第2話
彼女の葬儀はひっそりと行われた。彼女を跳ねた運転手が彼女の両親に罵倒されていたが、僕には関係がない。とにかく、彼女の遺体だけが重要だった。
葬儀所のたくさんの花に囲まれた場所に彼女の写真が飾られていた。その写真はにっこりと笑った写真であったけれども、彼女の可愛らしい八重歯は見えなかった。
その写真の下に置かれた小さな箱。あれが、きっと棺桶というやつだ。きっと、あの中に彼女はいる。
そのときになって漸く、僕は彼女をどうやって食べればいいのかわからないことに気が付いた。ともかく、彼女の遺体を見つけなければならない、それだけしか考えていなかったのだ。
肉を食べるときは、まず肉を切る。そのあと、焼いて食べる。焼く方法はあとでもいい。なんとか肉を切らないと。しかし、まず、なんの刃物も持っていないし、何より周りにはたくさんの人が居る。そんな中で僕が彼女を切ろうとしてもきっと止められる。それくらいのことは想像がついた。
結局、僕は何もできないままただ座っていることしかできなかった。お坊さんの読経を聞き、見よう見まねで焼香をしながら、僕の焦りは高まっていく。早くしないと彼女がつれていかれてしまう。
「最後のお別れです。お顔を拝見して差し上げてください」
葬儀所の人がそう言うと、ゆっくりと棺桶の蓋を開けた。彼女の顔は想像していた以上に綺麗だった。また、今にも動き出してもおかしくない。そう思う。彼女が死んでしまったっていうのは誰かの嘘か、何かの間違いだったのではないかとさえ思った。
けれど、彼女の両親は彼女の遺体を見て、再び声を上げて、泣き始めた。その声がこれが夢や冗談ではないことを確かに物語っていた。参列者は花を彼女に手向け始める。僕も周囲の人間にならって同じ様にする。
きっとここが最後のチャンスだ。僕はそう思うけども、やっぱり何もできない。ただ時間だけが過ぎていき、再び蓋は閉じられる。彼女の母親の慟哭だけが葬儀所のなかに響いていた。
出棺のときがくる。これから彼女は火葬場というところにいき、焼かれてしまうのだという。
そこで僕はぴんときた。肉を食べるんだったら焼かなくちゃいけない。だったら、焼かれた後に肉を切ればいいのではないかと。
僕は彼女の両親に頼み、火葬場まで着いていった。火葬場で、窯のなかにゆっくりと入っていく彼女を見送る。先程見た彼女の顔が脳裏にこびりついて離れなかった。
胸のなかに何か熱いものが去来しそうになる。だけど、僕はそれをぐっと圧し殺す。僕にはやらなくちゃいけないことがあるのだ。
火葬が終わるまでには時間がかかる。彼女の親戚は一旦葬儀所の方へと戻っていったが、僕はその場でずっと窯を見つめていた。
どれくらいの時間が過ぎたのか、また人が集まってくる。彼女の火葬が済んだのだ。窯がまたゆっくりと開く。
中からは小さな白いものが現れた。彼女の骨だ。それを見たとき、僕は失敗したと思った。だって彼女にはどう見ても肉は残っていなかったからだ。後になって考えれば当然のことなのだけれども、火葬されれば残るのは骨だけだ。
「皆様、お骨を骨壺に納めてさしあげてください」
火葬場のおじさんがお箸を僕に渡してくる。もしかして、みんな最初から彼女を食べるつもりだったのだろうか。それだけ彼女はみんなに愛されていたんだろうか。そんなことを考えた。
だが、親戚達は箸で骨を摘まむと小さな壺に彼女の骨を納め始めた。ここが本当に最後の機会だと思った。もう骨しか残ってはいないけれど、四の五のは言ってられない。早く骨を手にいれないと。
そのとき、再び彼女の母親が慟哭し、周囲の注意が彼女に向く。僕は箸で摘まんだ彼女の骨をぐっと握りしめ、こっそりポケットにいれた。炎で焼かれた骨は熱いかとも思ったが、彼女の骨はもう熱を持ってはいなかった。
心臓がばくばくと高鳴った。見つからないでくれ。僕は祈る。
だが、幸い誰も僕の行動には気がつかなかったようだった。そして、彼女の残りの骨は小さな壺に全て収まった。彼女は僕でも抱えられそうなくらい、小さい存在になっていた。
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