第5話 正体

 銀河が寝床として借りていると部屋を訪れた榎戸は驚いた。

 室内はかつて流行った国民的アイドルのポスターやアニメのフィギュアが飾られていた。そこは中西家の二階の一室でかつては中西の息子が使用していた部屋だと。おそらく、署に通報してきた本人だろう。ごちゃごちゃとした室内とは対照的に銀河の私物は質素だった。銀河の荷物はリュックサックにすべておさまっているようで、袈裟だけが大事そうに吊るされていた。

 部屋に戻ってきた銀河は中西から借りた工具を手に鉄のプレートと格闘していた。

 このプレートが幽霊の正体となにか関係があるのだろうか。榎戸はどこかでそのプレートを見た覚えがあるような気がしたが、思いだせなかった。

「直りましたよ」プレートを閉め終えた銀河が榎戸に声をかける。

「なんなんだ。それは」

 榎戸の質問に笑みをこぼした銀河は、プレートを床の上に置いた。

 しかし、プレートにはなんの変化も起こらない。

「なにも起こらないじゃないか」

 責め立てる榎戸を無視して、銀河がプレートにそっと手を触れる。

 すると、プレートの上にシックないろのドレスを着た少女が現れた。

「いつも応援ありがとう。これからも応援よろしくね」

 背後にはいつか聞いた流行歌が流れている。

「なんだ、これは」

「ホログラムですよ」

 たしかにそれはホログラムだったが、いまと違い迷彩度も解像度も低く、とてもホログラムと呼べるしろものには感じられなかった。

「昔、ホログラムが登場した当時、アイドルのホログラムプレートが流行ったんですよ」

 榎戸が壁に貼られているポスターに視線を移す。そこには目の前で笑みを浮かべているアイドルの姿があった。

「おそらく、なんらかの原因で誤作動したホログラムを娘さんと勘違いしたのでしょう。人間、理解できないものは自分の見たいもの、信じたいものに誤解する傾向がありますからね」

 確かに、森下の年齢を考えると日常的にホログラムに触れたことはないだろう。まして、夜に離れたところでぼんやりと浮かぶホログラムを見たら、自分だって幽霊と勘違いするかもしれない。流れている流行歌からママとフレーズが何度か聞こえてくる。どうやら、これは母に向けたメッセージソングらしい。

 これが、森下の死んだ娘、陽子の正体か。それにしても、よくこの短時間でここまで突き止めた物だ。素直に関心した榎戸が踊っているアイドルに視線を奪われる。このアイドルは今頃なにをやっているのだろう。流行りとのは残酷なものだ。いっときはもてはやすくせに、用がなくなったら、途端に見向きもしなくなる。アイドル。偶像。この銀河も老人たちにとってはアイドルなのだろうか。

「榎戸さん」考え込んでいた榎戸に銀河が声をかける。「このこと、森下さんには黙っててもらえますか」

「え?」

「……森下さん、つい最近まで死ぬことに怯えてたんです。勘違いだったとはいえ、これが原因で心が安らかになったのであれば、このまま静かに送りだしてあげたいんです」

「長くないのか」榎戸がぶっきらぼうにたずねる。

「……ええ、おそらく」

 目の前で笑顔をふりまいていたアイドルが消えた。

「わかったよ」

「ありがとうございます」プレートを手に取った銀河はふたたび工具を手に取った。

「どうするんだ」

「もう一度ぐらい、娘さんに会わせてあげられないかなって」銀河が照れたように笑う。

 榎戸はため息とともに笑みをこぼした。「気をつけろよ。バレたらだいなしだからな」

「ええ。わかってます」

 そのとき、背後のドアが開いた。

「もう、ご飯の時間ですか?」

 銀河の言葉をききながら榎戸が振り返ると、そこには中西の姿があった。

 困惑した表情を浮かべていた中西が立ち尽くしていた。

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