第4話 二人それぞれの黒歴史

「では~ お父様がいなくなったところで~ 言いにくい事を話して下さいな~」

「佐保先生は、今回のお話、どう思いました?」

「私の方から御願いしました~ そちらの院長先生とお父様が同窓という事でしたので~」


 これは意外な答えである。売れ残りの娘を、同窓のよしみで友人の息子と強引にくっつけようとしていたのかとばかり思っていたのだが、彼女が主体的に動いていたのか。

 それにしても、僕の事をどこで知ったのだろう。医大もインターン先も違う筈だし……


「僕の事を知っていたのですか?」

「はい~ こちらは先生の著作ですよね~ ファンだったんですよ~」


 佐保さんは、恐らく本来は患者への説明用として置かれているのであろう、机上に置いてあったタブレットを操作して、僕に画面を示して来た。

 そこには、僕が医大時代に描いていた同人誌の表紙が映し出されている。

 ジャンルは、いわゆる「女装おねショタ」。女装した少年と一回り年上の女性のカップルによる性交渉を描いた、成年向けだ。

 まさかの場所で封印した過去を突きつけられた僕は、凍り付いてしまった。


「女性読者にも大人気だったですよね~ 優しいお姉さんと~ 背伸びして頑張る男の子のカップルで~ お姉さんが昔の服を男の子に着せて遊ぶんですよね~ 最後には男の子が成人するのを待って入籍して~ 赤ちゃんも産まれて~ ハッピーエンドなあたりが良かったですよ~」


 即売会では売れ行きはそこそこだったのだが、委託通販ではかなりの売り上げがあった。成年向けだから、直に買うのをはばかる人が多い為だろうと思っていたが、女性読者が多かったとは今まで知らなかった。


「あ、あの、セックスも粘っこく描写していたりするんですが、その辺りは?」

「仲のいい二人が気持ちいい事するのは~ 自然じゃないですか~ 最初に結ばれる前に~ 男の子の小さいちんちんにサイズがあうコンドームを探して廻る回とか~ きちんと避妊の大切さを語ってるのも好評でしたよね~」

「仮にも医学生でしたから、そういった事は省きたくなかったので……」

「そういう真面目さがいいんですよ~」


 要は性描写が濃厚な年齢差カップルのラブコメで、避妊などの描写も省かずにしっかり入れていた事が女性受けしたという事か。

 ベタ褒めな感想だが、若気の至りによる黒歴史を前にして、僕としてははっきり言って針のむしろだった。


「あの、どうして作者が僕だとわかったのです?」

「これ、先生ですよね~」


 佐保さんはタブレットを再び操作し、一枚の写真を表示させた。

 そこには同人誌即売会のブースで売り子をしている、セーラー服の少女が映っている。

 ……間違いない。僕だ。

 受け狙いで女装コスプレをして売り子をしたら、何故か行列が出来てしまったので、よく覚えている。

 ヲタクの皆さんが僕に向けてくる目が、妙に血走っていた。さらには股間が膨らんでいる人も少なからず見受けられたので、怖くなった僕は、その一回きりで女装しての売り子は止めたのだ。


「あ、あの、撮影許可は……」


 同人誌即売会での撮影は、被写体の許可を取るのがルールである。

 だがこの時、僕は撮影の許可を一切出していない。”撮影はご遠慮下さい”と、わざわざ看板まで出していた。

 写真にもしっかり、その看板は映っている。


「隠し撮りです~ あんまり可愛かったので~ 十年は前ですし~ 時効ですよね~」


 佐保さんは舌を出して”てへっ”と微笑むが、僕は思わずひきつった。

 こういう奴がいるから、年を経る毎にイベントの規制が厳しくなるんだ!

 いや、今の本題はそれではない。


「それで、どうしてこれが僕だと?」

「この写真は~ フィルム撮りだったものですから~ この間~ 他の旧い写真と一緒に~ 電子化してたんですよね~ そしたら~ うちのスタッフがそれを見て~ 医大の同年に似てるって言うんですよ~ もしやと思って~ 興信所に調べさせたら~ ビンゴでしたね~」


 その同年とは誰なのだろうか。

 本題がそれるので、その辺りは後で聞かせてもらおう。


「わざわざ興信所を使ってまで、僕の身元を確認したんですか?」

「ずっと~ 女の子だと思っていた物でしたから~ スタッフに男の子だと聞いて~ 最初はショックだったんですけどね~ 男の子だったら~ もしかして結婚出来るかな~ なんて思って~ お医者さんという事でしたし~」

「あ、あの、僕の過去はご内密に……」


 炉利病院の跡取り息子が、女装してエロ同人誌を売っていた等と知れれば、田舎町ではいい恥さらしである。


「どうしようかな~」


 佐保さんは僕の目を見つめて、不敵に微笑む。


「いいお返事が聞けなかったら~ ”ポチっとな”って~ この画像が先生の名前付きで~ 全世界に発信されちゃいますよ~」

「きょ、脅迫ですか!」


 いきなり佐保さんはとんでもない事を言い始めた。

 そんな事をされたら、僕の人生は確実に積んでしまう。

 この女、相当にいい根性の様だ。


「冗談ですよ~ 無理矢理一緒になっても~ 長持ちしないじゃないですか~」


 佐保さんは笑って手を振りながら冗談と言ったが、僕には一抹の不安が残る。

 ”可愛さ余って憎さ百倍”という諺もあるし、この話を僕が断れば、腹いせで画像をバラ巻くという事もあり得るだろう。


「でも~ 先生~ こういう漫画を描いたり~ 女装したりって事は~ こうなりたいって願望があるんじゃないですか~?」

「うっ! ああ、い、いえ、そ、そんな事はないですよ」


 図星を突かれて、僕の心臓に痛みが一瞬走った。

 それを見た佐保さんは、さらに僕を問い詰めて来る。


「背がちっちゃい事~ コンプレックスですよね~」

「え、ええ……」

「おっきなお姉さんが側にいて欲しいとか~ 思ってなかったですか~?」

「母を早くに亡くしたので…… そういった事もあるかも……」

「そうそう~ 私~ 今年で三十なんですよ~ お姉さんですよ~ いっぱい甘えていいんですよ~」


 元が僕の作品のファンだけに、佐保さんはコンプレックスを的確に突いて迫って来る。

 落ちそうになりかけたが、当初の疑問を思い起こして踏みとどまった。

 そもそも彼女は、男性としての魅力が皆無な僕のどこがいいのか。


「いいんですか? 僕はこんなチビですよ? いくら先生が長身といっても、180cm台の釣りあいがとれる人なら日本人にも結構いるじゃないですか」

「カミングアウトしちゃいますけど~ 実は私~ バイセクシャルなんですよね~ ビアン寄りの~」


 ”バイセクシャル”とは、両性愛者、要は異性と同性のどちらも性愛対象にする嗜好の持ち主の事だ。

 また”ビアン”とは”レズビアン”、即ち女性の同性愛者を指す略語である。

 一般には”レズ”と略する事が多いのだが、当事者はそれを嫌って”ビアン”と自称する事が多い。

 つまりこの場合、佐保さんは基本的に女性が好きだが、条件によっては男性でも良いという性的嗜好を持っているという事になる。

 佐保さんが、僕の女装おねショタ作品を愛読していたのは、丁度嗜好にはまったからなのだろう。


「で~ 先生の事を~ 女の子だって思い込んでて~ すっごく可愛いな~って思ってたんですよ~ でも~ 女の子に見える男の子なら~ それでもいいかな~って~」


 つまりは、小柄で女装が似合い、ヲタク趣味も共通する僕が、佐保さんのタイプだったという事だ。

 加えて言えば、同じ医師という事で、親の承諾も得やすかったのだろう。

 チンチクリンでも一応は男性だし、同性をパートナーにされるよりは余程良かったのではないか。

 後は、僕の意思次第という事である。


「迷うのは当然ですよね~ 私はこんな背高マッチョの外人さんですし~ バイですし~」


 元より即答出来る様な事ではないが、何か引っかかるのだ。

 考え込む僕の顔を、佐保さんが不安げに覗き込んで来たところで、疑問が言葉になって浮かび上がった。


「僕の女装写真、隠し撮りしたと言ってましたよね?」

「はい~ 済みません~」

「いえ、そういう事ではなく。失礼ですが、佐保さんほど目立つ人なら、買い手の中にいれば覚えていると思うんですが。全く記憶にないのです」


 白人の長身マッチョ美人がいれば目立ちまくりな筈だが、見た覚えがない。

 僕が直接見た事がないにしても、即売会参加者の間で噂になった筈だ。


「あ~ そこを突きますか~ 確かに隠しておく訳にも行きませんし~」


 佐保さんがタブレットを操作して新たな写真を表示すると、現在の彼女とは似ても似つかぬ、滑稽な人物が写し出されている。

 脂肪にまみれた肥満体に、不細工が売り物のお笑い芸人の如き顔。

 一言で言えば”ピザデブ”、二昔前のヲタクのステロタイプで、男女の判別すら付けづらい。

エロ同人誌を買い求める人にはいくらでもいそうな容姿で、当時の佐保さんが、僕が女装した際の買い手の中にいても印象に残ってはいないだろう。

 髪の色はプラチナブロンドだが、ボサボサ髪のヲタクでも髪を脱色している人は結構いるので、あまり目立つ特徴にはならない。


「私~ すごい肥満体質で~ これじゃ駄目だって思って~ ボディビルで頑張って~ 贅肉を筋肉にしたんですよ~」


 鍛え上げられた鋼の肉体は肥満対策か。きっと並々ならぬ努力だったのだろう。


「顔は整形ですね?」

「はい~ お父様が造ってくれました~ 先生の漫画を見せて”こういう優しいお姉さんにして”ってお願いしたんですよ~」


 言われてみると、僕の作品のヒロインの面影がある。僕の画風はディフォルメが強いが、リアルにすれば、今の佐保さんの様になるのだろう。


「美容整形を毛嫌いする人も多いですけど~ 美醜という物があるんですから~ 醜い人は一生我慢しろっていう方が~ 傲慢だと思いませんか~?」

「……」


 美容整形は自然に反する行為、親にもらった体を傷つける悪行と主張する人は多くいる。

 加えて、日本と事あるごとに対立する韓国が美容整形大国であるという点から、右翼よりの政治志向を持つ人も、美容整形その物を批判する事になりがちだ。


「正直に答えて下さいね~ これは~ うちの家業の~ 是非に関わる事ですから~」


 佐保さんは真剣な顔で、僕を真正面から見据えている。

 これは、僕の人間性、思想に対する重大な試問だ。縁談その物の可否には関係なく、心して誠実に答えなくてはならない。


「僕は、医学に限らず、科学技術の発展こそが、社会に積もる問題を解決すると信じています。出来ない事は諦めるのではなく、出来る様な技術を開発する事こそ、究極の解決でしょう。それを否定して、耐える事をむやみに賛美して周囲にも強要する様な人は…… そうですね、文明発展の敵です」


 僕は、日頃から思っていた事を話した。

 自分はいわゆる”技術至上主義者”だと思っている。一昔前の典型的な理系には、同様の人が多かったそうだ。

 決してメンタルを軽視する訳では無いが、物理的な解決こそが大切であろう。


「つまり~ 醜く産まれて~ 美しくありたい人が~ 美容整形に頼るのは~ 悪くないのですよね~?」

「はい」

「あ、有り難う~」


 僕が頷くと、佐保さんは僕の手を握って嗚咽を漏らし始めた。

 不器量な容姿を美容整形で治した物の、心ない事を言われたりもして来たのだろう。

 低身長で苦労している僕には、その気持ちが痛い程わかった。

 二、三分経った後に佐保さんは落ち着きを取り戻し、涙をハンカチでぬぐうと僕に向き直った。


「お答えを頂く前に~ もう一つだけ~ 知っておいて頂きたい事があるんですよ~」

「何でしょう?」

「私~ 特異体質なんですよ~ 医師として~ 診ておいて下さい~」


 第一診察室で待っているから十分後に来る様にと佐保さんは告げ、応接室を後にした。

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