254区 朋恵、800mを頑張る

800mのタイム決勝は全部で5組あった。


朋恵はその4組目だ。

ちなみに6レーンからのスタートとなっていた。


スタートと同時に朋恵は元気よく飛び出す。


「朋恵にしては、随分と積極的に行くじゃない」

「うん。行きの車で、何も考えずに最初から飛び出した方が良いってアドバイスしたから」

麻子の疑問に答えると、なぜかため息をつかれてしまった。


「そりゃ、普通の人にはそれで良いかも知れないけど、朋恵の場合は前半抑えた方が良かったんじゃないの」


「甘いわよ、麻子。中距離種目において……。あ、ほら見て朋恵いい感じ」

話を途中で打ち切り、トラックを見るように手で麻子に催促する。


朋恵は100mほど走り6レーンからインコースへと入って行くところだった。

なんとこの時点で2位を走っていた。前半から良い滑り出した。


「てか、アリスが知る限りですけど、ともえ随分とスピードが付いた気がします」


「まぁ確かに。朋恵の3000mベストが今や10分15秒。スピードも付いて当然よね。部内で一番遅いとはいえ、学校によっては十分レギュラークラスだもの」

麻子の説明はもっともだ。


と、突然永野先生が吹き出した。


「湯川、知ってるか? 那須川、前回の定期テスト、普通科学年6位だぞ。大和妹はまぁ規格外として、勉強なら部内でもエリートだからな。多分、那須川も思ってるだろうな。湯川さん、部内だと一番頭が悪いけど、それは桂水高校が進学校だからであって、他の高校なら……って」


「失礼な! 朋恵は絶対にそんなこと言いません。それに、なんで例えがあたし……。あれ? あたしより成績が下の人が、見当たらない気がする。そもそも、なんで聖香があたしより成績良いのよ。こう言うのは聖香の役目でしょ」


「DNSを、『英語が苦手だから分からない』とか言う人には言われたくないわよ」

私の意見にみんなが大笑いする。


麻子も思うところがあったのだろう。何も言い返せずにいた。


バカなやり取りをする間に先頭が1周して来る。

朋恵は2位のまま力走していた。

表情こそきつそうだが、フォームはしっかりと安定しており、見ていて安心できる走りだ。


私達は大声で朋恵を応援する。


その途中でラスト1周を告げる鐘の音が鳴るが、その鐘の音に負けないくらいの声を出す。


残り300mの所で朋恵は一度3位に落ちる。


しかしラスト200mでもう一度2位へと上がり、必死に走り抜いてそのまま2位でゴールした。


続けて行われた最終組5組目は、私が棄権したため7名の出場だ。


「なんか不思議な光景よね」

麻子が言いたいことは分かる。

私自身も同じ気持ちだ。


800mタイム決勝最終組。基本的には一番速いメンバーが集まる組だが、そこに蛍光オレンジのユニホーム、つまりは城華大附属のメンバーが誰もいないのだ。


今回城華大附属は、3000mに住吉慶、工藤知恵、山崎藍葉。

1500mに貴島祐梨、1年生の三輪なずなと言う子がエントリーしているのみだった。


私が棄権し、城華大附属がいなければ、いや正直に言うと城華大附属がいたとしても、この時点で清木千夏の優勝は決まったようなものだった。


千夏はスタートと同時にものすごい加速を見せる。

100m走り、インコースに入る時にはすでに断トツでトップだった。


入りの400mを63秒で千夏が通過すると、スタンドから歓声が起こる。


「うわぁ……。千夏ってすごいね。歓声がこんなに」

ゴールの真上あたりに陣取っているので、そこから振り返るとスタンドがよく見えた。


と、なぜだか、みんなが私の方をじっと見ていた。


「せいちゃんが昨年の高校総体で清木さんと1500mで競り合った時は、今以上にすごい歓声だったんだよぉ~」


「そもそも澤野。お前が日本選手権の3000m障害に出場した時のラスト100mなんて、この何十倍もすごかったぞ」


紗耶と永野先生に立て続けに指摘される。


いや、そうは言われてもトラックを走っている本人からすると、なかなか声援は聞こえないものなのだ。ましてや、ラストスパートの時などは。


ちなみにレースは、先ほどの予告どおり、千夏は2位に大差を付けて圧勝してしまった。これには、さすがとしか言いようがない。


「優勝か……」

「どうしたの? 麻子?」

「いや、別に」


なにか思うところでもあったのだろうか。

麻子は千夏を見て少しだけ考え込んでいた。


それからしばらくすると朋恵が戻って来る。


「ともちゃん、すごいんだよぉ~。組で2位なんて」

「いえ……。さっき確認したら総合では11位でした。しかも同じ組の人が言ってましたが、今年は800mに強い選手がほとんど来てないそうですから」

紗耶が褒めると、朋恵は慌てて否定する。


「まったく那須川は。総体の時にも言っただろ。メンバーとかは関係ないんだよ。お前が頑張った結果が組2位なんだから。それに初めての800mでよく走ったじゃないか」


「もう無理です。わ……わたし、ここまで階段を登って来るのも必死でした。今800mを走っただけで脚が動かないんです。やっぱりわたしは距離が長い方が良いです」


「まぁ、そうだろうな。一応その確認のために、今回はわざと那須川を800mに出場させたんだ」

永野先生は笑って朋恵に事情を説明していたが、その横で朋恵は

「ひどいです……永野先生。わ……わたしの今までの参加種目が3000m、1500m、800mと、どんどん短くなっているんですけど。このまま行くと次は本当に400mになりそうで怖いんですが」

と、半泣きになりながら、必死になって永野先生に訴えていた。

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