サチコ

「え?」


俺は少しだけマナの方を見た。その目線は、店員としてではなく、俺自身によるそれだった。


「サチコさんはあの時スキー場に行ってたんですよね?それならどうしてあの場所にいれたのかって話ですよね?その真相が何度読んでも曖昧で、そこは読者も気になってると思うんですけど?」


俺はたくさんの疑問符との葛藤に打ち勝つ精神も技量もなかった。

唯一出来たことと言えば、自分の目を漫画で見るような飛び出てくるような疑問符に描写させる程の驚いた表情をマナに向けることだけだった。


俺の少しだけヒットした小説の続編が、文学雑誌に小さい記事ながらも連載していたのだ。

そこには本編で書かれなかった犯人の動機などを書き綴っただけでなく、少しだけアリバイが曖昧な状態にしてある本編の解説編を密かに織り込んでいたのだ。

その連載も、俺の長年続くスランプの中の一部となり、一身上の都合ということで連載中止になったのだ。

ここでの一身上の都合と表記するように頼んだのは、俺の書けないというストレス状態を隠すための安全策なのだ。


しかし、今のこの状況は急に終わらせられるものではない。

きっと今置かれている俺の状況をそのまま物語にして出版したら、ある程度のところまでは世間に広まる予感があった。

だって、少なくとも、俺が素直に驚いたからだ。俺は紛れもなく、元という肩書は付いてしまうが、小説家なのだ。

小説家としてのプライドが、この状況の面白さを何よりも敏感に反応してくれたのだ。


そして、その主人公である、目の前にいる女性、マナに俺は問いかけてみたくなったのだ。


「あのお客様はいったい…」


マナは、もしや、本当に俺の物語の主人公なのか?

マナは、俺だけの、マナなのか?


俺だけが、その思考と行動を操れるはずの、マナなのか?

俺だけのマナが、そこにいるのか?


「ただのあなたのファンですよ、斉木先生。」


あまり予期していなかった回答に少しだけ拍子抜けしてしまったのは、俺も普通の感覚を持っている証なのかもしれない。


しかし、先生と呼ばれるのは、何年ぶりだろう。

今はもう、斉木さんと呼ばれることに慣れてしまっていた。もしくは呼び捨てだ。

その俺を先生と呼ぶということは、やはりマナは俺の…


「先生のサインもここに、ほら。」


そう言ってマナはいかにもいい匂いのしそうな鞄の中から一冊の本を取り出した。

俺の本だ。紛れもなく、俺が書いた本だ。

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