第4話:知らない場所

 翌日の昼、ウォルズはニコラの家がある辺りにいた。巡回にかこつけて、ニコラの消息を探るためである。さっそく人に話を聞こうと思ったのだが、時間は朝と昼の間くらい。家を出る人間は既に出払っているような時間である。そんな時間だからか、単なる住宅街のような場所に人の姿は見当たらなかった。

 来てみたはいいものの、人がいないのではどうしようもない。諦めかけたその時、ウォルズの耳に扉が開く音が聞こえた。見てみると一人の少年が、建物から姿を現している。彼と目が合った。

「えーと、どちらさん? ウチに何か用?」

 男にしては高めの気の抜けたような声。マフラーを巻いた少年が、眠そうな目でこちらを見ている。

 首を傾げながら、ウォルズが尋ねる。

「ウチ、とは?」

「この仕立屋。一応俺が主人のシュウ・ラ・ティーティスだけど?」

 そう言ってマフラーの少年は自分の後ろの建物を示す。見てみると、その建物には確かに仕立屋を示す看板が上がっていた。

「あぁ、なるほど。いや、俺は客じゃないんだ」

「そっか。良かった面倒な仕事が増えないで」

 商売人にあるまじき少年の言葉に苦笑しつつ、彼から情報を聞き出そうと話を進めてみる。

「少し聞きたいことがあるんだが、良いかな?」

「あー、今から依頼主んとこ行くんだけど」

「なら、道中一緒に行きながらでもいい。どうせ俺も巡回中で動かなきゃいけないんでね」

「ま、いいよ。答えられる分は答える。えっと?」

「おっと、名乗ってなかったな。俺はウォルズ。見ての通り衛兵だ」

 しれっと歩き出したシュウに並び、ウォルズがついていく。細い裏道を進みながらシュウが尋ねる。

「で、話って?」

「人を探してる。この辺りにニコラって子が住んでいると思うんだが」

「あー、ニコラか。どっかの食堂で働いてるんだっけ。そだね、ウチの近くにいるよ」

「俺はその店によく顔を出してるんだが、ここ一週間彼女の姿を見てなくてね。君はどうだ?」

「そういや俺もここんとこずっと見てないなぁ。最近はちょくちょくウチに顔出してたんだけど」

「そうなのか?」

「うん、服の修繕依頼でね。主にシミ抜きかな。料理の練習中にソースが跳ねたとか分量間違えてこぼしてかかったとか、そんなので」

「……そうか」

 シュウの話から見えるニコラのけなげな姿に、ウォルズは胸が痛むのを感じた。徐々に強くなる焦りを必死に押さえつけながら、それだけ呟く。

 そんなウォルズに、シュウは肩を竦める。

「ま、真面目な努力家だからねぇ。アンタのために必死にやってたんだろうさ」

「……どうして俺だと?」

「旦那の名前。ニコラの惚気のろけに出て来てたよ」

 動揺からか、何も無いところで躓くウォルズ。仕切り直しとばかりに咳払いをし、興味なさげに肩を竦めたシュウに尋ねる。

「それはそれとして。彼女が行くような場所に心当たりはないか?」

「んー、どうだろ」

 シュウから聞いた場所は、ほとんどニコラ本人の口から聞いたのと同じ。既に何度か足を運び、手がかりがないことを確認したようなところばかりだった。

 ただ一ヶ所だけ、今まで聞いたことのない場所の名前が出てきた。

「『黒猫』? 何だそれは?」

「あの住宅街から少し離れたところにある小さなバーだよ。仕事終わりで帰ってきた後、よく行ってたみたい。マスターが親身になって相談に乗ってくれるって言ってたよ」

「あの辺りのバーか。初めて聞いたな」

「そりゃあ恋人アンタについて相談してる場所を、アンタに知られたかないでしょ」

 のんびりした印象とのギャップもあってか、シュウが放つ言葉の威力が強く感じる。臆しそうになるのをなんとか耐える。

「まぁ俺が知ってるのはそのくらいだなぁ。っと、ここまでだね」

 通りに面したとある建物の前で、シュウが立ち止まる。看板には『セイレス商会』の文字。先刻言っていた依頼主なのだろう。

「あぁ、そうか。すまないね、手間を取らせて」

「別に。何なら旦那に付き合ってる方が楽でいいんだけどねぇ。仕事なんてメンドクセェ」

 相変わらずの発言に、ウォルズはまた苦笑する。

「そんじゃこれで……ニコラ、見つかるといいね」

「……あぁ」

 挨拶を残して、シュウはセイレス商会の建物へと消えていく。その背を見送り一息つくと、ウォルズは踵を返して歩き出した。

 新たな目的地、『バー黒猫』に向けて。

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