第9話 過去編②

カルエナは国王の側近になった時からある計画を進行させていた。

まずは魔術の効果が高まる方角の部屋という名目でアーサー国王の部屋の下に自分の部屋を確保。そして天井に魔法陣を描く。

戦いに勝利したあとは祝杯と称して国王と食事の席を共にし、自分の血を素に作った薬を国王のワインに混ぜる。

国王が自室で寝ている間に魔法陣を発動させて血の効果を国王に浸透させていく。


カルエナが狙っていたのは財力を誇るこの国そのものだ。

しかしいくら戦果を残しても国は手に入れられない。だからといって王を殺したところで国民はついてこない。

そこで考えた手段は、次期国王の誕生。それもカルエナの血を受け継いだ王だ。

この王家にまだ子供がいなかったのも、カルエナがこの国を狙った一つの理由。

もし今後王家に息子が生まれたら、国王を負けると分かっている戦に送り込んで殺してしまえばいい。

そしてカルエナはまだ幼い次期国王の側近として仕え続ける。しかもカルエナの血を受け継いだ、カルエナと同じ考えを持つ国王だ。これなら国を思う通りに動かせる。

そのためにカルエナの血を少しずつ国王に入れていき、いつか生まれる子供がカルエナの血を受け継ぐようにしたのだ。

ルイーズが行っていたのも同じ。

王妃アルトディーテの口にする物にカルエナの血の素を混ぜてそれが胎児に流れるようにする。

そして部屋の行ったついでに魔法石を部屋の各所に分からないように置いてきてもらい、それを自室から操作して魔法陣を描いた。遠隔操作だったため安定しなかったが、アーサーの時にも十分行っていたため、これはいわばオマケのようなものだ。

慎重で完璧主義のカルエナらしい徹底振り。

そしてついに子供が生まれた。

カルエナがこの国に来て3年が過ぎたころだった。


正装に着替え、王妃の部屋に行く。

しかしカルエナは複雑な表情をしていた。生まれた子供が女の子という噂があるからだ。

女では王権を執れない。他国では女性が国王になっている事例もあるが、それにはかなりの時間と信頼が要する。

それなら次を待った方が賢明だろう。

王族にとって後継の誕生は最優先事項。男の子誕生にもそんなに時間はかからないはずだ。


今回は希望通りにはならなかったが、それでも喜びは表さなければ不自然になる。

そんな訳でカルエナはルイーズと共に王妃の部屋に向かっていた。

出産直後だからアルトディーテはまだベッドから起き上がれないが、こうゆうのは最初が肝心。こういう時にいい印象を残しておけば後で楽になる。特にカルエナのような者にとっては。

「ちゃんと笑顔でいてくださいよ」

「私は嬉しいもん。つまらないのはカルエナの方でしょ」

相変わらずルイーズはカルエナの計画に無関心。カルエナが王権を執っても、せいぜい美味しいご飯が毎日食べられる、ぐらいにしか思っていないのだろう。

カルエナもそれで構わなかった。仕事をしっかりこなしてくれれば。


コンコン。

カルエナが王妃の部屋のドアを叩く。

中から王妃の側近の者の声がした。

「カルエナです」というと、隣からもつかさず「ルイーズです」という声がした。

しばらくして大きな扉が開く。

そこには王妃が子供の頃から世話係をしていたといわれるマーラがいた。

古い人間ゆえの頑固さからか、新参者のカルエナをあまりよく思っていないマーラだったが、さすがに今日は笑顔だ。

幼児に不必要なストレスを与えないためか、今日はマーラしか王妃の部屋にはいなかった。

「剣などはお持ちではありませんね?」

王妃の間、しかも赤子がいる部屋に武器などは以ての外だ。

しかしカルエナはその辺をわきまえている。

「もちろんです」と答えると、マーラは頷いて少し待つように言った。

そしてアルトディーテの元に行って要件を伝える。

広い部屋であるのと天蓋付きのベッドであるため、アルトディーテからはカルエナとルイーズの姿が見えなかったようだ。

マーラからカルエナ、そして特にルイーズが来たことを伝えられ喜ぶアルトディーテ。

すぐに入って来てもらうようマーラに伝えた。


マーラの許可を得て駆け出そうとしたが、マーラに「お静かにお願いします」と言われ、早歩きに切り替えるルイーズ。

まだ起き上がれないアルトディーテの枕元に寄って声をかけるルイーズ。そして同じ枕には生まれたばかりの赤子が眠っていた。

「ルイーズ。来てくれて嬉しいわ」

「赤ちゃん……、かわいい……」

「アルトディーテ様。この度はご出産、おめでとうございます」

「ありがとう、カルエナ。あなたも国のためにご苦労様です」

「アルトディーテさま。この子の名前は?」

「まだ決めていないのよ。何がいいかしら?」

「え?私が決めていいんですか!?」

「ふふ、参考にはするわ。最終的には主人が決めるから」

さすがにいつも仲良くしている二人なだけに、すぐに会話が弾む。

そしてアルトディーテはマーラを呼んだ。

「体を起こしてくれる?」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。二人がいる間だけ」

そう言われ、心配そうな顔をしながらもマーラはアルトディーテの体を起こした。

「ほら、赤ちゃんの顔も見てあげて。かわいい女の子よ」

「本当だ。ホッペまんまる」

タオルに包まれ、アルトディーテに優しく抱かれている赤子。その赤子の頭を優しく撫で、頬を包むアルトディーテの手のひら。

安心して寝ている顔は誰の心も癒す。


しかしカルエナの心中は穏やかではなかった。

「髪の毛、黒くないんですね。アルトディーテさまは黒いのに」

「まだ生まれたばかりだからね。これから黒くなるわ」

赤子の薄く生えた髪の毛は金色だった。アルトディーテはこれから黒くなると言っているが、それは自分から生まれてくる子供の髪の毛は黒に決まってると思い込んでいるからだろう。

しかしその子供にはカルエナの血も混ざっている。

今のカルエナは赤毛レディシュだが、元は金髪ブロンドだった。それは今のルイーズが金髪ブロンドであることが証拠。

カルエナは遺伝子レベルで自分の血を受け継ぐ子供を産ませようと考えていたが、血の影響がここまで色濃く出るとは思わなかった。慎重さが裏目に出たようだ。

「ルイーズ。そろそろ行こう。王妃の体に障る」

そう言って足早にアルトディーテの部屋を後にした。

これからはルイーズとアルトディーテとの接触も控えた方がいい。

アルトディーテに妙な勘を働かせないために。

赤子の金色の髪とルイーズの髪を見比べカルエナの魔術的な関与に気づかれると、カルエナの計画どころか命すら危うい。

例えこの国から逃げ出しても、陰謀者の烙印を押されたら他国で例の計画を成功させるのも難しくなる。

この件は早めに手を打ったほうがいいとカルエナは考えた。

今はまだアーサーやアルトディーテの中で赤子とカルエナは線で結ばれていないが、このまま放っておけばすぐにこの子供の髪が黒髪ブルネットではないことは分かる。

この城、いや、この国で金髪ブロンドなのはルイーズだけ。そうなれば嫌疑は間違いなくカルエナにかけられるだろう。

そうなる前に赤子をどうにかしなくてはいけない。


翌朝からルイーズにはすぐに城の外に行っててもらうことにした。アルトディーテと会わないようにするためだ。

ルイーズは文句をいいながら鳥になって外に飛んでいき、カルエナはこの問題をどうしようか一人で考えることにした。

子供の成長は早い。すぐに手を打たなければ状況は困難になる。

そしてカルエナはある決断を下した。

自分が裏で実験を重ねてきた人間と動物が融合した化物にこの国を襲わせる。あわよくば赤子を殺させる。

まだ犬の融合しか試していないが、もしこれが成功すれば今後の戦いにも使える。

もしかしたら今のこの国の軍事力ならそいつを殺すこともできるかもしれない。たとえそうなってもこの国に混乱をもたらせれば当面の目的は達成できる。

迷っている暇はない。


カルエナは夜に城の近くにある魔術実験用の洞窟を訪れた。

奥に進んでいくと魔法陣が描かれており、そこ周りには元の姿が分からないような遺骸が数多く放置されている。そのさらに奥にある牢にはカルエナに殺意を向ける犬の化物”ドクトロス”が吠えていた。


「あなたに朗報がありますよ」

「なんだよ、てめぇを殺させてくれるのか?」

やはり産みの親だからといってみんながカルエナを信頼するわけではないらしい。それも最もなことだ。特にこの”ドクトロス”の場合は、死にかけていた人間を本人の承諾もなく勝手に融合してしまった。

だからこうやって牢に閉じ込めている。

「違います。あなたを自由にしてあげましょう」

「どういう風の吹き回しだよ」

「嬉しくないんですか?」

「気味は悪いな……」

「もうあなたを留めておく理由もなくなったのでね。これからはお好きにどうぞ」

そしてカルエナは鍵のために牢の門に描いておいた魔法陣を書き換えた。

「これで明日の夜にはこの門は開きます。これからは自由に生きてください」

そう言ってカルエナは去っていこうとした。

しかし「ちなみに」と言って振り返る。

「私を殺そうとは思わないことです。生きながらえた命、大切にしてくださいね」

カルエナは逆に”ドクトロス”を煽っていた。

ここまで言えば”ドクトロス”は逆にカルエナを殺しに来るだろう。

居場所を伝えなくても、犬の自慢の嗅覚を使えばカルエナの居場所をすぐに特定できるはずだ。

去り際にカルエナはもう一つ”ドクトロス”に魔術をかけた。”ドクトロス”の言葉を封じる魔術。城内でカルエナの名前でも叫ばれたら厄介だ。

(うまく動いてくだいよ)

心の中でそう言ってカルエナは洞窟を後にした。


結果はカルエナの思惑通り。

“ドクトロス”はカルエナを追って城に侵入、国王の間にいたカルエナに襲いかかったところでゴルメフ率いる兵士たちに殺された。

赤子を殺させるところまではいかなかったが、それでもおおよその計画は果たされた。

ここまで材料が揃えば、アーサーを説得……いや、丸め込める。


“ドクトロス”の襲撃から一夜明け、街がその話で持ちきりになっている時、カルエナは王座の前に立っていた。重要なことなので王妃にも同席願った。

「カルエナ。昨日の働きは大儀であった」

“ドクトロス”が国王の間に来た時は、そこにはカルエナしかいなかった。

本来はゴルメフがすぐに国王を守るために駆けつけるべきだが、そこはまだ戦いを知ったばかりの素人。被害が出たところばかりに目がいってしまって重要なことを忘れてしまう。

ゆえにカルエナがアーサーを守らなくてはいけなくなったのだ。

しかし、カルエナがアーサーを守ったというのは真実ではない。

“ドクトロス”の狙いはカルエナであってアーサーなど興味はない。

しかしカルエナがいかにもアーサーを守るかのように前に出たので、”ドクトロス”がカルエナに襲いかかったとき、アーサーを守ったように見えたのだ。

これもカルエナの狙い通り。

「いえ、当然のことです」

命を張ってアーサーを守ったことについてアルトディーテからも謝辞を受けたあと、カルエナは言いにくそうに言葉を発した。

「昨日の人外についてお話させていただいてもよろしいでしょうか」

アーサーとアルトディーテが頷いたあと、カルエナは言葉を慎重に選びながらしゃべりだした。もちろんこれも演技だが。

「これから話すことはお二方の気分を害する恐れがありますが、どうぞお許し下さい。昨日のあの化物がこの城を襲った理由ですが、それは先日アルトディーテ様がお産みになられましたご令嬢に理由があるようです」

この一言にアーサーの眉がピクリと動く。

アルトディーテは「なにをっ」と言ったがカルエナはしゃべる暇を与えず言葉を続ける。

「お二方も薄々お気づきのはず。あの子はお二方の子供ではありません。お二方の髪は黒髪ブルネット。しかしお生まれになったご令嬢は金髪ブロンドです。そしてお二方の家系を遡っても皆様ブルネットです。ですからあのような子はお二人の間から生まれるはずがないのです!」

アルトディーテは頭が真っ白になっている。やっと生まれた愛しい我が子だと思っていた子供が自分の子供ではないという。

アーサーは一つ、ぐっと瞼を閉じたあとカルエナに言葉をかけた。

「ではあの子は何だと言う?」

「恐れながら申し上げますが、あの子は悪魔の子です。なぜアルトディーテ様から悪魔の子が生まれたかは分かりません。しかしご令嬢が生まれてすぐにあの悪魔のような化物が現れたのも偶然ではないかと」

アーサーやアルトディーテにしてみれば、世の中にあのような絶望の象徴のような化物がいることは想像すらしていなかった。だからその化物がこの国に来たことには何らかの意味があると結論してもおかしくない。

アルトディーテの顔は真っ青になっている。可愛いと思っていた我が子が実は悪魔だったのか。しかも自分が悪魔を宿し、それを生んだのか。

「どうすればいいと考えているんだ?」

アーサーは、まだカルエナの言葉全てを鵜呑みにしている訳ではなさそうだが、最後まで聞こうと続きを促した。

「辛い決断ではありますが、まだ赤子のうちに殺してしまうのが得策かと」

ガタン!とアルトディーテが立ち上がった、しかし何も言えず力弱くまた椅子に座ってしまう。

「他に方法はないのか?教会に行って除霊してもらうとか」

「それは一番危険です。もしアルトディーテ様が悪魔の子供を産んだと知られたら、いくら王妃といえどもこの国を追われかねません。たかだか一つの教会と思わないことです。教会というのは一つだけで成り立っている訳ではなりません。他の国の教会とつながっており、いつも情報を交換しております。それらが結託すればアルスフェイト王国は悪魔崇拝を行う国家として知れ渡り、すべての教会の攻撃の的となるでしょう」

アーサーは頭を抱える。

「国王殿。もう迷っている時間はございません。今のうちに殺さなければ……」

「カルエナッ!」

いい加減耐えられず、アルトディーテは声を荒らげた。

「口を慎みなさい!いくら子供とは言えすでに王女なのですよ!」

「申し訳ありません。王妃やそのご令嬢に不敬な態度を取るつもりは一切ありません」

「では取り消しなさい。あの子が悪魔の子であるなどということは」

「しかしそれは……」

「仮にあの子が本当に悪魔の子であっても、いずれ私があの子に殺されるようなことがあっても、私はそれで構いません。あの子を殺すよりずっといい……」

「王妃アルトディーテ様。恐れながら申し上げますが、王妃は一つだけ重要な点を見落としています」

「あの子の命以上に重要なことなど……」

「違います。民衆の命です」

「っ……」

今までの勢いを無理矢理止められたかのようにアルトディーテは言葉を失った。

「今危険に晒されているのは何も知らない民衆の命です。またいつあのような化物が襲って来るか分かりません。今回は殆ど被害が出ませんでしたが、これからもそうだとは限らない。もしかしたら今度はもっと多くの化物が来るかもしれない。そしていずれはこの国の中から悪魔が生まれるのです」

国王として、王妃として、この国の民衆を危険に晒すことはできない。

「……これも戦争で他の国を蹂躙した報いか」

アーサーは頭をかかえる。

「アーサー様もアルトディーテ様も悪くありません」

そう言ってカルエナは深々と頭を下げた。

その口は笑っていた。

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