313区 【北原 久美子】

【北原 久美子】 きたはら くみこ

★初登場回 3区★

誕生日:1月3日

身長:157センチ

血液型:B型

愛用シューズ:ナイキ


彼女の名前がまだ佐中久美子だったころ、彼女にとって長距離走の練習とは、監督の指示が絶対であり、我慢に我慢を重ね意地でもメニューを設定どおり完璧にこなすものであった。


また、レースでどんなにすごい記録を出そうとも、それは次へのステップにしかすぎず、どれだけの好記録も順位も喜ぶべきものではなかった。


それは決して楽しいと思えるものではなく、茨の道で棘に刺さりケガをしながらも止まることなく無心で前へと進んでいくようなものであった。


佐中久美子が本当に周囲の声や空気をものともせず、無心で進み続けていれば陸上を辞めることもなかったのであろう。だが、インターハイを1年生で制した後に、聞こえて来た周囲の雑音が彼女の張り詰めていた気持ちを一瞬で砕いてしまったのである。


あれだけきつい思いをした結果、周囲から嫉妬と妬みを受け、弾き出されてしまうなんて、あまりにも割に合わないと感じてしまったのだ。


ふと立ち止まり、自分の今までの人生を振り返った時、「無駄以外の何物でもない」と思い、彼女の持ち前の行動力が負の方向に動いてしまった結果、あっさりと陸上も学校も辞めてしまったのだ。


佐中久美子の家は母子家庭であったが、彼女は特待生として高校に入り、陸上部は全員が専用の寮で生活し、陸上強豪校のおかげでOBOG会から多額の寄付金があり、スポーツメーカーからも色々と物品がもらえ、陸上部に入っている間は親へ負担をかけることはなかった。


しかしながら、学校ごと辞めてしまい肩身も狭く、せめて自分の食費代を稼ごうと佐中久美子はアルバイトを始める。最初は純粋に学校を辞めた負い目もあり、母親へ金銭面で負担をかけたくないと思い始めたアルバイトであったが、体を動かしていれば、陸上のことを考えなくて良いと言うことに気付き、どんどんとアルバイトのシフトや数を増やしていく。


無駄以外の何物でもないと悟り、走ることを辞めたはずなのに、走ることへの未練が亡霊のように自分に張り付いていることに気付いていたが、必死にそれを見ないようにしていた。


彼女が作中で使っていたPCを買ってみたのもこのころである


もちろん多少なりと興味があったのも事実だが、運動とは対極にあるものに打ち込むことで、そのことを忘れようとしたのも事実である。


そんな中、母親の再婚等があり、新しい家族で桂水市へと引っ越してくる。


自分を知っている人間が誰もいない場所へ来たことと、名字が佐中から北原に代わったことで生まれ変わったような気分になった北原久美子はもう一度高校生に戻ろうと決意をする。


アルバイト三昧で勉強なんて皆無だったうえに、元々陸上推薦で以前の高校にも入っており、数年間ろくに勉強していなかったせいで随分と苦労したが、それでも桂水高校に受かることが出来たのは、陸上で培った集中力のおかげであろう。


ただ、そのせいで疲れが一気に出てしまい、体調不良を起こして大和葵の実家の病院へと行くこととなる。


その時、診察をした大和葵の母親が、明かに運動経験者と分かる北原久美子に、世間話で気を紛らわせる意味も込めて話しかけたことが彼女の新しい人生の扉を開けたのである。


冷静に考えれば当たり前のことだが、自分の全く知らない土地の全く知らない人間(大和葵)が自分と同じ長距離をしていると言うことに、妙な興味が沸き、北原久美子はなんとしてでも会ってみたいと思ったのである。本当は、各クラスをしらみつぶしに探すくらいの覚悟でいたが、入学式であっさりと大和葵を見つけてしまう。


そして、大和葵が陸上部に入部希望であることを知ると同時に、桂水高校の陸上部が休部中であることも知らされる。


そのことを知ると同時に、なんの躊躇もなく「うちらの手で一から作るかぁ」と言う大和葵に北原久美子は唖然としてしまう。


正直、北原久美子は大和葵と週に一回でもジョグが出来ればそれでも良かったのだが、今さらそんなことも言い出せず、大和葵に協力することとなる。


それに、色々と思案し行動する中で、今まで当たり前にあった陸上部という器自体を作ると言うことも、なんだが悪くない気分だった。


そして、永野綾子の協力の元、陸上部(仮)が立ち上がった際、北原久美子は一人、永野綾子に呼ばれる。


そこで出された佐中久美子が写っている陸上雑誌を見た時に、北原久美子が思ったことは、またあの厳しくひたすら耐えるだけの練習をさせられるであろうと言うこと、だがあの時と違い、大和葵は自分がどんな記録を出しても味方でいてくれそうな気がしたこと、それならまたあんな練習にも耐えれるかなということ、これで大和葵にも裏切られたら自分は本当に陸上には未練がなくなるんだろうなということであった。


一瞬でそんなことを考え、雑誌から視線をあげ、覚悟を決めて永野綾子を見た時に、彼女が発した一言に北原久美子は唖然とする。


「お前、このころ生きてて楽しかったのか? この写真一枚見るだけで、全くそう思えないってのが凄いよな」

最初、自分が何を言われているのかが全く出来なかった北原久美子に、永野綾子は追い打ちをかけるように「問題です。以下の問いに自分の言葉で答えてください。今日の練習は、1000mのインターバルをリカバリー200mジョグで3本やります。あなたは、それぞれの本数時、何を目標として走りますか? その理由もきちんと筋道立てて説明してください」と真顔で喋る。


あっけにとられる北原久美子に、永野綾子は「ほら、答えろよ」と回答をせかす。

「いや、そんなのきちんと指示してもらえないと走れないと思います」

と答える北原久美子に、永野綾子は苦笑いをする。


「北原にブランクがあったのは、私にとっても。北原にとっても幸いだったな。北原、今までの陸上人生はすべて忘れろ。栄光も、努力も、失敗もすべてだ。お前が経験したことは、今日私の前に立つことに大いに役立ってくれた。だが、これからの人生には何の役にも立たない。その代わり、私が走ることの本当の意味と楽しさを教えてやるよ。はっきり言っといてやる。私はお前が3000mで10分かかろうが、12分かかろうがそんなことはどうでもいい。ましてや8分台? そんなの知るか。第一、お前が今、大和葵に付き添っているのも、走ることへの未練がそうさせているんだろう。断言してやる、お前は未練があっても走ることに対しては燃え尽きてるし、残念ながら、もうその思いが再燃することもない。過去の練習を思い出したら、心当たりがあるんじゃないか。さっきの発言で確信したんだが、今まですべて監督の指示で動いてたんだろ。そりゃ、燃え尽きるわな。これからは走る楽しさだけで記録が伸びることを教えてやるさ。それに走ることを楽しむ才能なら、一緒にいる大和葵の方がお前より数段上だぞ。彼女からしっかり走る楽しさを学べ。もちろん、私も全力で教えてやる」


突然、自分に対してずけずけ喋りだす永野綾子に、北原久美子はあっけにとられるが、不思議と嫌ではなかったし、むしろこの人は信頼できるとさえ思っていた。


「それはそうと、北原。お前どうするんだ?」


急な質問に北原久美子が首をかしげると、永野綾子は「3年間、大和葵と共に走っていたら、いつかは真実を伝えないとならないだろ……。明らかにあいつ、お前の本当の年齢も知らなさそうだし、いつかは年齢制限で高体連の大会に出られなくなることなんて、頭の片隅にすらなさそうだぞ」と真面目な顔をして返してきた。


それに対して北原久美子は「時期が来たら自分の言葉で伝えたいです。今言われた言葉を借りるなら、きっとそれも自分の今後の人生に必要なことそうですから」と少しだけ笑って答える。


その後の北原久美子にとっては、大和葵との毎日が新たな発見の連続であり、澤野聖香達が入り正式な部となると、過去に自分が経験した部活との違いに驚きを隠せなかった。


でも、その反面、記録は今の方がダントツで遅いし、やはり永野綾子に言われたとおりやる気が再燃する気配すらないが、それでも過去の何十倍も走るのが楽しいということであった。


そして、彼女が自分自身のことで発見した大きなことは、自分はダメ人間に分類される異性が好きかもしれないと言うことだった。


あの大雪の日に湯川家で湯川麻子の兄を見た瞬間、頭のなかで2つの警報が鳴っていた。1つは、これは二度とないチャンスだと知らせる警報。


そしてもう1つは明らかにダメ人間そうだから辞めておけと言う危険察知の警報である。


その後の北原久美子の人生を考えると、この時発揮された彼女の持ち前の行動力は正の方向に動いたと言えるだろう。


だが、部活の後輩の兄、それも出会ったその場で自分の番号を教えるという自分の行動力に、その日の夜、自分は何をやっているんだろうと、冷静になってちょっと恥ずかしくなったが、もう後には引けないと腹をくくる。


ただ、湯川麻子の兄、湯川翔太のダメっぷりにはしばしば手を焼かされる。


それでも、それを支える自分に幸せを感じているのも事実であり、だからこそ悩んでしまうのも事実であった。


なお、桂水高校での陸上があまりにも楽しかったことが、逆に桂水から転校したのち彼女が二度と走らなかったことの理由である。


「人生で一番、走ることを楽しいと思えた。だから、その楽しいって思い出を綺麗なままとっておきたい」

北原久美子と大和葵が高校3年生の夏合宿。北原久美子が木陰でアイスを食べていた日の夜、2人で散歩中に、走ることを辞めた理由を大和葵が尋ねると、北原久美子はそう返したのである。

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