265区 嵐の前の日常

藍葉との対戦から一週間後。

夜に勉強をしていると携帯が鳴る。

倉安さんからだ。


「はい、もしもし」

「せいちゃん! おはよう」

なんと電話の相手は椎菜ちゃんだった。


「こら、椎菜。こんばんはでしょ。言ってごらん。こんばんは」

「嫌!」

後ろから倉安さんの声も聞こえて来る。


「椎菜、電話貸して」

「嫌!」

「こら、椎菜、電話貸しなさい」

「嫌~~!」

携帯の向こうでドタドタと走る音が聞こえ、「椎菜どこ行くの!」と声が響く。随分と電話の向こうはバタバタしているようだ。


しばらくして、ようやく倉安さんが電話に出る。


「ごめんなさいね。最近、電話が大好きで。聖香にかけるって言ったら、このありさまよ」

「いえいえ。大丈夫ですよ。てか椎菜ちゃん相変わらず元気ですね」

そのまましばらく倉安さんと雑談になる。


「って、いけない。今日電話したのは用事があったのよ。あのね聖香。駅伝もうすぐでしょ? 応援、どこに行けばいいのかな」

質問を受け、私は丁寧に説明をする。

倉安さんもすぐに分かってくれた。


「なるほどね。じゃぁ、金魚橋より少しだけ陸上競技場側に立ってるわね。てか、あれから調子はどう? 本番間に合いそう?」


「本当にギリギリですね。どうにか当日にはしっかり走れるかなと」

「そっか。安心した」

私の言葉に、倉安さんが安堵の声を出す。

その声は本当に晴美にそっくりで、まるで晴美が安心してくれた様な気分になる。


その後、また少しだけ雑談をして電話を切る。


ふと、携帯の画面に出た日付に眼が止まる。


駅伝まで、本当にあと少しとなっていた。


私達3年生にとって、今回が都大路に行ける最後のチャンス。

悔いだけは残したくない。


自分の持っている力をすべて出し切れるように頑張らなくては。

と思いつつ。また参考書に眼をやる。

ここが受験生の辛いところだ。


ふと、藍葉が前に話していたを思い出す。

えいりんも私と同じ大学に行くために、必死で勉強をしているのだろうか。

さすがにこれで私だけが落ちたら、笑うに笑えない。


そうならないためにも、日々勉強を頑張らなければ。


ただ、晴美が亡くなって以来、えいりんとは一度もメールをしていない。

その理由も藍葉からこっそりと教えてもらった。


理屈は分かるがちょっと寂しい気がする。駅伝が終わったら、一番にメールをしてみようと思い、よく考えたら同じアンカーを走るのだから、終わって話せば良いということに気付く。


「でも、勝敗がついた後で、のんきに2人で話せるかな? やっぱり、その日の夜にメールが一番かも」

さらに熟考をした結果、私の中ではそう言う結論に達した。

 



それから数日後。

ついに、私にとって最後の高校駅伝の日がやって来た。

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