249区 ただいまケア中
まぁ、ここしばらくの地獄の日々を考えると、当然の結果かもしれない。
「さて、澤野様。それでは、打たさせていただきます。基本的には、痛い物ではありませんので、体の力を抜いて楽にしていただけますか?」
まほさんの問いかけに私が「はい」と返すと、まほさんが私の肩甲骨付近を指で触り、何かを見つけるように細かく動してくる。
「私が見た所、澤野様はとんでもなく脚が速いと分かりました。でも、部活の中で一番では、ないのですね。澤野様以上に凄い人って、私には想像すらつきません」
「え? 私の体を触って、なぜそんなことまで分かるのですか」
あまりの驚きに私は思わず聞き返してしまう。
それと同時に、まほさんが私から指を離す。
「はい、分かってしまうのです。私、魔法少女ですから」
まほさんが優しく笑いながら、私の体に針を打つ。
なるほど、確かに痛みはない。
予防注射みたいに、チクっとするかと思ったが、それすらなかった。
「まあ、せっかくなので種明かしをして差し上げましょう。澤野様の肩甲骨は柔軟性がしっかりとございます。しかしながら、今針を打った場所に、随分前からの疲労が溜まって、やや硬くなっています。それは、なぜか。澤野様が前にいる誰かに必死で喰らい付こうと、無意識に力んでおられるからです。ただ、奥にあるその疲労の上に、少し別の疲労も混じっています。疲労の仕方が違いますが、硬さが似ています。澤野様、最近は目標タイムを追いかけるような練習が多いのではないのですか?」
あ、これは魔法少女だ。
まほさんの説明を聞き、私は心の底から思った。
世の中には、こんなすごい人がいるのだと素直に感動してしまう。
その後も、まほさんは、様々な解説を入れながら針を打ってくれる。
私がトラックレースで勝負に出る時は、カーブを抜ける時にスピードを上げることや、登り坂を走るのが得意なことなども当ててしまった。
それとは別に、私は右の股関節が左よりも少し開いていることや、体幹がしっかりしている割に重心を若干後退させて走っているので、身体的能力的に出せるスピードを100%出しきれていないことも教えてくれた。
もちろん今後どのような体づくりや、フォームの改善をすれば良いかのアドバイスももらう。
こう言った側面から自分の走りを見つめ直すことなど、今まで一度もなかったので、驚きと発見の連続だった。
ちなみに、まほさんがあちこち打ってくれる針は、疲労の溜まり具合によっては痛みを伴うこともあり……、いや、正くいうなら、最初の一本のみ痛みがなかっただけで、その他は大なり小なりの痛みが伴っていた。
その度に私は、「あっ!」「うんっ!」「ああ~」「痛いっ」と声を上げてしまう。
でも、まほさんは全く容赦がなく、そんな私に対し、
「かなり、疲労が溜まってますからね」
と、笑って答え、何事も無かったように次の針を打って来た。
そう言えば、2年生の時の明彩大合宿で木本さんにマッサージをしてもらった時も、変な声が出てしまい笑われた。
もしかして、私はマッサージや針治療などを静かに受け入れない体なのだろうか。
「さて、澤野様。これで私が気になった個所にすべて針を打ち終わりました。このまましばらくおきますね。寒いでしょうから、毛布をお掛けします」
針がずれたりしないためだろう、まるでシャボン玉にでも触るかのように、そっと優しく、まほさんが私に毛布を掛けてくれる。
「時間が来たら起こしますので、このまま寝てしまってもよろしいですよ? それとも、私と何かお話でもしますか?」
まほさんが優しく私に問いかけてくる。
私以上に私の体のことを理解している、まほさん。
ただ、針を打ってくれる前のまほさんの言葉から、分かったことがある。
まほさんは、なぜ私がここまで無茶をしながら走っているのか理解していない。
それで困ることは何もない。
でも、私の心の奥底で、「それではダメ」と湧き上がる感情があった。
どうして、そう思うのか理由は分からない。
これこそ、魔法少女のなせる技なのだろうか……。
「まほさん。少し長くなりますが、私の話を聞いていただけますか」
そう前置きして、一度ゆっくりと息を吐くと、私は語り始めた。
私と晴美の出会い。
走ることを諦めようとしたこと。
駅伝部とその仲間との出会い。
そして、晴美との別れ。
どん底まで落ちた私の心と、這い上がって来たきっかけ。
晴美の待っている京都までいくための覚悟。
そのすべてを、まほさんに知ってほしいと思った。
夏にあれだけ泣いたのに……。
麻子、永野先生、倉安さんに頑張るって誓った時には泣かなかったのに……。
私は、まほさんに語りながら泣いていた。
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