266区 晴美への約束
高校駅伝前日。
今日は会場へと向かい、開会式となっている。
荷物は昨日のうちにまとめてある。
朝御飯を食べて身支度をすると、私は早めに家を出る。
集合前に行きたい場所があったのだ。
そのために1時間早く目覚ましをセットしておいた。
自転車を漕ぎ、小高い丘を登って行く。
無理に脚を使って明日に響いてもいけないので、途中からは自転車を押して行く。
目的の場所に着くと、前回同様、眺めは抜群によかった。
そう。
出発前に私は晴美に会いに来たのだ。
「晴美……。いよいよだよ。なんだか不思議なんだよね。この駅伝のために頑張って来たはずなのにさ、いざそれを迎えたら、来なければ良いのにって思ってしまう。って、今から弱気になっても仕方ないよね。あれから私、頑張って練習したんだよ。何度も地獄を見てさ、走りながら泣きそうになったこともあったし。でも、どうにか走力も戻って来たよ。しっかり走って来るから見ててね。次に来る時は、良い報告も一緒に持って来るね」
お墓の前で手を合わせ、報告を終えると、また自転車に乗り学校へ向かう。
私が学校に着くと、珍しく永野先生と由香里さんが来ていた。
普段の試合だと、わりと時間ぎりぎりでやって来るイメージがあったので、正直驚いた。
それを訪ねてみると、
「まぁ、綾子が朝寝坊をしたか、してないかの違いだけね」
と由香里さんは笑ていた。
さらに珍しいと思ったのは、梓が集合時間ぎりぎりでやって来たことだ。
いつもなら、梓はかなり余裕を持って早めに来るだけに、なんとも意外な気がした。
全員が揃うと、永野先生と由香里さんの車に別れて開会式の会場へと向かう。
私、紘子、朋恵の3人が永野先生の車へと乗り込んだ。
「今年はかなり僅差になりそうな雰囲気だな」
会場へと向かう途中で、永野先生が何気なくつぶやく。
「やっぱりそう思いますか?」
「まあな。城華大附属はあくまで私の予想に基づくオーダーだが、どの区間も5秒差以内の争いになりそうだな。全区間でうちが5秒勝てれば25秒差で勝てるし、逆もあり得る。それでも差は30秒以内だ。実際はもっと僅差になると思うぞ」
私が聞くと、永野先生は冷静に答えてくれた。
「安心してください。自分が1区で慶に勝って流れを作ってみせますし」
後ろの席に座っていた紘子が、元気よく宣言する。
そう言えば、前の高校選手権の時にも、紘子は同じようなことを口にしていた。何か秘策があるのだろうか。
「じゃぁ、私はその紘子を必死で応援しようかな。ちょうど5区のスタート地点が、1区のラスト1キロだしね」
「分かりました。じゃぁ自分も聖香さんがゴールテープを切る所、間近で見てますね。1区はゴールに間に合いますし」
紘子が笑顔で私に返して来る。
さらりと、優勝前提の約束をされた気がしたが、最初からそれが目標なので特に問題はない。
その後も色々な話をしていると、あっと言う間に開会式が行われる体育館へと到着した。
由香里さんの車に乗っていた他のメンバーと合流し、体育館へと入る。
と、目の前に城華大附属のメンバーが集まっているのを見つける。
えいりんが真っ先に私に気付き、こちらに向かって来る。
「当然、アンカーだよね」
「もちろん。えいりんのお望みどおりにね」
「だったら問題なし。良い勝負をしましょう」
冷たい声で言い放ち、えいりんは回れ右をして帰って行く。
相変わらずよそよそしい態度だ。
紘子と住吉慶もお互いに一言だけ、
「今度こそ負けないし」
「こっちも負ける気はないよ」
と短い言葉を交わしていた。
貴島祐梨は紗耶の顔を見つけると、真っ先に駆け寄って来た。
きっと紗耶のことが心配だったのだろう。
「なんだか威圧感がすごいですね」
見ると梓は少しだけ震えていた。
「こら、戦う前から負けを認めないの」
私は梓の頭を軽く叩く。
「違いますよ。ただ凄いなって思っただけです。ここまで来たら、やるべきことは決まってるんですから。それに葵姉のためにも、うちは一歩も引けません」
「そう思ってるなら良いけど」
私は梓に言葉を返しながらも、藍葉を眼で探していた。
だが、どれだけ探しても藍葉の姿は見つからなかった。
えいりんに聞こうとした時、場内放送で整列をするように指示が出る。
桂水高校のメンバーも、城華大附属のメンバーも、それを聞いて移動し始めたので聞きそびれてしまった。
一番後ろに整列した私は、駅伝部全員が「桂水」と背中に書かれたお揃いの青いベンチコートを着ている姿を目にする。
眼に映るその「桂水」の文字は、不思議と私に力を与えてくれるような気がした。
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