239区 足音
ふと目が覚める。
カーテンを閉め切った窓から漏れ入る光で、今が夜ではないというのは認識出来る。
だが、小さな頃から部屋に時計を置くのが嫌いな私にとって、今が何時であるか知るよしもない。
携帯は晴美の通夜から帰って来た日に、電源を切って放置したままだ。
部屋に差し込む光とは対照的に、自分の心が漆黒のごとく暗くなっているのが分かる。
心の暗さに気付くと同時に、涙がすーっと頬を伝っていく。
その涙を追いかけるように、次々と涙があふれ出して来て、私は堤防が決壊したダムのように泣き叫んでしまう。
こうして泣き叫ぶのはこれで何回目だろうか。
ふと、涙が枯れると言う言葉は絶対に嘘だと思ってしまう。
だって、こんなにも毎日泣いているのに、枯れる気配が全くないのだから。
今の私は無気力そのものだった。
一日のほとんどをカーテンを閉め切った部屋で過ごし、もう家からも随分と出ていない。
そもそも、時間の概念がまったくと言っていい程なかった。
起きていると晴美のことを思い出して泣き崩れ、泣き疲れたら寝てしまう。
寝ていてもお腹が空いたら目を覚まし、台所へと行く。
でも、食欲はほとんどなく、食べても吐いてしまうことがしばしばあった。
最近では食べるのも面倒くさくなり、食事自体をほとんどしなくなってしまった。
そんな日々をもう何日過ごしたのだろう。
携帯電話も電源を切ったまま。
テレビも新聞も見ていない。
今となっては、今日が何月何日なのかすら分からなくなっていた。
家族とも何日も会話をしていない。
一度両親が私を病院へと連れて行こうとしたが、頑なに拒否した。
「晴美のいない世界なんかに出たくない!!」
私が泣きながら大声で叫ぶと、それっきり両親は何も言わなくなった。
晴美とは幼稚園で初めて出会い、それからずっと一緒にいた。
小さなころは、夏休みなどの長期休みの時でさえ、一緒に遊んだり電話をしたりで、本当に一切連絡をしないのはどちらかが家族旅行に行った時くらいだった。
それでもせいぜい3日ほどだ。さらには、お互いが携帯電話を持つようになると、それすらもなくなり、毎日のように何かしら連絡をとっていた。
それくらい晴美とはいつも一緒にいたし、今までがそうだったように、これからもずっと一緒にいると信じて疑わなかった。
それがまさか、こんな形で終わりが来るとは……。
こんな終わり方は想像すらしたこともなかった。
そんな私にとって、晴美のいない世界なんて別世界だ。
いや、異世界と言っても良いかも知れない。
そんな世界に出て行きたいとはとても思えなかった。
それに、走ることも勉強もすべてがどうでもよくなっていた。
このまますべて辞めてしまおうかと思った。
学校も、部活も、勉強も、走ることさえも……。
目が覚めた時にふと思うことがある。
本当はみんなで私を騙しているのではないだろうか。
晴美はいつもと変わらず、今日もマネージャーとして忙しく活動しているのではないかと。
でも、それが自分で自分を誤魔化すための嘘だと気付き、結局私は泣き始めるのだ。
だって本当にそう思っているのなら、私はとっくに部活に出ているはずである。
それをしない……。
いや、出来ない自分は、やはり晴美が亡くなったということを事実として認識しているのだと思う。
それを現実として受け入れることが出来ないのか。
いや、それも違う気がする。
「晴美のいない世界なんかに出たくない!」
両親に向かって叫んだ一言。
それが本心のような気がしていた。
きっと私は怖いのだと思う。
部屋から出て現実を見ることが。
こうして部屋に閉じこもっていれば、晴美との思い出に浸っていられるし、現実を見なくて済むのだ。
そう思いながら、私は泣き疲れ、また眠りに落ちて行く。
もう、一生このままでも良いと思っていた。
やはり晴美のいない人生なんて考えることは出来ない。
だが…………。
現実の方が足音を立て、私の所へやって来た……。
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