第7話:犬小屋へ

 それからしばらく、ウォルズはピーターの姿を見ることはなかった。代わりに見るようになったのが、ウォルズの家に連日届くようになった彼からの手紙である。内容としては独自調査の状況報告。進展があるのが窺えるが、ウォルズが拙速な行動をとるのを防ぐためか具体的なことはあまり書かれていなかった。それでも、正規で調査しているハークリット隊の報告よりかは遥かにマシだった。

 そしてもう一つ。手紙の最後に必ず書かれていた文句がある。

「『手紙が切れることあらば、犬小屋へ。』か」

 煉瓦造りの建物にある木製の扉の前で、ウォルズは呟く。この建物は、ピーターが寝床にしていた場所だった。


 毎日来ていた手紙が途切れたのがつい昨日のこと。今日の昼前に、路地裏で衛兵がたおれているとの通報が入った。急ぎ駆けつけてみれば案の定、ピーターが物言わぬ姿となって地に伏していた。街医者バンの検死の結果、ニコラと同様斬られたことによる失血死だと判断された。

 悲しくないわけではなかったが、本人から忠告を受けていた手前ショックはそれほど大きくはなかった。お互い元々いつ死んでもおかしくなかったような死線の中を潜り抜けてきたというのもある。

 ただ、思うところはあった。当の本人が「ヤバい臭いがする」と言っていたのだ。【猟犬】の異名をとるだけあって、昔からよく利く『鼻』を持っていた。十中八九あの件が関わっているとみて間違いない。


(わざわざかけられた保険とやら。こうなった以上は、使うべきだよな)

 道中ずっと握りっぱなしだった右拳を左手に打ちつけ、気合いを入れて中に入る。何度か来たことのある記憶を頼りに、ピーターの私室を探していく。

 ヘラヘラした性格とは対照的に、室内は驚くほど飾り気がなかった。ベッドにクローゼット。机、椅子、ランプ。それが部屋にある全てだった。

「ん?」

 そのベッドの側面をふと見てみると、精巧な木彫り細工が施されているのに気付いた。二匹の犬のような動物と、獲物だろうか、イタチのような動物が描かれている。これも二匹あって、一匹は走っている姿、もう一匹は地に伏せたような格好だ。計四匹の動物が、正方形のマスに一つずつ刻まれていた。

 一ヶ所だけ欠けているようなのが気にかかる。その隣のイタチの板に触れてみると、一枚の板がずれていく。どうやらスライドパズルになっているらしい。

「……『追うは牙持つ猟犬よ。送るは牙無き狼よ』か」

 そう呟き、板に目を向ける。よくよく見れば、犬のような動物の口元に、牙が有るものと無いものがある。それに気をつけながら、板をスライドさせていく。牙を持つ犬がイタチを追い、牙の無い狼がイタチを倒す図柄が出来上がる。

 軽い小さな音が鳴り、パズルがあった板が外れる。その中から何枚かの紙が出てきた。

 紙の一枚を拾い上げる。書いてある字の癖には見覚えがある。ピーターの字だ。目を通してみると、書かれていたのは例の事件の進捗状況。知りたくとも開示されてこなかった様々な情報がこれでもかと書き連ねられていた。

 その中に、他と違って何重もの丸で囲まれた固有名詞がいくつかあった。

「セイレス商会? それにヘンドリク?」

 二つの名前が線で結ばれ、上に『?』と書かれている。逸る気持ちを自覚しつつ、深呼吸をしてもう一度紙面を見る。

 必死で抑えようとしたが、我慢の限界が来てしまった。手に力が入り、紙が握り潰される。

「……ん」

 視線を下げたところで、床の上に紙が落ちているのに気付く。拾い上げてみると、ただ一言だけ。

「『猟犬は潜み探るもの。命捨てるは駄犬の所業』か、なるほど」

 果たしてこれは、ピーター自身に言い聞かせるためのものなのか。あるいはウォルズが見ることを見越してのものなのか。今となっては知る由もないが、そこに含まれる意味は十分に伝わった。

「隠密に動けってか。骨が折れるが、他に手は無いか」

 窓の外に目を向ける。既に日は落ち切っており、夜の帳が降りていた。

 標的をマークして逃さず追い続ける【猟犬あいぼう】はもういない。ならば【じぶん】がやるしかない。

 握り潰した紙をポケットに入れると、ウォルズは静かに闇の中へ消えていった。

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