262区 静かに確実に進む日常
私達が新キャプテンを決めた三日後、紘子達が修学旅行へと出かける。
驚いたのはその行先だ。
「え? あんた達そろいもそろって京都へ行くの?」
紘子と朋恵、アリスから行先を聞き、私達3年生は驚きを隠せなかった。
昨年私達は都大路出場と共に京都へ行きたいと、真っ先に候補から外したからだ。
別に部としての方針と言うわけではないが、てっきり紘子達も似たような考えを持っているだろうと思っていた。
だが、その理由を聞き、私達はさらに驚かされる。
「わたし達3人で決めたんです。都大路に出た時に、少しでも落ち着いてレースを出来るように、下見をしてこようって」
「だから自由研修の時も都大路のコースを回って色々調べてきます。もちろん、先生方にも許可をもらいましたし」
「あと、京都市内をみんなで移動する時もコース上を通るみたいなので、しっかりと見てきます。アリス的には生八つ橋と和菓子も興味津々ですが」
なるほど。
そう言う考え方もあるのか。
なんとも頼もしい後輩だ。
そんな頼もしい後輩達は、約束どおり数日後には膨大な資料を抱えて部室に帰って来た。
レンタル自転車でコースを回って写真を撮り、高低差や風の吹き方をメモし、さらには西京極陸上競技場にまで立ち寄って色々調べていた。
その真剣さは、帰りの新幹線の中でも話し合いを重ね、お土産を置き忘れて帰るほどに熱が籠っていた。
せめてもの救いは永野先生用のお土産だけは朋恵がバックに入れていたことか……。
「ともえがいなかったら、アリスは今頃瀬戸内海に沈んでました」
「寿命が本気で3年は縮まりましたし」
アリスと紘子が私達のお土産を忘れたことを謝った後で、苦笑いしながら説明してくれた。
ちなみに、山口で買うという最終手段も思いついたそうだが、昨年、明彩大の合宿から帰ってきた私がどうなったかを見ているので躊躇したそうだ。
いや、別に永野先生じゃないんだから、あんなことはしないのだが。
紘子達が帰って来た次の日、今年の駅伝のメンバー発表が行われる。
「今年はセオリー重視で、きっちりとまとめた」
発表前に永野先生は私達にそう言い聞かせる。
「1区若宮。2区湯川。3区ブレロ。4区大和妹。5区澤野。補員に那須川と藤木」
正式に発表されると身が引きしまる思いがする。
私だけに日々課せられる、地獄の……。いや、永野先生の愛情がたっぷり詰まったメニューのおかげで、体力も随分と回復して来た。
まぁ、実戦を経験していないので、あくまで予想でしかないのだが。
ふと紗耶を見ると、とても悲しそうな顔をしていた。
よく考えたら、私が正式に5区を任されたように、紗耶も正式にメンバーから外れることが決まったのだ。
色々と複雑な思いがあるのだろう。
その顔を見ると、都大路出場を勝ち取って紗耶にチャンスをあげたいと言う思いが込み上げて来る。
メンバー発表があった後、最初にまほさんのところを訪れた時のことだった。
「まほさん、ひとつ聞いていいですか?」
「はい、何でしょう澤野様」
まほさんが針を打ってくれた後、しばらくそのままの状態で待っている時に、まほさんと喋るのがすでに日常となっていた。
「あの、紗耶の状態ってどうなんですか? 体の面はもちろん。精神的な面も含めて」
腰を故障した紗耶は、永野先生の紹介で、私と同じくまほさんのところへ通っている。
通っているのは知っているのだが、当然まほさんのところで出会うこともなく、紗耶からまほさんのことについて、喋ってくることもなかった。
だからこそ、気になっていたのだ。
特に、メンバー発表の時に、紗耶の悲しそうな顔を見たら余計に……。
「藤木様は、澤野様になにか申されていますか?」
まほさんの質問に、私は「いえ。紗耶からはなにも……」と答える。
その一言を聞いて、まほさんは「そうですか……」と呟く。
「申しわけございません、澤野様。藤木様が、話されていないのなら、私から藤木様のことをお話することはできません。たとえそれが同じチームの仲間同士だとしても……。もちろん、私も藤木様とは色々なお話をさせていただいております。でも、だからこそ、私の口から澤野様にその内容を語ることはできません。それに、それは澤野様が藤木様に直接お聞きになるべきだと思います。それこそ、同じチームの仲間なのですから」
まほさんにしては、随分と強い言葉で私に語りかけてくる。
その声を聞いた時、まほさんの言うとおりだと思った。
それに、なんだか紗耶に聞いても、笑顔ではぐらかされる気がした。
紗耶が自分から私に話してくれるまで、静かに待った方が良いのだろうと私は思った。
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