253区 えいりんの態度

「久々ね、さわのん。もう大丈夫なの? あえてメールとか控えてたんだけど」

えいりんが何を言っているのか、私にはまったく分からなかった。


「私も桂水市出身なんですけど。当然、桂水高校にも友達はいるし、情報だって回って来るわよ。熊本で会ったことがあっただけに私も驚いたんですけど」

どうやら、えいりんは晴美が亡くなったことを知っているようだった。

私は「もう大丈夫よ」と返答する。


「今日は試合に出るの?」

えいりんの質問に私は首を振る。

藍葉に何か言われるかと思ったが、珍しく黙っていた。

と言うより、さっきから藍葉は一言も喋らない。


「そっか。私も出ないから、それはどうでもいいんですけど。時にさわのん。早く体力を戻して県駅伝の時は5区のスタート地点に立ってね。ちなみに、さわのんがしばらく部活に出てなかったことも、9月の上旬は学校を休んでいたことも、私には全部筒抜けだから。でも、県駅伝の時にきちんと戻って来てくれたら、それで良いわ。お願いだから、私の人生を無駄にするようなことだけはしないでね。でないと、わざわざ城華大附属に転校して来た意味がなくなるから」


いつもと違い、笑顔もなく冷たい声でえいりんが私に言い放つ。

さらには、そのまま黙って1人で歩いて行ってしまう始末。


久々に会ったえいりんは、ずいぶんと雰囲気が変わっていた。

なんと言うか親しみやすさがなくなった気がする。


「あの……。澤野聖香。ちょっといいかしら?」

逆に藍葉は大人しくなって、随分と親しみが出た気がする。

言ったら怒るだろうなと思い、さすがにそれは黙っておいた。


「市島瑛理のこと気にしなくていいわよ。今の態度わざとだから」

藍葉の一言に私は思わず「え?」と聞き返してしまう。


「市島瑛理が城華大附属に来た理由、当然知ってるわよね。憎ったらしいけど、澤野聖香、あなたと勝負するためよ。でね、あなたの友達が亡くなったんでしょ?」

藍葉の問いに、私は静かに頷く。


「市島瑛理が言ってたの。『今、さわのんに同情をしてしまったら、駅伝で同じ区間になった時、絶対に手を抜いてしまう』って。だから『駅伝が終わるまでは、さわのんとは親友ではなく、ただのライバルになる』って。まったく、あの子不器用よね。あなたと対戦したいからって、わざわざ転校までして来るし。その上近付かないようにしようとするし」


「いや、藍葉も随分と私と対戦したがってるじゃない」

私の言葉に、藍葉はこっちを睨んでくるが、すぐに表情を戻す。


「それと市島瑛理の肩を持つわけじゃないけど、あの子、あなたのことを本当に親友だと思っているからこそ、今はあんな態度なんだと思う。現に最近、市島瑛理ったら勉強をものすごく頑張ってるのよ。理由を聞いたら、『さわのんと同じ大学に行くって約束してるから』ですって。まったく……ただのライバルとか言いながら、その先はしっかりと親友でいるつもりなんだから。あ、私が喋ったって内緒よ。って多分あなた達は、駅伝が終わるまでは会話もないでしょうけど」


最後の方は苦笑いをしながら喋り、私の返事を待つことなく藍葉は立ち去ってしまった。


本当に、えいりんにも困ったもんだ。


ただ、えいりんが本気だと言うことはよく分かった。

これからの練習も、今まで以上に気合いを入れて頑張らないといけない。


トイレから帰ると、なぜかアリスの隣に千夏が座っていた。


「すごいわね聖香の学校! 金髪で青い目をした子がいるなんて! さっき聞いたら、高校総体の時もいたのね。あの時はまったく気付かなかった! 連れて帰っていい?」


「いや、千夏。あなた何をしに来たのよ。って、大体想像ついてるけど」

そう、プログラムを見た時に気付いていた。

800m最終組に千夏の名前があったことを。


ちなみに、なぜか1500mにはエントリーされていなかった。

どうやら800m一本に絞ったようだ。


「じゃぁ言わないわ! 今回こそ負けないわよって言いに来て、棄権するって聞いてビックリした! 色々大変だったみたいね。今あなたの後輩から聞いたわ。でも、元気そうな顔を見れて安心した。あたしが800mで圧勝する姿を見て、やる気を出してね! ってことでアップに行ってくる!」


そうだ。さっき朋恵がアップに行ったのだ。

千夏だって行かないと間に合わないだろうに。

もしかして、私が帰って来るのを待っていたのだろか。


千夏が帰った後で、私は永野先生の隣に座る。


「今、市島瑛理と山崎藍葉に会いました。私が走ってないことバレてましたよ。しかも、早く体力を戻して、全力で駅伝を戦いましょうって宣戦布告されました」


それを聞いて永野先生が笑いだす。


「本当にお前らって良い性格してるな。きっとあれだな。お前ら3人はこれから先、一生仲が良いんだろうな。ライバルなのに仲が良いってうらやましいな」

喋る永野先生の顔は随分とやさしい顔をしていた。

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