第3話
そんな混乱している私に車の横に立っている男性が話しかけてきた。
「光弘、満足したか。さぁ帰るぞ」
光弘というのは私の名前だ。そして光弘と私を呼び捨てするのは今まで生きてきた中で三十年前に死んだおやじだけなのである。
「お、おやじなのか」
「なにを言ってるんだ、当たり前だろ。さあ早く車に乗れ」
私は混乱した頭でこの出来事を整理しようとしていた。ねこバス通りを見に来た。飛行場を近くで見た。ここまで娘はいた。
帰ろうと振り向くと車が変わっていた。そしてそれを伝えようとしたときには娘はいなかった。その代わりおやじが現れた。
なんなんだこれは……
車には見覚えがあった。昔おやじが乗っていた車だ。おやじは車が好きで車はいつもピカピカに磨かれていた。
その車も当時の記憶のままであった。私はその車に乗ってドライブに連れて行ってもらうのがとても大好きだった。
そう、私はドライブが好きだった……
これは私がタイムスリップというものをしたのだろうか。いや、ただ夢を見ているだけなのかもしれない。
はたまたその場で倒れて走馬灯を見ているのかもしれない。娘は心配だがこれは現実ではないのだろう。
とりあえず今は何をどうしたらいいのか全くわからない。どうしたら元に戻るのか……
そして私はその懐かしい車の後部座席に乗り込むことにした。
抵抗するより素直に受け入れて観察することで元に戻る方法がわかるかもしれないからだ。
乗ってまず気付いたのはタバコの臭い。おやじはタバコを吸うときに窓を開けてくれないのですごく煙たかった記憶がある。
そんな車の助手席から今度は数年前に他界した母さんの声がした。
「ひろ、シートベルト」
かあさんまでいるのか。しかしもう驚きはしない。数年前に他界したかあさんが現れても不思議ではない空間に私はいる。
それにしても懐かしい優しい声が心地よい。かあさんは私を叱ったことがない。いつも優しく包んでくれた。
叱り役はおやじの役目で、この役割分担が大事なんだと大人になってからまだ健在だったころのかあさんに教わった。
「子どもには逃げ道を作っておいてあげなくてはだめよ」
穏やかなかあさんとの時間を思い出して温かくなった。
「さあ、行くか」
おやじはエンジンを噴かして車を走らせた。若々しいおやじが妙に新鮮だった。
そういえば私はどのように見えているのだろう。車のフェンダーミラーを覗くとそこにはいつもと変わらない自分がいた。
――自分は変わらないのか。やはり夢なのかな。それとも他の人には幼く見えていたりするのだろうか――
「おやじどこにいくんだい」
「もう帰るぞ。仕事を抜け出してきたんだ。長居はできん。まだ家具の配達が残っているんだ」
おやじは昔、個人で小さい家具屋をやっていた。人を雇うほど儲かる商売ではなくいつも一人で忙しそうにしていた。
かあさんは私の子守と店番だ。それでもこうやって暇を見つけては家族三人揃ってのドライブをしてくれた。
遠出は出来なかったが、これが堪らなく大好きだった。
「おれ、この三人のドライブ好きだった」
「何言ってんだ光弘。今ドライブ中だぞ好きだったはないだろ」
おやじはそう言って笑った。母さんも笑っているのがわかる。
「あ、ごめん」
「謝ることないのよひろ。お父さん笑うの久しぶりに見れてお母さん嬉しいわ」
なんだかすごく幸せだ。また家族三人でドライブが出来るなんて思っても見なかった。
そういえば店に着いたらこのあとどうなるんだろう。このままなのだろうか。
それとも現実に戻って私は病院のベットの上に寝ていて、
「意識が戻ったぞ」
なんて皆が涙するのだろうか。 そんなことを思っているうちに市街地まで来てしまった。
市役所が見えてきた。五条通りのアンダーパスを抜けて懐かしいY字型の市役所の横を通る。奥にはO型の厚生病院も見える。
――こんなに低い建物だったのか。当時はすごく巨大に見えたのに――
市民会館も懐かしい。この辺は小学校への通学路だった。
西二条五丁目に住んでいた私は中央公園を抜け、セントラルボウルと開発官舎の間を通り、
ヤングセンターや問屋街の先の帯広小学校に通っていた。
まだ士幌線も健在で上級生が線路に石を置いて全校集会になったことも覚えている。
景色の何もかもが懐かしく楽しい思い出ばかり思い出した。
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