#02 『幽霊の悩み事/死人に口無し……?』

 ようやく本題に入った午後7時08分。


 私とリンリンは蒼太君の悩み事を聞いていた。


「……なるほど……要するに蒼太君の相談は、“お母さんと仲直りがしたい”ってことでいいんだよね?」

「はい……」


 手帖にメモメモっと……。


「そういえば、なんで蒼太君は幽霊になっちゃったの?」


 リンリン、直球ストレートだなぁ……。


「えっと……3日ぐらい前に交通事故に遭って……」

「死んじゃったというわけだね。でも、交通事故と“お母さんと仲直りがしたい”っていうのと一体どういう関係が……?」

「実は……交通事故に遭う前、お母さんとケンカしてしまって……」

「……ケンカ?」


 まぁ、“仲直りがしたい”って言った時点でケンカ一択だよね……。


 ……とりあえず、話を聞いて考えられる事故当時の状況は多分こうだ。


 お母さんとケンカをして、家を飛び出した。


 その時、運悪く車に……。


「……のんさんの予想で合ってるみたいだね……」


 と、蒼太君と私の考えてることを読み取ったらしいリンリンが、そう言った。


「……やっぱり、そうだったんだ……。……ねぇ、仲直りって私達が直接伝えるっていうのはダメなの?」

「出来れば、自分から謝りたいんです」


 蒼太君は確かな意志を持ってそう言った。


「……そっか。じゃあ、どうしたらいいかな……」


 と、悩んでいると……


「……お前ら、まだ残ってたのかよ……。完全下校の時間、とっくに過ぎてるぞ」

「あ、黒斗くろとさん」


 黒斗さんがやって来た。


 黒斗さんというのは、なぜか“アルバイト”という名目で図書室の司書をしている少し変わった大学生である。


 ちなみに、黒斗さんも私と同じように『霊が視える』らしく、たまに部室に顔を出してはその都度、一緒に解決策を考えてくれている。


「……で、今は何を悩んでるんだ?」

「えっと……実はですね……」


 私は黒斗さんに今までの経緯を説明した。


「……なるほど。主旨は大体解った。けど、直接謝るってのは、少し無理がありすぎるだろ……」

「そう……ですよね……」


 黒斗さんの言葉に蒼太君は少し落ち込んでしまった。


「……けど、どうしてもっていうのなら、助っ人でも呼んでやろうか?」

「……助っ人?」

「そう。俺の知り合いに“そういうの専門”のちょっと変わったヤツがいるんだ。多分、“アイツ”ならなんとかしてくれると思うよ」


 黒斗さんはそう言うと、“助っ人”と思われる人に電話を掛け始めた。


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 少し時間は遡って、午後7時12分。


 ソファーで横になりながら、私は少し考えごとをしていた。


「……およそ3ヵ月分くらい、かな…………」


 ふと呟くようにして言う。


 およそ3ヵ月。


 それが意味しているのは、私から“抜け落ちている記憶”の期間である。


 目を覚ましたら何故かソファーの上に横になっていた、という感じ。


 カレンダーの示す日付と私が最後に記憶している日付が一致しなかったのだ。


 …………夢の世界に囚われてたわけじゃあるまいし……仮にそうだとしても、そのときの記憶は忘れないしな…………私の場合は。


「考えごとをするのはいいけど、あんまり考え込みすぎんなよ……?」


 不意に頭上から声が降ってきた。


「ん、あきと……?」

「今この場に俺とことね以外に誰がいるんだよ……」


 と、呆れ顔で言うのは私の双子の兄であるあきとだ。


「……まぁ、それもそうだね」

「だろ?……コレ、置いとくぞ」


 あきとはそう言うと、机の上に飲み物入りマグカップを置いた。


 ちなみに中身はカフェオレだ。


「ん、ありがと」

「どういたしまして、だな。それで?何か思い出したりしたのか……?」

「……考え込みすぎるなって言ったのはあきとなのに何でサラッと急かすようなこと言うかな……」


 と、カフェオレを飲みつつ不満を零す。


「ん、そういえば……」

「どうかしたのか?」


 カフェオレを飲んでふと、疑問に思ったことがあった。


「いや、今までの一連の流れは一切関係ないんだけどさ……」

「別に構わないけど?」

「……カフェラテってあるじゃん?…………カフェオレとカフェラテの“違い”って何なのかなーってなんか……急に気になった…………泡の有無……とか?」


 と、私は疑問に思ったことと推測だけ述べてみる。


「…………いや、それはカプチーノだからな……全然……別のモノ……だし…………」


 あきとはお腹を抱えて息を殺して笑いながらそう言った。


 …………めっちゃバカにしてるな。


「……仕方ないじゃん。私はあきとと違って全く料理とか、家事全般の知識は皆無に等しいんだから……」

「……まぁ、な…………」


 ……いい加減落ち着け…………。


「で、違いって何なの?」

「ふぅ……笑い疲れた…………カフェオレとカフェラテの違いね……まぁ、ざっくり言うと『ベースとなるコーヒー』と『言語』の2つだな」

「……『ベースとなるコーヒー』と『言語』…………?」


 と、あきとが言った言葉を復唱してみる。


 ……ベースのコーヒーが違ったら全く別のモノになりそうな気がするんだけど…………。


「カフェオレは日本で言う、『ドリップコーヒー』……いわゆる、“紙フィルター”を使うヤツだな」

「……粉末状のコーヒー豆を入れてお湯注ぐヤツ?」

「それで合ってる。んで、カフェラテは『エスプレッソ』……“コーヒーマシン”を使うヤツだな。ウチには置いてないからまぁ、コンビニ行ったときにでも買って帰れば作れるぞ」


 ……あんまり外に出たくないんだけど…………。


「……もう一つの……『言語』の方は?」

「ん、確か……カフェオレは“フランス語”で、カフェラテは“イタリア語”だったはず……まぁ、どちらも『ミルク入りコーヒー』って意味なんだけどな」


 なるほど……全く別のモノってわけではないのか…………。


「あ、そうそう。割とことねと同じような答えを出す人はそう少なくないんだぜ?」

「ん、カプチーノの?」

「そう。だから別に俺はバカにして笑ったんじゃなくて、ただ単に『ここにも居たんだな、同じような間違え方してるヤツ』って思っただけだよ」


 いや、結果的にはバカにしてるでしょ…………。


 などと心の中でツッコミを入れていると突然、机の上に置いてあった私のスマホの着信音が鳴った。


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 いつも以上に時間がかかっている午後7時32分。


 “助っ人”と電話が繋がった。


「あ、もしもし?ことね?……3か月ぶりに声聞いて第一声がそれかよ……いや、ちょっ、待っ────……電話切れた……」

「……え、大丈夫なんですか?」

「多分、携帯のバッテリーが切れたのかもな。まぁ、すぐに掛かってくると思うし、大丈夫だろうよ」


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 スマホの着信音が鳴り響く午後7時32分。


 …………こんな時間に一体……?


「ん……誰からだろ……」


 そう言いながら、私はスマホに表示された『発信者』の名前を確認する。


「…………珍しい……黒斗からだ」

「……本当に珍しいな…………嫌な予感しかしないけど」

「……だよね」


 そんな会話を交わしながら、私はその電話を受けた。


「……もしもし黒斗?…………厄介事を頼む気ならお断りなんだけど?…………切るね」


 と、私がそう言った直後───


 ブツンッ!!


「……あ」

「…………どうかしたのか……?」


 おそるおそるスマホの画面を見てみると……


 『早急に充電してください』


 と、表示されていた。


「……充電、切れた…………」

「お、おぉ……それは大変だな…………しょうがない、俺のヤツ貸してやるから掛けてやれ。じゃなきゃ黒斗も困ってるだろうし、な?」


 あきとはそう言うと私の方に自身のスマホを投げてよこした。


「ありがと……」


 礼を言いながら、私は黒斗に電話を掛けた。


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 電話を切られてから5分が経過した午後7時37分。


 黒斗さんの言ったとおり、“ことね”という人から電話が掛かってきた。


「……もしもし?……やっぱりそうか。……いや、今回は俺の知り合いが……おー正解。なんか最後の方、正解しちゃダメっぽいのも混ざってたけどな。……星蘭せいらん高校2-B。……用件は明日伝える。んじゃな、ことね」


 と、黒斗さんが電話を終えた。


「えっと……どうでした……?」

「明日、こっちに来るってさ。ちなみに“転入生”として来るらしいよ」

「いや、黒斗さんが呼びましたよね……あれ?……てことはその……ことねって人は私達と同い年ってことですか……?」


 ふと頭をよぎった疑問を黒斗さんに言ってみる。


「まぁ、そういうことだな。さて、細かいことは明日にして、今日はもう家に帰れ。……蒼太はどうする?」

「……僕も、一旦自分の家に帰ります……」


 自分の家に……?


 まぁでも……そのくらいしか、行く場所ないか…………。


「そっか。みんな、気を付けて帰れよな」


 『細かいことは明日に』


 黒斗さんが言った言葉が何故か頭に残っていた。


 明日…………何か、“とんでもないこと”が起きそうな予感がする……。


「「はーい」」


 私はそんなことを考えながらリンリンとともに帰路についた。


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 ようやく黒斗と電話が繋がった午後7時37分。


 私は若干の申し訳なさを抱きながら黒斗に話しかけた。


「もしもし黒斗?……ごめん。私のスマホ、充電切れたみたいでさ……で、今回はどんな用件で?また何かあった?……知り合い……ん、近くに女の子2人と男の子1人居るみたいだからその子達か……場所は?…………ん、分かった。……うん、また明日…………」


 そんなふうに話したあと、私は電話を切った。


「で、どうだった?」

「ん……用件は明日伝えるってさ」

「そっか…………それで?何でことねはそんなに暗い表情をしてるんだ……?」


 …………全てを言うべきか少しはぐらかして言うべきか。


 ………………。


 少し迷った末に私が出した答えは……


「……桐生きりゅう 澄磨とうまって……覚えてる?」


 全てを言うことにした。


「ん、俺達が“最初に起こした”事件の被害者の1人……か?なんで、その名前が……?」

「…………明日、もしかしたらその“遺族”に会うことになるかも……」


 私の“予想”を伝えるとあきとの表情が少しずつ暗くなっていった。


「……そう、か…………悪い、少し席外す……部屋に居るから、何かあったら呼んでくれ」


 と、あきとはそう言うと、そのままリビングをあとにした。


 ……。


 私達が最初に起こした事件、か……。


 『東間あずま学級惨殺事件』


 ……事件の概要なんて、一言で終わる。


 ───私達が“クラスメイト全員”を殺した。


 ただ、それだけのこと。


 なぜそんなことをしたのか、なんて疑問を投げかけられるのだとしたら理由は×××だ。


「…………桐生澄磨には確か、姉が居たはず」


 誕生日が1日違いだったような気がするんだけど……どうやったらそうなるんだ……まぁ、いいか……そんなこと。


「名前……なんて言ったっけ…………」


 …………そこまで考えた、そのときだった。


 ───目の前に赤色が広がった。


 私は床に倒れ込んだ。


「……かっ……は……ぁ…………?!」


 身体をぶった斬られたのだと気付くのに時間を掛けすぎた。


 それもそのはず。


 相手を『視認できない』のだから。


 でも私にはなんとなく、誰が犯人か解っていた。


 ……なんで、今……なの…………せめて……明日でも…………


「なん、で…………?」

「……そんなの、分かりきってんだろうが…………」


 姿無き声は呆れたように言う。


「………………確……かに……そう……だね……、……当……なら…………一昨日には……死んで…………た、し……」


 ヤバい……視界が霞んできてる………………ぁ……。


 少しずつ役に立たなくなってきている“瞳”に、ようやく、犯人の姿映った。


 私の血を浴びて服とかが赤く染まっていて……“瞳”も同じくらいに紅く染めた『彼』は……


「……る、ぃ…………」

「…………命乞いなら聞き入れないからな」


 ……命乞いなんて、意味ないことくらい、私にも解っている。


 だから敢えて、違うことを言うことにする。


「……、…………、……、……、…………、……」


 ……届いたかどうか、そのことを私はもう、確認することが出来ない、けれど、多分、伝わったと、思う……思い……た……ぃ…………


 ───私の意識はそこで途切れた。



「…………なんで、こういう状況で、そんなミスチョイスとしか思えないことを言うかな……調子狂うだろうが…………」


 …………何の反応も示さなくなった“それ”を見ながら、俺はそんな風な不満を口にする。


 認識出来ないようにしたのはただ……なんとなく、だ……多分。


「…………俺は……お前に“そんなこと”を言われるほどのことは……何一つ…………してない……ただの……自己満足のため……だけ……なのに…………」


 ……だったら、なんでこんなに……息苦しい感覚に…………。


 …………明日、もし仮に会えるのなら……謝る、か…………『謝って済むことなら、最初からやるな』とか言われそうだな…………まぁ、『報復しかえし』されるなら潔く受けるけども…………あ、あきとには絶対殺されるか…………多分、あっちは先に終わったんだろうな……俺が仕掛けたときに何も来なかったし。


 ……とりあえず、放置して逃げるか。


「…………それに……俺がここに居れる時間、あまり残ってないみたいだし、な……」


 と、静かに呼吸を再開した『彼女』をほんの少し眺める。


 ……せめて明日、今このときのことを覚えていませんように。


 そんな絶対に叶わない願いを抱きながら、俺はこの場をあとにした。


 『ありがとう』


 確かにあのとき、ことねは……『心音』はそう言った。


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世話焼きをこじらせたら、幽霊や異能者まで寄って来ちゃいました!? 澪音 @AmefuriRain

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