5-2 核心へと繋がる綱

『国道一号線赤羽橋交差点跡、異常なし。引き続き交通規制を実施します』

「了解。車だけが監視対象だと思うな。以上」

 真由理は厳命と共に通信チャンネルを切り替えた。各部隊の緊張感に充ち満ちた声が骨伝導スピーカーを介して錯綜する。今の所、目立った混乱は見られないようだった。強いて言えば参列者の入場手続きが、予定よりも遅れていることぐらいか。だが、その程度の誤差は想定の範囲内だった。空港以上に厳密な検査を行えば、それなりに時間が必要になるのは仕方がない。賓客などは適当に待たせておけばいい。元より業務中に平気で居眠りをするような人種なのだから。

 彼女はダッシュボードのモニターに目を戻した。会場の各ゲートに設置されたカメラから送られてくる白黒映像が、入れ替わりで表示されている。車載にしてはかなり大きな十二インチの液晶を使用していたが、常時四つの映像を表示するとなると、流石に力不足は否めない。映し出される無数の人々の顔が、それこそ豆粒のように思えてくる。

 ずっと見ていると、頭痛がしてくる。軽く目の間を揉みほぐしながら、真由理は言う。

「どう? それらしいのはいた?」

 助手席に座る少女は、微動だにしていなかった。定規を七本は背中に入れた姿勢の正しさで、黙然と画面だけを見つめている。

「いない」

 一言だけ。それもほんの微かに唇を動かすだけで返答を終えると、彼女は二秒前の状態に戻った――モニターを黙視する体勢に。

 黒々としたおかっぱ髪に、透き通るような白い肌、そして紅の唇。真由理は少女に五十以上の渾名を与えてはいたが、彼女が喜ぶのはもちろん、拒否をするのも見たことがなかった。そもそも彼女は、真由理が声をかけようと思った瞬間には、既にこちらを見ているのだ。何の感慨もなく、ただ言葉だけを促すように。

 一度、鉄の処女と言う渾名を与えたことがあった。その時、少女はただ一言、鉄はさほど固くない、とだけ答えた。さすれば彼女は、マーガレット・サッチャーほどのユーモアも持ち合わせていないに違いない。

 そんな真由理の思いも、おそらく読み取られていたのだろうが。

「奴らは来るわ。必ずね」

 呟いて、思考を強制的に現状へ引き戻す。

 霧島美幸の証言や御琴の証言、少女の報告を総合するに、彼ら『チーム』のある種の目標として、この慰霊式典が存在するのは疑いようがなかった。二年前のテロを防げなかった人間への復讐というのが、どうやら彼らの主張らしい。無能を排除することによって環境を正常化しようという、典型的な革命的思想が彼らのモチベーションだった。

 そうしてみると、彼らにとって最高のパフォーマンス会場といえば、慰霊式典に間違いない。爆破事件を防げなかった当事者である政府や警察のトップを、まさにその当日に公衆の面前で爆殺する。未だに煉獄の恐怖から立ち直れていない社会の混乱は凄絶を極めるだろう。結果として、体制がなし崩し的に転換を迫られることは想像に難くない。少なくともそんな大きな混乱に対処出来るほどの傑物が、現政権はもちろん、与野党を含めた政界全体にも存在するとは思えなかった。

 そうでなければ、どうして神宮司の一族がこんなにも幅を利かせているのか。

「――真由理」

 指で示されるまでも無く、真由理もモニターにその影を見つけていた。

「来たわね」

 三つ編みに銀縁眼鏡という、今時カートゥーンでも見かけないレトロスタイルの少女――霧島美幸の姿が、正面ゲートの監視カメラに写っていた。祥星学園高校指定のボストンバッグを検査用のトレイに載せ、物憂げにその先行きを見つめている。顔中に当てられたガーゼから、所々傷跡が垣間見えた。

「どうする?」

 少女が指示を仰いでくる。真由理は袖につけた無線のスイッチに触れながら、答えた。

「正面ゲート班から私服を三人、例の高校生をフォローして。その子の周りで必ず何かが起きるから」

 霧島美幸という少女は地味な外見の持ち主だったが、磨けば光る原石の気配を漂わせてもいた。素朴ながら美しい顎の線と、控え目で均整のある体つきが、その最たる素養と思える。

(いい趣味してるじゃない、御琴)

 一連の事件における彼女の立場も、それに似ていた。単なる女子高生でありながら、核心へと繋がる綱の端を握って放さない。自らに引き寄せるかと思いきや、進んで渦中へと飛び込んでくる。誰が命令したというわけでもないのに。

 ゲートに詰めていた警官達の応答を耳にしながら、真由理は考えていた。

(私なら、あの子をどうするか)

 『チーム』にしてみれば、美幸は厄介な存在だった。警官達と違って、諸共に爆破してしまえばいいという手合いではない。ごく普通の女子高生であれば、むしろ彼らの同胞と呼んだ方がふさわしいはずなのだ。マスコミ各社も出揃った事件現場で“仲間割れ”を起こせば、組織のイメージは一気に転落する。彼らの活動をはやし立て、煽り続ける数少ない支持層さえ失った時、『チーム』の活動は遠からず沈静化するだろう。テロリストなどその程度の存在に過ぎない。

 だとすれば、美幸にどう対処するか――

『緊急入電』

 耳の裏に当てた骨伝導スピーカーから、早苗の声が飛び込んでくる。

『墨田区の検問で突然車両が爆発。警官二名が重傷』

 珍しくテンポの速い、焦りのにじむ口調だった。

『中野区でも同様に車両が爆発。警官の他、数名の市民が巻き込まれた模様』

 真由理は思わず、溜め息をつく。

 どうやら予想以上に、連中はまともではないらしい。たかが陽動の為に、こうまであっさりと命を投げ捨てるとは。

 マイクのスイッチを入れて、彼女は冷然と告げた。

「近隣をパトロール中の警官を差し向けろ。増上寺跡周辺の警戒は絶対に怠るな」

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