんが死んだという事で王妃アルトディーテも心の整理がついているはず。
もちろん生きていたと知れば王妃も喜ぶだろうが、また数年でおばあちゃんとの別れが来る。
そうなれば王妃アルトディーテは、二度もおばあちゃんの死を経験することになるのだ。
おばあちゃんは私のため、そして王妃アルトディーテのためを思ってこのタイミングを図っていたのだろう。
最後の最後まで自分を犠牲にする人だ。
でも私は、ありがとうとは言えなかった。
おばあちゃんの命の上に成り立つ生活を、感謝を伝えてありがたく貰う事などできなかった。たとえおばあちゃんがそれを望んでいても、私は喜べなかった。
だからといってごめんなさいと言うのも違う。
本当に不器用で小さい人間だ。
だから何も言えない代わりにおばあちゃんに質問した。
「なんで……ここまでしてくれるんですか?」
……本当の子供じゃない私のために。
そう思ったが、最後の一言は言えなかった。
それを察したかのようなおばあちゃんの顔。
でも目を閉じてゆっくり答えた。
「ずきんちゃんを愛しているからよ。あとは……、罪滅ぼし……かも知れないね」
おばあちゃんは、あの夜に赤子を殺してしまおうというカルエナの決定に最後まで抗わなかったことを後悔しているらしい。
王に直訴してまで、もしくはカルエナに刃を向けてまで反対すべきだったと。
ただの使用人、しかも老齢の女性にそこまでできないことは分かっている。でもそれでもそうすべきだったと。
そこで牢屋に入れられるなり、最悪殺されることになったとしても、それで他の者が赤子を守るために動いてくれたかもしれない。
それなのに自分が赤子を抱いて森に消えることにより、カルエナの策略を半分手助けしてしまった。それもアルトディーテが寝ている間に決定したことだった。
まるでこの赤子の命は自分にしか守れないかのように。
僭越であり、自己過信であり、独りよがりだったとおばあちゃんは言う。
私はそうは思わない。
当然だ。
おばあちゃんがいてくれたから今の私がいる。
おばあちゃんの愛情は本当にありがたくて、でも心の整理がなかなかつかない自分が悔しい。
嬉しいのか、悲しいのか、悔しいのか、分からない。
でも何も言わない私をおばあちゃんは責めたりしない。
だって私のおばあちゃんだから。
「それじゃあずきんちゃんがもらってきてくれたお薬飲んで寝ようかしら。せっかくずきんちゃんがもらってきてくれたんだから、しっかり飲んで元気にならないとね!」
そしておばあちゃんは薬を飲み横になった。
横になったおばあちゃんの腰に塗り薬を塗る。
横になって向こう側を向いたおばあちゃんは「ずきんちゃん……」と言ったが、続きはなにも言わなかった。
最後にロウソクを消して部屋を出る。
おばあちゃんの話を聞いている時間がとても長く感じていたが、時間はまだ9時を過ぎたあたり。夕食はまだだったが、でも何も食べる気になれなかった。
明日の朝食べよう。
でも一日出かけていたので、とりあえずお風呂には入りたい。
でも、ここもやはり火を起こす気力はない。
冷たい水のままだったが、こんがらがった頭をスッキリさせるにはちょうどいい。
明日になればまたいつもの日常が始まる。
朝になって、おばあちゃんを起こして、一緒に食事をして。
昼間も出来るだけ家にいることにしよう。
難しいことはまたいつか考えればいい。
そしてそんな願い通り、翌日おばあちゃんは元気だった。
昨日はいっぱい喋っていつもより寝る時間が遅くなってしまったというのに、いつも通りの時間に起きて、いつもより多く食事を食べてくれた。
薬が効いたのか、それとも今まで背負い込んでいたモノを下ろしたからか。
私は森にも出ずに、キャンベル家にも行かずにずっと家にいた。
もう何もいらない。城とか国王とか、本当の家族とか、もうそんなのはどうでもいい。
ずっとこんな日が続けば、他に望むものなどありはしない。
私とおばあちゃんは、世界でたった二人の家族なんだから。
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