第6話:追うは牙持つ猟犬よ
翌日の朝、帝国騎士団衛兵隊東方区域支部。その集会場には、朝礼のため全ての衛兵が小隊毎に整列して待機していた。あちらこちらで、今日の業務は何かと囁き合う声が聞こえてくる。
ウォルズはいつにも増して、周囲の声を聞き流していた。やはり精神的にダメージが大きかったのか、ほとんど睡眠もとれていなかった。
しばらくして、前方の舞台上に東方区域支部長ゲオルグ・バーゼルが書面を片手に現れた。
「既に聞いてる奴もおるかと思うが、昨日この辺りで女の死体が出た。状況からして強姦殺人、
「はい」
「後は駐在と巡回だ――」
他の隊には普段通りの職務を振り分けるに留まり、ゲオルグは解散の合図を出した。ウォルズが眉を顰めた瞬間、一人の男が舞台に詰め寄った。
「支部長!! どういうことっすか!? 全体捜査でお願いしたっすよね!?」
ピーターだった。それに気付いたウォルズが慌てて駆け寄る。まくしたてられたゲオルグは、困った表情を見せながら頭を掻く。
「分かってる。俺だってその方が良いんじゃねぇかと思ったよ。もちろん
「何で――!?」
「恐らく、だが。自分とこの坊ちゃんに功績を上げさせたいんだろう。あるいは坊ちゃんが志願したのか。まぁどっちにしても大差ねぇけどな」
そうぼやいたゲオルグは、どことなくうんざりしたような視線を部屋の片隅に送る。そこには調査の任を受けた小隊の隊長、ヘンドリク・コルゼリア・ハークリットの姿があった。本部にいる父親、コルゼリア・バルト・ハークリット伯爵の口添えで入団し、これといった功績も無いまま一小隊隊長の任についているという話は暗黙の事実として知られている。
それに気付いた瞬間突撃しようとしたピーターの腕を、ウォルズが引き止める。
「止めるなよ」
「いやウォルズ、それでいい。暗黙の了解とはいえ、噂の域を出ない話しかねぇからどうしょうもねぇ」
「……チッ」
止められている間に落ち着いてきたのか、舌打ちしながら腕を振り払うピーター。暴れそうにないのを見て、ゲオルグは安堵の溜息をつく。
「ハァ……どのみち上からのお達しで決まってる。俺でもどうしょうもねぇんだ。分かってくれ。お前らケインズ隊は駐在だ。ウォルズ、お前ピーターとは長い付き合いだろう。その【猟犬】の手綱しっかり持っときな」
そう言い残し、ゲオルグは舞台から降りていった。その背を半目で見送っていたピーターが、鼻で笑う。
「ハッ、お前に手綱握っとけ、だってさ。笑っちまうよなぁ。本当に暴れて手がつけられねぇのはお前の方だってのに。なぁ【狼】さん?」
「なんでその名を出してくる」
眉を顰めて返しつつも、ピーターの顔にいつもの余裕が無いのを見てとったウォルズ。何を考えているのかは、すぐに予想がついた。
「……お前、まさか独自で調査するつもりか?」
「当たり前だ。あんなもんで納得なんざ出来るはずがねぇだろ。それにこの件の下手人は、既に俺の獲物さぁ。親友の良い人を殺りやがった野郎は許せねぇ。狙った獲物は必ず探し出す。地の果てまでも追い続ける。それがこの俺【猟犬】様だ」
険しい顔つきのピーターを見て、ウォルズは肩を竦める。獲物と定めたものを探しだし、どこまでも追い続ける執念深さを持つ【猟犬】の顔だった。
「そうか、なら――」
「おっと、お前は待機だ」
「なっ――!?」
「この件、めちゃくちゃ嫌な臭いがすんだよ。ヤバい気がする。俺の鼻がそう言ってんだ」
「だったらなおさら」
「駄目だ。お前こういうの苦手だからな。すぐに足ついてアウトだよ。大丈夫、いつも通りちゃんとお前に仕留めさせっから。それまで俺の分の仕事もよろしくな」
そう言って集会場を後にしようとするピーター。しかしすぐに足を止め、こちらを振り返ってきた。
「あぁそうだ。俺らの合言葉、覚えてるか?」
「合言葉?」
「追うは牙持つ猟犬よ」
「送るは牙無き狼よ、か? それがどうした?」
「保険だよ保険。有事の時には、それが役に立つかもな。あと、借りてた金返しとくわ。んじゃ」
金が入った巾着袋を投げて寄越したピーターは、背中越しに手を上げて集会場を去っていった。
それがピーターの最後の言葉だった。
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