248区 流れ弾被弾する
「永野先輩は、澤野様に無茶をさせ過ぎです。もっと、長期的な計画に基づいて澤野様をお育てになるべきです。これではまるで、大急ぎで澤野様を無理矢理成長させよとしているとしか思えません。ただ、このタイミングで澤野様に私のことを紹介したのは、さすがとしか言い様がありませんが……。相変わらず、あの方は、長距離走における勘というか、先を予測する目というか、とにかくそう言った物に関しては、ずば抜けたものを持っておられます。そもそも、選手としてしての才能は一流、指導者としての才能は超一流というとんでもない方ですし。その分、性格と普段の行動にかなりの問題があって、人間のダメな方から数えて一桁順位に入るようなお方でもありますが……。そのせいで、男性と付き合っても、三ヶ月続いたことがありません。私が知ってるだけでも、お付き合いを始めて、体を許したら数日後に逃げられてしまったことが何度あったことか……。それはさておき、私が今日こうして出会えたから良いものの……。これが後5日遅かったら、澤野様の体は悲鳴を上げて壊れるところでした。指導者として超一流の永野先輩が、なぜそんな行き当たりばったりの行動をされるのか、私にはまったく理解できません。あの方がそういう行動をとられるのは、お金の使い方と男性とのお付き合いだけかと思っていたのですが……」
途中から独り言のように、まほさんが喋り続ける。
いや、独り言ということにしておかないといけないくらい、非常にまずい情報が含まれていたのは、絶対に気のせいではないはずだ。
そうだ。
私は何も聞いていない。
本当に今何も聞いていない。
と、うつ伏せで寝ているので直接まほさんを見ることが出来ないが、まほさんがハッと何かに気付いたように息をのんだのが分かった。
「って、分かりました。そうか、違うんだ。永野先輩は最初から私をあてにしてらしたんだ。だから、澤野様にここまで無茶をさせていたのです。無茶をさせて、澤野様の体が悲鳴を上げそうになっているから、私を紹介したのではありません。初めから私を紹介するつもりで、澤野様に無茶をさせていたのです。絶対にそうだわ。無茶をさせても、私がケアすれば、澤野様の体が壊れることなく、また無茶させられるとお考えになっていらっしゃるのです。あ~! 認めてくれるのは嬉しいことですが、これはこれで、嫌になっちゃう! そもそも、私が今日、澤野様をケアしたら、また永野先輩は澤野様に無茶をさせるのよ!。そして、また私のところに澤野様がやってくる。いくら陸上経験がない私でも、高校生の駅伝の大きな大会が11月にあることくらい分かるもん!」
まほさんは、自問自答をして、勝手に納得してしまっていた。
そして、大きな深呼吸をして、私の背中に優しく手を乗せて来る。
「申し訳ございません、澤野様。ちょっと、私、取り乱してしまいました」
私に話しかけてくるその声は、私の体を触り始める時のゆっくりと落ち着いた声だった。
「さて、澤野様。理由は分かりませんが、澤野様が随分と永野先輩に鍛えられているのは、お体を見させていただいて理解できました。さきほども申し上げましたとおり、澤野様の体は随分と無理が来ております。せっかくなので、私が澤野様のお体についてお話しながら、ケアをさせていただきます」
まほさんはそう言って私の側から離れる。
私の耳に準備をしている音が忙しく聞こえ、その音が止むと、まほさんがまた私の所へやって来た。
「さて、澤野様。今日は、疲労が溜まっている所に針を打たせていただきます。では、さっそく失礼します」
言い終わると同時に、まほさんが私に被せてあった毛布をそっと外す。
「まずは、針を打つ部分をアルコール消毒させていただきます。少し冷たいかもしれません」
アルコールを脱脂綿か何かに染み込ませているのだろう。
まほさんが私の体のあちこちを拭いてくれる。
両肩、肩甲骨周り、背骨付近、腰。
それから「失礼しますね」と、私のハーフパンツと下着を少し下げ、お尻の腰側と骨盤の側面付近も拭いてくれる。
皮膚についたアルコールが蒸発して、すーっとしてくる。
その感覚は、小学生のころに受けた予防接種を思い出させる。
そう言えば、晴美は注射を打たれるのが大の苦手だったけ……。
ふと思い出し、なんだか笑いが込み上げてきた。
まほさんの消毒は、両足のふともも、ふくらはぎ、アキレス腱と続いた。
ちょっと待ってほしい。
つまり、私の体は全身疲労だらけということか……。
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