第3話 奉公所
月に雷蔵の姿が重なった。
雷蔵が佐助の後を追って奉公所の塀に飛び上がったのだ。
人里離れた山奥に突如現れた二階建ての奉公所はあきらかに周りの雑木林から浮いていた。まして、人の住んでいないここら一体には奉公所など不要のものと思われた。おそらく、奉公所としての用はなしておらず、役人たちの密会所として活用されているのだろう。
奉公所の周りは守兵たちが厳重に見張りをしていたが、頭上を気にするものは誰もいないようだった。このようすなら侵入するのも簡単そうだ。雷蔵がそう思いながらあたりを伺う。庭には犬が放たれ、屋敷の窓からは外を監視する守兵の姿がちらほらと見えた。
作戦はだいたい決まっている。佐助が家主の気を引き、雷蔵が自慢の俊足で巻物を奪うのだ。どうやって忍び込むのか雷蔵がたずねようとしたとき、佐助が庭へと飛び降りた。
「お、おい!」あわてて佐助を追って飛び降りた雷蔵が懐から小石大の焼飯を取りだす。この焼飯には犬殺し薬と呼ばれる馬銭子(まちんし)が混ぜられており、これを食べた犬は麻痺し、やがて死にいたるのだ。馬銭子の配合は難しく、微量でも苦みがきついのですぐに毒と気づかれてしまう。使用するには、苦みにばれないよう配分する長年の勘が必要だ。また、微量の馬銭子を胃薬として使用することもある。雷蔵も毒草の耐性をつけようと、毒草を食したとき、思いのほか体にしびれをきたしたことがあった。雷蔵は体のしびれを治そうと馬銭子を服用したが、そのときに配分を間違えて死にかけてしまった。それ以来、雷蔵は自分で口にするのはやめることにしたのだが、こういうときのため常に持ち歩いているのだ。
何も言わずに駆けだしやがって。雷蔵が焼飯をまきながら佐助の元にたどり着くと、佐助は軒下に忍び込もうと苦無(くない)で土を掘りかえしていた。軒下に侵入されるのを塞ぐため、忍び返しが設置されているときに穴を掘ってその下をくぐりぬける術、穴蜘蛛地蜘蛛(あなぐもじぐも)だ。この術には欠点が一つだけある。それは掘りおこした土の後処理だ。掘り返された土をみた雷蔵がため息をつく。これさえなきゃ、いい術なんだがな。
雷蔵が掘られた土を近くの草むらへ隠し始めて数十分が経った頃、佐助の姿が消えていることに気づいた。無事、軒下へと潜り込んだのだろう。今度は自分が屋敷へと侵入する番だ。そう思った雷蔵が視線を庭先へ向けると、焼飯を食べた犬が転がっていた。やれやれ、少しは休めると思ったのに犬を隠すのが先か。
雷蔵はため息をつきながら犬に向かって歩き始めた。
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