第4話 鳴き声

「山田さん」

 物思いにふけっていた男は我に返ると、心のなかでつぶやいた。

 いまの私の名は山田要三(やまだようぞう)。目の前にいる男の名は徳永雅成(とくながまさなり)。ここら一体を取り仕切る有力者だ。権力者だ。山田はそう自分に言い聞かせると徳永に顔を向けた。

「はい」

 山田が徳永の呼び声にこたえると、出っ張った腹を撫でていた徳永は伸びた髭では隠せないほど下卑た笑みをうかべていた。山田がいらだちを抑えながら愛想笑いをうかべる。

 けさ、徳永の元へ巻物が運び込まれたという情報が山田の元に入った。その巻物は山田が長年追い求めていた情報が記載されているもので、なんとしてでも手に入れたい代物だった。否、手にいれる必要があった。徳永の懐にとび込もうと決意した山田は徳永の身辺を洗った。徳永は金と女に弱く、骨董品を集めることに異常なこだわりをしめしていた。典型的な成金の成れの果てだな。山田はそうあざ笑った。

 とある有名な職人が作った壷を買ってほしい。山田に壷を見せられた徳永はすぐに山田を部屋へとあげると、山田の持ってきた壷などお構いなしに古今東西から集めた品々を自慢し始めた。どうやら、この地へやってきたばかりの徳永は話し相手に飢えていたらしい。しかし、徳永が披露する品々は山田の目にもお粗末なものばかりだった。

 思った通りだ。徳永は壷を観る目など持っていない。なにせ、持ち込んだ壷が骨董品屋からタダ同然で買った価値のないものだと気づきもしなかったのだから。山田がそう思っていると、徳永が嬉しそうに皿を見せつけてきた。

「これは長州の風雲先生が作ったものなんですよ」

 徳永が皿を確認しながら思う。徳永はこの皿がいいから買っているのではない。この皿が周りに評価されているから買っているのだ。物の価値を自分で決められない人間。自分に自信がない男ほど装飾品や連れ回す女に価値を求める。徳永もその種の人間なのだろう。こいつは周りが認めているものならなんでもいいのだ。

「これは素晴らしいですね」徳永の言葉に大げさに反応しながら山田が差しだされた品々を手にとる。しかし、山田の視線は徳永が次々に見せびらかしてくる骨董品ではなく、巻物の隠し場所を求めて動き回っていた。人間は大事なものほど近くに置きたがる。巻物も寝室であるこの部屋に隠されている可能性が高い。

「あの絵画はもしかして南蛮渡来のものでは?」

 山田の視線の先には一枚の絵画があった。墨で描かれたものとは違う、ハイカラな色で彩られた野山が描かれた絵だった。この絵がある場所だけ部屋から浮いていた。

「さすがお目が高い。この絵を手にいれるためにわたしがどれだけ苦労したか……」

 自慢話を始めた徳永をしりめに山田が立ち上がる。

「是非、近くで見せて下さい」山田は絵を見るふりをしながら巻物が隠されている場所を探そうと思ったのだ。山田が絵に近づいていく。

 そのとき、空気が揺れた。

 山田が歩みをとめる。

「ど、どうしました?」山田のようすに気づいた徳永がたずねる。

 徳永の言葉に答えないまま山田は突然床を叩きつけた。

「ちょ、ちょっと」

 山田の行動にうろたえている徳永を無視して、山田が床を叩いていく。

 すると、入り口付近の床下からわずかながらもコトリと音が聞こえた。

 その音に気づいた徳永がおもむろに立ち上がり、慎重な足取りで壁にかけられている槍を手にとる。徳永も事情を察したらしい。この槍もほかに飾られている骨董品と同じようにただの飾り物だと思っていたが違ったようだ。敵に攻められたときのことを考え、備えていたらしい。

 物音がした場所まで歩みを進めた徳永が、勢いよく槍を床に突き刺す。

 室内に緊迫した空気が張りつめる。

 手応えを感じた徳永が山田に不安げな視線を送った。

 徳永の視線に頷いた山田が返事をすると、床下から弱々しい猫の鳴き声が聞こえてきた。

「なんだ、猫か。どこから迷いこんだんだ?」安堵した徳永は笑みを浮かべて山田を一瞥するも、山田の表情は固いままだった。

 猫の鳴き声なんて少し練習すれば誰でも真似できるのだから当然だ。

「あれ?」おそるおそる槍を抜きとった徳永が首をかしげる。槍に血がついていないのだ。手応えを感じていた徳永は怪訝に思いながらも槍の作りあげた床穴を覗き込む。

「お、おい!」山田が徳永を止めようとしたとき、床穴を覗いている徳永の後頭部から真っ赤な刃物が飛びでてきた。

 穴から突き刺された小刀が徳永の眼球を貫いて後頭部から姿を現したのだ。

 徳永の命が声にならないうめきをあげながら消えていく……。 

 小刀にこびりついた徳永の血が流れ落ちていくのを無表情で見つめていた山田が舌打ちをした。どうやら巻物を狙っているのは自分だけではないらしい。

 小刀が引き抜かれていくのをしりめに、山田が掛け軸の元へ歩みを進める。自分が突き刺されぬよう用心に用心を重ねた。

 徳永が槍を手にとる寸前、一瞬だけ徳永の視線が掛け軸の方へ動いたのを山田は見逃さなかったのだ。人間、自分の視線にはなかなか嘘をつけないものだ。巻物は掛け軸に隠されているのだろう。そう思いながら山田が掛け軸の裏に手をのばすと、何かが触れる感触がした。


 鳥肌が沸き上がった。

 木の上で家主の部屋へ侵入するタイミングを見はからっていた雷蔵があたりを伺う。ひどく胸騒ぎがする。佐助に何かがあったのだ。

 こんなことは初めてだ。いままで佐助と組んだ任務はすべてが順調だった。だいたいが今回のように任務を果たしている佐助を雷蔵が見張るというかたちだったが、いつも怖いくらいに何もかもが順調に進み、雷蔵は佐助の活躍に圧巻するばかりだった。

 しかし、いまは違う。うまく言葉にならないが、不吉な予感がするのだ。

 視線を感じた。

 雷蔵が振り返ると、木の枝に止まったカラスが雷蔵を見つめていた。

 夜にカラスなんて珍しい。そう思いながら雷蔵が視線をあげると、いつにもまして月が怪しく輝いていた。

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