第3話 マッチョでゴスロリな異人さん
出発から一時間半程で、ヘリは小牧空港に到着した。
「お世話になりました」
「また後でお会いしましょ~」
パイロットに礼を言って別れ、迎えが待っている筈の空港のロータリーに向かう。
ロータリーの端には真っ赤なポルシェ911が停まっており、その傍らに、TVコマーシャルでおなじみの鷹巣医師がいた。アルマーニのスーツにレイバンのサングラスで決めている。
「鷹巣先生ですか?」
「おお、待っていたよ! ささ、乗ってくれたまえ」
四十代半ばのナイスガイに見えるのだが、本当は父と同期の六十代半ばである。若作りはクリニックが手がけているアンチエイジングの効果で、自ら広告塔としてTVコマーシャルに出ているのだ。
自分自身に医療技術を施す事で顧客にも安心感を与えているのが、クリニックが流行っている理由の一つだろう。
僕は鷹巣医師に勧められるまま、ポルシェの助手席に乗り込んだ。
「いやあ、今回は朝から大変だったねえ」
「まさか、鷹巣先生がドクターヘリを運用しているとは驚きました」
「ヘリの運用だけだよ。搬送先は他院だからねえ。うちは美容外科専門だし」
「それでも、現場での処置はなさるのでしょう?」
「ああ。パイロットは医師だよ。フライング・ドクターって言うのかな」
あのパイロットは医師でもあったのか。
ならば職業柄、ペニスを見慣れていても可笑しくはない。僕はてっきり、妙な妄想をしてしまっていた。
「これからどちらへ?」
「名駅前の本院だよ」
「お嬢さん、今日もお仕事なのですか?」
「いやいや、今日は休診日でね。娘とは本院の応接室で会ってもらう」
「応接室?」
「君も俺も、はっきり言って目立つからね。レストランやホテルでは人目もあるだろう」
確かに、著名人である鷹巣氏と、短身の僕はどちらも目立つ。
週刊誌のゴシップ記事にされるかも知れないし、最近は、素人が著名人のプライベートを勝手に撮影して、インターネットで公開する事も多い。
まして僕は一般人だから、プライバシーに配慮してくれたのだろう。
名古屋駅近くにある、鷹巣クリニックの本院についた。
駅前商業ビルの1フロアを占有する、贅沢な造りである。自動ドアの前には休診の表示がされており、照明は付いている物の、誰の姿もない。
「済まんが、娘の支度があるのでね。少々待っていてくれたまえ」
応接室に通され、待つ事およそ十五分。
出されたコーヒーを飲み終わった頃、ノックの音が響いた。
「炉利君、いいかね?」
「どうぞ」
鷹巣医師と共に、若い女性が入室して来た。
何か瑕疵があるのだろうと、ある程度は覚悟していたのだが、彼女の姿は予想を超えたインパクトのある物だった
柔和そうな碧眼の垂れ目に、くっきりとした顔立ち、プラチナブロンドの長髪。歳は高校生位に見えるのだが、医師である以上、最低でも二十代半ばだ。
顔だけなら美人の部類に入るだろうが、その下の肉体とは全く調和が取れていなかった。
185cm超はあろうかという長身に、筋骨隆々の体格。
インターネットでは、若い女性の顔とボディビルダーをコラージュした”令嬢マッスル”という画像が出回っているが、正にそんな感じだ。
さらに身に纏う服は、フランス人形の如きフリルの多い黒基調。いわゆる”ゴシックロリータ”である。
「当院で医師を務めております~ 鷹巣佐保と申します~」
「あ、あなたは、さっきのパイロット!」
口調でようやく気が付いた。
彼女は僕を迎えに来たパイロットだったのである。
「はい~ 失礼とは思いましたけど~ ちょっと悪戯心で~ もしかして気付くかと思ったんですけど~」
佐保さんはいかにもなドヤ顔である。
筋骨隆々な体格で低めの声とはいえ、女性と見抜けなかった僕も大概だが、佐保さんは見かけによらず、結構いい根性をしている人らしい。
「鷹巣先生。奥様が外国の方だったんですか?」
「いや。家内は日本人だよ。子供に恵まれなくてね、佐保は実の娘ではない。もちろん、今は帰化しているがね」
いわゆる国際養子か。
育てられない訳ありの子供を、国外に養子として送り出す事は実際よくある。
何故にわざわざ国外かと言えば、確実に縁を切りたいが為である。
「お仕事の時は白衣ですから~ お休みの時はこういう~ 女の子らしい格好をするのが~ 楽しいんですよ~」
顔だけならともかく、その体格にゴスロリは全く似合っていない様な気がすると思ったが、口には出さなかった。
「ヘリの方は御趣味では?」
「あれはお父様の趣味です~ 私にとっては~ お仕事なんですよ~ 人助けですから~ やり甲斐はありますけどね~」
鷹巣医師の趣味や政治的な打算はあるにせよ、ドクターヘリの運行自体は立派な公益だ。
ヘリの操縦は高い技量を要するが、それにやり甲斐を感じているというなら、公共心は相応に持っている人なのだろう。医師として良い特性である。
「炉利先生は~ ご趣味は何ですか~」
「多忙で中々、そういう時間が取れなくて」
冒頭でも述べたが、僕はアニメやコミックが好きな、いわゆる「ヲタク」である。
世間的な嫌悪が薄れたとは言っても、偏見を持つ人が全くいないわけでもないので、うかつにそれを言う事は躊躇われた。
「お仕事熱心なのは結構ですけど~ 大丈夫ですか~」
「君の父上とも話したが。もし何なら、こちらの方から医師の斡旋をしてもいいのだがね」
佐保さんが気遣いの言葉をかけてくれると共に、鷹栖医師が思わぬ申し入れをして来た事によって、僕は経営者モードに頭を切り換えた。
地方病院の医師不足は深刻である。
鷹巣医師が斡旋してくれるならば願ってもないのだが、それも含めての縁談か。
長身で筋骨隆々の白人女性を妻に迎えようという奇特な人は少ないだろう。そこで、医師の斡旋を条件の一つとして持ちかけたのではないか。
父は何も言っていなかったが、この話がまとまらなければ親としてのみならず経営者としても大いに落胆するだろう。
「とても有難いお話ですが……」
「そこを含めて、よく考えてくれたまえよ。さて、後は若い二人に任せようかね」
鷹巣医師は悩む僕に、白い歯をキラリと光らせて微笑むと席を立った。
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