第2話 軍用ヘリでお出迎え!

 見合い当日の朝。

 新幹線で鷹巣家のある名古屋へ向かう事になっていたのだが、朝食を食べながら見ていたニュースで、新幹線が架線事故で不通となり、復旧が未定である事が報じられていた。


「困りましたね、父さん」


 僕は今日の為に勤務のシフトを空けていたので、延期といっても大変である。


「先程、鷹巣から電話があった。迎えを出すから心配しなくていいとの事だ」

「迎えといっても、車では結構な時間がかかりますよ?」

「ヘリで来るそうだ。うちには駐められるからな」


 うちの病院には、ドクターヘリが発着する為のヘリポートがある。

 もっとも、病院周囲に広がる耕作放棄地の一部を買い取ってコンクリート舗装しただけの簡易な物で、助成金の充実と交換条件に市から要請されて設置した物だ。

 山間地医療や大規模災害に備えてという名目の元、実は市長の見栄によるところが大きい代物である。

 実際、ドクターヘリで運ばれる救急患者の第一搬送先は、もっと設備の充実した大学病院なので、このヘリポートは年一回の訓練以外で使われた事がない。

 そう言えば、農地だった頃の地主は市長の後援会の一員で、地目変更した上で現金化する為にヘリポート設置を働きかけたんじゃないかという黒い噂も聞いた事が……

 それにしてもヘリをチャーターするのは結構な値段と聞くが、TVコマーシャルを打つレベルの美容外科というのは、そんなに稼ぎが良いのだろうか。

 そんな事を思いながら、僕は身支度を調える。

 一時間程で、電話が再び鳴った。父が受話器を取る。


「もうすぐ着くそうだ」


 連絡を受けて父と一緒にヘリポートへ出ると、徐々に響くとローター音と共に、西の空に機影が見えてきた。

 その姿が大きくなるにつれ、僕達はその姿に首を捻った。

 オリーブドラブ色の塗装。両翼に付けたロケットランチャー。

 どう見ても、あれは軍用ヘリだ。


「自衛隊…… ですよね」

「その様だが……」

「鷹巣さんは有名人だから伝手があるのかも知れませんけど、私用の送迎で使ったら問題になりますよ!」

「ま、まあ、訓練とか何とか、名目をつけたんじゃないか?」

「それが問題だと言ってるんです!」


 友人の非常識な行動に顔を引きつらせながらも庇おうとする父に、僕は思わず切れてしまった。

 マスコミにでもかぎつけられたら面倒な事になる。”鷹巣クリニック理事長、令嬢の見合い相手を自衛隊ヘリで迎えに!?”とか、面白可笑しく報じられるに違いない。短身という僕の容貌も、世間の好奇に晒される事は明白だ。


(終わった…… 僕の人生は積んだ……)


 「馬鹿者、そのスーツは高いんだぞ! 土をつけるでない!」


 その場に崩れ落ちそうになった僕を、父は怒鳴りつけて来た。

 体格の関係上、僕の衣類は既製品ではなくオーダーメイドなので必然的に高い物ばかりではある。

 とは言え、息子よりも服の心配をする父にどこかずれた物を感じたが、そういう父だからこそ、友人も非常識なのだろう……

 ヘリは病院の真上に達し、誘導の訓練を受けている事務員の指示によって着陸した。

 着陸したヘリを間近で見ると、胴体には赤十字のマークと「医療法人 鷹巣会」の表記がある。どうやらこれは自衛隊機ではなく、自前のドクターヘリという事の様だ。

 スキャンダルは免れた様で、僕はひとまず胸をなで下ろした。

 それにしても、自前のドクターヘリとは、助成を受けているにせよどれだけ金満なんだろうか。大体、鷹巣クリニックは美容外科なのでは……

 いや、そもそも、軍用機風の塗装はともかくとして、据え付けられているロケットランチャーらしき物は一体何なのか?

 機体から降りてきたパイロットは、TVや映画でよく見る様な、軍用と思しきパイロットスーツを着用していた。

 八頭身の長身に肩幅が広くガッシリとした体型。ヘルメットにサングラスで容貌はよく解らないが、高めの鼻に尖った顎で肌は白い。

 見たところ日本人ではなく白人に見えるが、米軍の退役軍人辺りをお抱えパイロットにしているのだろうか。

 立派な体つきに、小柄で貧弱な僕は若干の嫉妬を感じた。


「ど~もお待たせしました~ そちらの背の低い人が炉利昇太先生ですね~」

「は、はあ……」


 パイロットは開口一番、容貌に似合わず間延びした口調で、人が気にしている事を無神経に言う。悪意は感じられなかったので、いわゆる”天然系”という気質だろう。

 日本語のイントネーションから外国人ではなさそうであるが、間延びした口調と外観のアンバランスぶりがとても気になる。


「ヘリは初めてですか~?」

「いえ、ドクターヘリによる救急搬送の訓練を受けてますから大丈夫です」

「それでは参りましょ~ どうぞお乗り下さい~」


 パイロットに促されてヘリに乗り込む僕を、父は満足そうに見送る。病院の医師数に穴を空ける訳には行かないので、同行が出来ないのだ。

 何故かこれが今生の別れの様に思えたのだが、気のせいだろうか……

 事務員が離陸合図のラッパを吹く。何故ラッパなのかと言えば「地獄の黙示録」というベトナム戦争映画の1シーンの真似なのだそうだ。若い女性の趣味としては、いささかどうだと思うのだが……

 ヘリは空中に舞い上がり、眼下に見晴らしの良い景色が広がった。訓練で何度か見た光景だが、実に眺めがいい。

 到着までは一時間程という事なので、どうにも気になった点をいくつか聞いてみる事にした。


「あの、このヘリ、軍用ではないんですよね?」

「W-3Rソクウといいます~ ポーランド製軍用ヘリの、野戦救急型なんですよ~」


 先程と同じく間延びした口調で、パイロットは答えてきた。

 野戦救急型という事は、軍仕様のドクターヘリか。軍用機は堅牢に造られているので、災害派遣では民生機よりも大いに心強い。

 一方で民生機よりもハイコストなのだが、払い下げの中古かもしれない。


「鷹巣クリニックは美容外科専門と伺っているのですが、ドクターヘリを保有しているのですか?」

「美容クリニックというと~ ”社会の役に経ってない”とか陰口をたたく人もいますから~ 社会貢献ですよね~」


 例え私立医大出身であっても、医師の養成には多額の公費が投じられている。にも関わらず、人々の健康な生活に貢献せずに荒稼ぎするとして、美容外科の存在を批判する人は少なからずいる。そんな事に技能を使うより、病人を診ろという訳だ。

 故に、自分達も社会に貢献しているというイメージアップを図るのは理解出来る。

 だが、それならチャリティーに協賛するとか、もっと安上がりで目立つ方法が幾らでもあるだろう。他にも理由があるのではないかと、僕は考えた。


「それだけですか?」

「ええっと~ 自家用ヘリが欲しかったんですけど~ ドクターヘリという事で登録すれば~ お国とか県とかが経費を持って下さるというお話があって~」

「何で日本では馴染みがないポーランド製なんです?」

「自衛隊から~ 仮想敵機として旧共産圏の機体が欲しいというお話もありまして~ 訓練用に貸し出して、そちらからも助成金を引っ張ってますよ~」


 元は趣味が高じたという事で、動機は妙に納得出来た。

 その上で職業上の実益を兼ね、それにかかる費用として、助成金を引っ張るだけ引っ張る。鷹巣氏は、企業経営者としては申し分ない人の様だ。


「他にも~ 込み入った事情が~ あるんですよね~」

「どういう事です?」

「シコルスキーとか~ ベルとか~ エアバスみたいな~ 大手さんからばっかり買ってると~ 先方さんの大名商売ですもんね~ 安くていい会社は他にもあるんだぞってかましてやらないとって~ 防衛省とか~ 経産省とか~ 外務省とか~ 消防庁とか~ 厚労省とか~ 警察庁とか~ 国交省とか~ 海上保安庁の~ お役人が~ 代わる代わるうちに来て言うもんですから~」

「要は、テストケースというか毒味役になれという事ですか」

「はい~ 何だかんだいってもヘリはお高いですから~ 関係省庁の分担で経費を全額持って頂けるという事で~ 有難くお受けしました~」


 相見積もりは物品購入の基本であるが、寡占状態の業界はなれ合いになっており、相場より安く買う事は難しい。

 信頼出来る新規メーカーの開拓は、そういった意味で望ましいのだ。

 ヘリコプターを使用する官公庁にとって、新規メーカーからの購入は予算の節減に直結する訳だが、安物に手を出して失敗したという事になっても困るだろう。

 そこで、助成金は出す物の、あくまで民間が運用する、鷹巣クリニックのドクターヘリに目をつけたのだろう。成功ならそれで良し、失敗なら鷹巣クリニックがその結果を被るのだ。

 鷹巣側としても、テストケースを引き受ける事で単に経費が浮くばかりでなく、関連省庁とのパイプも出来ただろう。

 もし鷹巣氏に政治への色気があるなら、これは大きい。


「その、両側についている武器も、自衛隊の訓練用ですか?」


 それにしても、自衛隊にも貸し出しているとはいえ、武器をそのままにしておくという事はないと思うのだが…… 仮にもドクターヘリである。


「戦争映画撮影用のダミーですよ~ 理事長のお友達の~ 映画監督さんに頼まれて~」


 偽物という事で、まずは安心した。芸能界に顧客が多いだけあって、映画製作にも関わっているのか。


「話題造りですか?」

「それもありますけど~ 結構な出演料を頂けて~」


 税金だけでなく、映画にまで貸し出して費用を回収するのか。

 経営者としては筋金入りの様だが、そこまで徹底していると銭ゲバではないだろうかとも思えてくる。

 また、そんな人が何故、娘の結婚相手として僕に目をつけたのだろうかと不安になって来た。やはり、娘さんは”難あり”な人なのだろうか?


「大丈夫ですか~? 御気分が悪そうですけど~」

「い、いえ。トイレに行きたいなと……」


 不安が顔に出ていたらしく、僕の体調を気遣うパイロットに、僕は便意だと誤魔化した。


「もう少しで着きます~ どうしても漏らしちゃいそうなら、エチケット袋もありますよ~」

「もう少しなら我慢しますよ」

「恥ずかしくないですよ~ 職業柄~ ちんちんは見慣れてますから~」

「僕が恥ずかしいんです!」


 いきなりとんでもない事を言い出すパイロットに、僕は思わず声を荒げてしまった。

 パイロットが職業としてペニスを見慣れるとはどういう事だろうか?

 聞き返そうと一瞬思ったが、どんな答えが返って来るのか怖くて出来なかった。

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