250区 魔法少女の魔法効果
私が話している間、まほさんは静かに私の話を聞いてくれていた。
語り終わった後も、しばらく涙が止まらなかった。
まほさんは、そんな私を慰めるわけでもなく、そっと毛布を外し、針を抜いて行く。
その後、針を打つ前と同じように、私の体をマッサージしてくれる。
その手付きは優しく、私の体にではなく、心に響いてくる手付きだった。
「澤野様は、優しいお方ですね。永野先輩が、私のところに澤野様を連れて来させた理由が分かりました。自分で言うのもなんですが、私、この商売を大々的に宣伝してやってるわけじゃないんですよ。店の看板を出さないのも、古びた建物でやってるのもそのためです。建物自体は祖父が随分と昔に定食屋をやっていた物件なんですが。さらには、訪れた方の中でも、私のこの姿を見てすんなりと受け入れてくれる方のみを治療させていただいております。この姿、そう言う意味では、1割くらいは、わざとですね。なんと申しますか、相手の体を知り、歪んた部分を正常に治す作業は、予想以上に気力と体力を使ってしまうんです。私、全身全霊を注ぎ込まないと、相手の体のことも、治すためにどこに針や灸を打てばよいのかも分からないんですよ。いえ、これは私自身の能力の無さのせいかもしれませんが……。現に、これを生業として生きておられる方も多数いらっしゃいますし」
まほさんが、自虐的にクスッと笑う。
まほさんの笑い声を始めて聞いた気がした。
てか、まほさんの姿は9割本気でやっているのか……。
すべてが冗談だと思っていたのだが……。
「さて、澤野様。上半身の服を着られて、仰向けに寝ていただけますか」
まほさんの指示に従い、仰向けに寝ると、太ももと膝周り、すねの部分を先ほどと同じように優しい手付きでマッサージしてくれる。
「はい、澤野様終わりましたよ。これで、お体の状態はかなり良い感じになりました。ただ、一気に緩めてますので、今日はこの後、反動が来ると思います。それと、明日は一歩も走らないでください。そこは私と永野先輩の間で話がついていますので、大丈夫です。月曜日になれば、また元気に永野先輩と一緒に、地獄めぐりができますよ」
まほさんが、くすくすと笑いながら、私の太ももをぱんぱんと叩いてくれる。
きっと「終わりましたよ」という合図なのだろう。
てか、まほさんでも冗談を言われるんだと、しみじみと思ってしまう。
私はゆっくりと起き上がり、「ありがとうございました」とお礼を言う。
その後、まほさんに言われ、部屋から出てカウンターのあった場所まで行く。
「澤野様。お疲れ様でした。これ、お渡ししておきます」
まほさんが小さな紙を私に渡してくれる。
よく見るとこのお店の名刺だった。
「マジックガール まほ」
名刺には大きくその一言のみが書かれ、下に携帯番号が入っていた。
お店の名前も、本名も、何も書かれていない。
てか、マジックガールって、ただ魔法少女を言い換えただけなのでは……。
「澤野様。もし、これからも私のことが必要となれば、いつでもお電話ください。私が全力でお支えいたしますから。そのことは、永野先輩にもお伝えしておきます。それに、高校生活がが終わるまでは、お金をいただくこともいたしません。私から澤野様へのプレゼントです」
まほさんが私に微笑んでくれる。
薄暗い部屋だったのと、ベッドに寝ていたせいで、はっきりとまほさんの笑った姿を見たのがこれが初めてだったが、こんなにも素敵な笑顔で笑うのだと思ってしまった。
この笑顔は、本当に魔法少女だと錯覚してしまう。
まほさんに挨拶をして、店を出て駅へと向かう。
その異変は、歩き出して1分もすると現れた。
全身が、筋肉痛のような、痙攣のような、痛みに近い感覚に襲われる。
まほさんがさきほど説明してくれた反動がこれなのだろうか。
駅までの道のりを、よちよち歩きのようにゆっくりと歩き、駅の階段にいたっては、一段一段慎重に登って行く。
電車への乗り降りも、慎重に行わなければならず、階段の下りにいたっては、一歩降りては止まり、また一歩踏み出すの繰り返しだった。
家に帰っても、痛みは引かず、両親に随分と心配されてしまった。
ただ、寝て一晩経つと、痛みは引き、普通に動けるようになる。
そして月曜日。
私は羽が生えたように軽やかに走ることができた。
あまりの軽さに、自分自身が一番驚いてしまう。
もちろん、まほさんのことを信用していなかった訳ではない。
でも、ここまで軽く走ることができるなんて、思ってもみなかった。
夏のブランク以降、こんなにも楽しく走れたのは初めてだ。
一つ大きな問題は、私の走りを見た永野先生が「さすが、まほだ」と目を輝かせ、メニューを追加して来たことだ……。
あれ? 永野先生も『まほ』って呼ぶんだ。
もしかして、「この世界での仮の名前」と言っていたが、実は『まほ』は本名なのではないのだろうか。
私は、思わずそんなことを考えてしまった。
その後、永野先生の地獄のメニューはレベルアップする。
当然、私は何度かまほさんのところ通うことになった。
もちろん、私が通うのを考慮しての地獄のメニューなのだろうが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます