第8話 過去編①
空砲と共にこの国の軍隊が町の城門をくぐって帰ってきた。
先頭は二頭の馬に引かれた兵車。馬には軍隊長の馬であることを表す銀細工の施された仮面。その兵車には勝利を表す赤いラインが三本入っている。
兵車に乗っているのはもちろん軍隊長のゴルメフ。
でも軍隊長といっても戦略の計に長けているわけではない。あるとすればせいぜい年の功ぐらいだ。この度の戦いで大きな役割を担ったのは同じ兵車に乗っている男。
体は細く戦いに向いているとは言い難い容姿だが、アルスフェイト王国の勝利はこの男に依存するといっても過言ではない。
黒いローブを頭からすっぽり被っている彼の名はカルエナ。
そのローブの隙間からは赤色の髪の毛が見えていた。国王も含め、王族に属する人間には
こうやって少しでもこの国の人に馴染めるように努力していると賞賛する声もあれば、得体が分からず不気味だという人もいる。
本人はどういうつもりか分からないが、あまり表舞台には出たがらないようだ。
今回は勝利の象徴としてどうしても乗るようにとゴルメフに言われ嫌々ながら乗っている。
カルエナは数年前から国王の相談役として側近に立つようになった。
当時の前国王、つまり現国王の父親が病気で急死し、まだ若い息子が王位を継ぐこととなった。そしてそのタイミングでカルエナは国王に謁見を求め、若き国王の相談役として王の傍に置いてもらえるように願った。
もちろん城には前国王の側近もいるし、現国王の世話係もいる。
しかしカルエナは言う。『王位交代のこの時期が、一番他国に狙われやすい』と。
カルエナは、戦略担当として国王の近くに置いてほしいというのだ。
今までこのアルスフェイト王国は戦いとは無縁だった。
確かに軍隊はあるがそれも自衛のため。
ほとんどは協議によって争いを避けてきた。それが通用しない相手にはお金で解決してきた。
逆にそこにつけ込まれるかと言えばそうではない。これらが成功したのも前国王の人望のゆえ。そのため他国からの信頼も厚く、アルスフェイトに砲口を向けることは、他の軍事国家に砲口を向けることと同義とみなされるまでになった。
しかしその前国王が亡き今、その信用も白紙に戻ったと考える国も少なくないというのがカルエナの考えだ。そしてアルスフェイトには財力があることは周知となっている。
他国がアルスフェイトを襲う理由は十分にあると言えるのだ。
しかしアルスフェイトには戦いを経験したことのある者はほとんどいない。今から他国と対等に戦争をするというのは不可能だ。
戦いを知らないアルスフェイトの自衛団が戦いに勝つには先手必勝が必要だとカルエナは言う。そしてそのための切り札が自分だと。
カルエナの説得力、そして国王の若さゆえにアルスフェイトは戦いの中に身を投じることになった。
カルエナの言う切り札とは、その魔術だった。
カルエナは遠くの事や将来の事を見通すことができる。魔法陣を通して相手の国の状況、今後の行く末を知ることが出来るというのだ。それで今弱っている国を攻め込んでいけばいいという。
もちろん最初は国王も半信半疑だったが、一回それが成功すればもう後には引けない。
そして今回の戦い。
今回も被害は最小限、戦利品は最大限。
最初の頃は兵士が無事に帰ってきたことに安堵する声が多かったが、最近では勝利と分捕り物を祝う拍手の方が多くなった。
パレードを終えたカルエナはゴルメフと共に国王へ勝利の報告をしてから自室に戻った。
部屋の鍵を閉めてから窓を開けるのが習慣。
そのあと着替えていると、窓から一匹の鳥が入ってきた。
金色のとても美しい鳥だ。
しかしその大きさは普段空を舞っているそれとは比較にならない大きさの鳥だ。ちょうど子供の女の子ぐらいの大きさはある。
「今回も余裕だったわね」
そしてその鳥はしゃべりだした。
「まぁ、私のおかげかな」
「ここにいる時は人間に戻ってください、ルイーズ。他の大陸ではあなたほどの鳥もいますが、この国では明らかに異様なんですから」
「分かってるわよ。自分でこんな姿に変えておいてひどい言い方ね」と言う鳥の顔はだんだんと人間の少女の顔に変わっていった。年の頃は十代半ばというところか。
黄色い羽に覆われた体は人間の体に変わり、頭に金色の髪が残るだけとなった。
一糸纏わぬ姿になったが、それもやはり城の者に見られたら言い訳がきかないのでカルエナは早く服を着るようにルイーズに促した。
ルイーズは、王の前ではカルエナの娘という事になっている。その方が国王の信頼も得やすいからだ。
それに娘というのもあながち嘘ではない。
半鳥人とも言えるルイーズは、確かにカルエナの血を受け継いでいる。
この当時に流行して、そして後に禁忌魔術とされた人間と動物の融合錬成。
その人間と動物を融合させる媒体として使われる物の一つが術者の血だ。
ルイーズはカルエナと出会った当時、十代の若さで重い病気にかかっていた。しかし貧しい街の生まれだったルイーズはその病気を治すお金もなく、両親はルイーズを捨てていなくなってしまった。そのルイーズを引き取ったのがカルエナだ。
治療のための薬と称して自分の血を少しずつ混ぜて飲ませていた。それと同時に魔術で病気も治す。
だがカルエナはルイーズを実験台としか思っていなかった。病気を治療したのも、やっと手に入れたモルモットが死んでしまっては勿体無いと思ったからだ。
しかし鳥との融合が思ったよりうまくいったので、ルイーズを殺さずにそのまま自分の元に置いておくことにした。
だからいくら顔が似ていなくっても、嘘でなければ国王の前でだって堂々としていられる。もちろん禁忌魔術のことなどは言わないが。
「今日もアーサー様と食事?勤勉だねぇ」
「戦いの後の国王との食事は私から言い出したことですからね。もう私の用は済んだんですけど、習慣になってしまったので仕方ありません。その代わり今はルイーズの役目の方が重要です。よろしくお願いしますよ」
「今日は疲れた。一日ぐらいいいんじゃない?カルエナは慎重すぎるんだよ」
「これは今だけじゃなく、この先にも関係する大事な事なんです」
「私は困らないもの」
「……分かりました。ちゃんとデザートをもらってきますから。よろしくお願いしますよ」
「二個ね」
「……その代わり、王妃の事、頼みますよ」
そう言ってカルエナは自分の部屋を出た。
「と、忘れてた。今日の分です」
そう言ってカルエナはあるものをルイーズに投げた。
「ちょ、私にかかったらどうするのよ」
「じゃあ、頼みましたよ」
そう言ってカルエナは勝利を祝う国王との食事会に出て行った。
ルイーズは受け取ったそれを懐に仕舞って王妃の部屋にいく。
カルエナは今までルイーズの協力を得て戦略担当の任務を成功させてきた。
確かにカルエナは魔術を使えるが、それで遠くのことや将来のことを見ることはできない。カルエナの魔術は融合錬成専門だ。
しかし今までカルエナの作戦で確実な勝利を収めてきた。その秘密が鳥人ルイーズだ。
ルイーズが空を飛んで敵国の様子を見る。場合によっては関所を通らず街の裏側から飛んで入り、街そのものの様子を調べ上げる。その情報を元にカルエナが戦術を立てるという方法だ。
主に相手国の軍事力そしてその国の状況を調べ、不安定な国から叩く。
そのようにしてすべての不安要素をなくしていけば、平和ボケしていたこの国も軍隊でもそこそこ戦えるものだ。
しかしカルエナがここまで働いているのは、この国の平和のために、などという考えからではない。
カルエナがこの国に目をつけたのは資金が豊富なのと、もう一つ。
この国の国王と王妃の間にはまだ子供がいなかった。カルエナの最大の目的はここだ。
コンコン。
ルイーズが王妃の部屋の扉を叩く。
本来王妃の部屋に行くには、護衛の者の許可が必要だ。しかし王妃がルイーズを気に入っていることもあり、今では護衛をスルーしてそのまま王妃に会いに行ける。
「アルトディーテさま……」
ルイーズはそっと扉を開ける。
王妃はちょうど食事を終えたところのようだ。
先ほどカルエナは国王と一緒に食事をするために出て行った。
しかし王妃は自室で食事を済ませている。その理由はお腹を見れば一目瞭然だ。
「あ、ルイーズ。いらっしゃい。どうぞ入って。ごめんなさい、そろそろベッドから降りるのも辛くなってきたわ」
そう言って王妃は大きくなった自分のお腹をさすっている。妊娠しているのだ。
アルスフェイト公国王妃、フィリス・ヴォン・ヴェスバニア・アルトディーテ。
前国王の急死に伴い若くして王妃になったが、その勤めをしっかり果たしている。
高級貴族は
しかしそれも以前の話。
身重になった今ではそのような社交界に出ることはないし、国が戦争を始めたとなれば今後も呼ばれるかどうかは分からない。
しかしアルトディーテはどんなことがあっても国王である夫についていくという覚悟をしている。
しかし同時に、子供が生まれれば夫も戦争に関して考え方を変えてくれるかもしれない事も期待していた。
「ルイーズ。近くに来てちょうだい」
アルトディーテがまだ扉の前に立っていたルイーズに声をかける。
王妃の許可があってやっとルイーズは王妃に近づく。
基本的にルイーズはカルエナの目的が達成しようがしまいが、自分がアルトディーテに気に入られようがいまいが関係ない。
だから、相手が王妃だからといって相手の尊厳を認めようという思いはない。ただルイーズにとって王妃に気に入られる自分を演じるのが楽しいだけだ。あとはカルエナがもらってきてくれるお菓子のため。カルエナに協力すればそのお菓子の数も増えるだろう。
そんなことを思いながら、ルイーズは満面の笑みを浮かべてアルトディーテに近づいていく。
しかしベッドのそばまで行くと、仕えの者が「ルイーズさま、今日は短めに」と言ってきた。
アルトディーテのお腹はかなり大きくなってきている。いつ生まれてもおかしくない状況だ。仕えの者からすれば、できればルイーズには来て欲しくなかっただろう。しかし王妃が招いた客人を仕えの者が帰すわけにもいかない。
「いいのよ、ルイーズ。せっかく来てくれたんだもの」
そう言ってベッドで横になりながらルイーズの頭をなでる。
アルトディーテはルイーズをとても気に入っている。
それは予想以上に早く国王になった夫と、同様に王妃としての激務に追われた自分の間になかなか子供ができなかったからだろう。またルイーズが母親を亡くして男手一つで育てられた女の子だから、母親の愛情を少しでも味あわせてあげたいという思いもあるのかもしれない。
ルイーズもアルトディーテに撫でられてとても嬉しそうな顔をする。
ルイーズは少しアルトディーテと話したあと、水をもらうことにした。
アルトディーテの部屋の隅にはいつも水差しとコップが置いてある。
「アルトディーテさまも飲みますか?」
「じゃあもらおうかしら」
アルトディーテの申し出に嬉しそうに頷くルイーズ。
そして二つのコップに水を入れる。そして一方のコップには、先ほどカルエナから預かったものを溶かし入れた。
「はい。アルトディーテさま」
ルイーズがアルトディーテにコップを渡す。
アルトディーテは一口飲んでコップを返そうとしたが、ルイーズが水を全部飲んだのを見て、残りも飲み干した。
「じゃあそろそろ帰ります」
「ええ。ルイーズもせっかくお父さんが無事に帰ってきたんだもの。お父さんとも一緒にいてあげて」
「はい。……あの、最後にお腹を触ってもいいですか?」
「ふふ、いいわよ。触ってあげて」
そう言ってアルトディーテは布団を持ち上げ、ルイーズは服の上からアルトディーテのお腹を触った。
それと同時にお腹の中の赤ちゃんが少し動く。
それにびっくりしてルイーズはすぐに手を離した。
「ふふ。男の子か女の子か分からないけど、この子のお姉さんになってあげて。お願いね、ルイーズ」
「……はい。アルトディーテさま」
そう頷いたルイーズの頬は少し赤かった。
その夜、アルトディーテは赤ちゃんを生んだ。
女の子だった。
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