261区 次世代へ

紗耶が学校にやって来たのは、県高校選手権が終わって一週間も経ってからだった。


紗耶が登校して来た日の昼休み、駅伝部の3年生3人は屋上へと来ていた。


「ごめんねぇ、2人とも。随分迷惑かけちゃったんだよぉ~。ごめん。本当に……」

出だしは明るくいつもの紗耶だったが、すぐに顔が曇ってしまう。


「もうそのことは気にしなくて良いわよ。あなたはまず治療に専念して。大丈夫、絶対に都大路に行って見せるから。そしたら紗耶にも走れるチャンスが回って来るかも知れないでしょ?」

麻子の言葉に、紗耶は顔を上げて苦笑いをする。


「ありがとう、あさちゃん。本音を言うと、県駅伝は絶対に間に合わないって、自分でも分かってるんだよぉ……。今、歩くのがやっとの状態だしね……。でも、都大路には間に合うよう、リハビリを頑張ってみるつもり。あと、リハビリがない日はマネージャーをやるから。わたしも駅伝部の一員として、出来ることをしっかりとやって行くんだよぉ~」


紗耶は泣きそうな顔をしていたが、泣くのをぐっと耐えて話してくれた。


私と麻子も、そんな紗耶に「分かった」「一緒に頑張ろう」と優しく声を掛ける。


その直後に屋上を秋風が吹く抜けて行く。

風に吹かれながら、ふと私は空を見上げる。

ここに来た時には多少あった雲もすっかりなくなり、快晴になっていた。


まるで今の私達を見て、「これでもう大丈夫。あとは駅伝までしっかり練習するだけかな」と晴美が微笑んでいるような気がした。


次の日の昼休み。

今度は紗耶の教室に私達3年生3人が集まっていた。


「さて、決め方はあたし達に任せると昨日永野先生が言ってくれたので、投票にすることにしました」

麻子が説明をしながら、私と紗耶に小さなメモ用紙を渡して来る。


「なんだか変な感じなんだよぉ~。わたし達が次期キャプテンを決める立場にいるってのが」

「確かにそうね。もう気が付けば3年生の10月。なんだか、あっと言う間ね」

紗耶と私のしみじみとした会話に、麻子が苦笑いをしていた。


「いや、どこまでお気楽なのよ、あなた達は。もう受験も差し迫って来てるし、駅伝だってあと一ヶ月もないのよ」

「あさちゃん、もうちょっと肩の力を抜きなよぉ~。そんなんじゃ、本番で緊張して……あ、シャーペンが落ちた」

「こら、紗耶。落ちたとか言わないでよ! 縁起が悪い」

麻子の一言を聞き、私は思った。

もしかしたら麻子は、駅伝よりも受験の方が気になっているのかもしれない。


「さあ、気を取り直して行くわよ。やり方は簡単。紘子、朋恵、アリスの3人のうち、次期キャプテンに相応しいと思う人の名前を、各自が紙に書く。多数決で決めるけど、もしも票が3人ともバラバラなら、永野先生と由香里さんを入れて再選。いいわね?」


私と紗耶が頷き、それぞれ紙に名前を書き始める。

私は最初から誰を書くか決めていた。


「じゃぁいい?」

麻子の掛け声に私と紗耶が頷き、3人が一斉に机の上に紙を出す。


「あれ?」

「うそぉ~」

「あら」

 

驚いたことに、なんと3人とも同じ人物の名前を書いていたのだ。


那須川朋恵。


まさかの満場一致で、次期キャプテンは朋恵に決まる。


「正直、朋恵を推すのはあたしだけかと思ってた」

「わたしもだよぉ~。みんなが同じ意見でビックリしたんだよぉ~」

「まぁ、入部してからの努力を見てればね。それに朋恵は、紘子やアリスにもしっかり意見がいえるし」


私達はお互いの顔を見て笑い出してしまう。

なんだかんだで、みんな部内のことをよく見ているんだと気付いたからだ。


「まぁ、このことはくれぐれも内密に。発表は県駅伝が終わったあとにするから。ちなみに、都大路に出るとしても県駅伝が終わったらみんなに発表しようと思うんだけど? それでいいかしら?」

麻子の質問に、私も紗耶も特に反対はなかった。


「でもぉ、ともちゃんのことだがら、『え? ひろこちゃんじゃないんですか? わ…わたしはは部内で一番脚が遅いんですよ』とか言いそうなんだよぉ~」


「うわ、言いそう。てか、紗耶って随分と朋恵の真似が上手いのね」

驚く麻子に、紗耶がニヤッと笑う。


「そうかなぁ。『だいたい、あんた達が普段からしっかりと後輩を見てないからでしょ。あたしなんて、ちょっと見たらこれくらい簡単に出来るわよ。でも、学力がちょっと残念だから、その辺は考慮しといてよね』ってのも出来たりするんだよぉ~」


紗耶の物まねに私は声を上げて笑ってしまう。

今のはあきらかに麻子の真似だ。


どうやら麻子自身、それに気付いているらしく、肩を震わせていた。


「どういうつもりよ紗耶。なんであたしが、そんな馬鹿キャラになってるわけ!」

麻子が不満そうに紗耶を睨む。


「いや。わりといつも、ああ言う感じだと思うけど?」

私が感想を漏らすと、麻子に頭を叩かれてしまった。

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