230区 進化と成長

「聖香。あたしたちってもう3年生だよね」


「突然どうしたの? 麻子」


「いや、夏合宿のプールも3回目なのに相変わらず聖香は泳げないんだなって」

今年もプールサイドに座り、脚を水に浸けている私の肩を麻子が叩く。


余計なお世話だと思った。


「生物ってのは突然進化するもんじゃないですし。進化するためには時間が必要なだけですし」

私の隣に座る紘子が麻子に反論する。

私同様泳げない紘子にとっては、自分のことを言われているにも等しかったのだろう。


「てか、泳げるようになるのは進化とかじゃないと思うんだけど」

麻子が苦笑いする。


プールに眼をやると、永野先生と恵那ちゃんがビーチボールを投げて遊んでいた。

2人で遊んでいる姿を見ると、やっぱり恵那ちゃんは永野先生が好きなんだなと感じる。


「それにしても……。金髪に紺のスクール水着って反則的に可愛いわね」

麻子の発言に紘子が困ったような顔をする。

あきらかに紘子はドン引きしていた。


実は私もプールに入る前にアリスの水着姿を見て、麻子と同じことを考えていた。

ただ、みんなに何を言われるか分からないので、自分の心に秘めていたのだが……。


あっさりと口に出すのが、なんとも麻子らしい。


私達がプールサイドに集まっていると思ったのか、梓と朋恵もプールの中から私達の方へと近づいて来た。


「恵那ちゃん、なんだか去年のロードレースで会った時とは別人みたいです。背も高くなって体も大きくなって」

朋恵の言葉を聞いて麻子が笑いだす。


「ほら、聖香。あきらめなさい。朋恵も認めているわよ」

「いやいや。意味が分からないから」

麻子が何を言いたいのか、本当に分からなかった。


「だから、恵那ちゃんがこの1年間で成長したら、聖香よりも胸が大きくなったってことを朋恵は言いたかったのよ」


「違います……。そんなこと、わ……わたし思ってません。ひどいですよ湯川さん。まるでわたしが悪いみたいじゃないですか! そりゃ確かに、恵那ちゃんの方が澤野さんより胸が大きいと言う事実はありますけど。でもそれは、恵那ちゃんが大きいわけではなくて、澤野さんが小さいだけですから」


朋恵はあきらかに焦った顔をして、麻子に一生懸命説明をしていた。

焦りすぎて自分が何を言っているのか分かっていないようだ。


「そうですよみなさん。小さいだなんて失礼です!」

梓がすかさず私のフォローを、

「聖香センパイのは小さいんじゃなくて、ただ単に無いだけですから」

すると見せかけて、とどめをさしてくる。


紘子がポンポンと私の肩を叩いて首を振る。

その動作は「強く生きてください」と訴えている気がした。


たっぷりと3時間近くプールで遊んだのち、恵那ちゃんは帰って行った。


たった2日間ではあったが、恵那ちゃんとの練習は良い刺激になった。

それに、随分と恵那ちゃんも成長していることが分かった。


成長と言えば、朋恵も負けていない。


昨年は走力があまりに違っていたので、1人だけ別メニューだったが、今年は完全に私達と同じメニューをこなしている。力の差があり、後ろの方を走っているのも事実だが、その差もこの1年で一気に縮まっている。


そして、もう1人。とんでもなく成長している人物が。


「よし、全員分のデーター出しが終わたかな。後は各自で確認してね」

晩御飯も終わり、私とアリス、朋恵が片付けから帰って来ると、宿泊室の座卓でノートパソコンと睨めっこをしていた晴美が、安堵のため息をつく。


中学生の時は美術部だった晴美。

高校に入っても真っ先に美術部に入部したものの、私が駅伝部に入ることを決めると、一緒にマネージャーとして入部した。


私がいるからと言う理由だけで始めたマネージャーだったが、今や部にとって絶対に必要な存在となっていた。


現に最近、永野先生はタイム計測をするものの、あくまで全体のペースを確認する程度だ。細かい記録はすべて晴美に任せてある。


晴美の凄いところは、昨日ようなインターバルだと、各個人ごとにタイムと間のジョグに要した時間を出してしまうところだ。


一度やり方を聞くと、ストップウォッチを2つ使って、先頭のタイムとそれ以下のタイム差を別々に計測し、毎回ゴール順だけメモして後から計算すると、小さな子供に教えるように噛み砕いて教えてくれたのだが、私にとってはドイツ語で地理の授業を受けるくらい、わけのわからないものだった。


みんなで昨日の練習のタイムを確認していると、永野先生が部屋に入って来る。


「急な話で悪いが、明日スペシャルゲストが来るからよろしくな。特に澤野」

永野先生の発言にみんなの注目が私に集まる。


「どう言うことなんですか。なぜ私だけ? てかスペシャルゲストって、恵那ちゃんだったんでしょ?」


「湯川が一発で当ててしまったからな。悔しかったんで別に呼んでみた」

永野先生が勝ち誇ったような顔をする。


そう言うところは随分と子供っぽいなと思ってしまう。


どちらかと言えば、飛行機に乗った時のような子供っぽさの方が好きなのだが。

それを口にしたら大問題になりそうだ。


「ゲストって、くみちゃん先輩とかですかぁ?」

「残念だな藤木。北原には合宿前に声を掛けたんだが、大阪から帰れないそうだ」

永野先生の一言に、みんな様々な反応を見せた。


紗耶と晴美は一緒に走った先輩が今大阪にいると知って驚き、昨年の合宿で会っただけの紘子、朋恵は「北原さんって昨年来た人だよね」と2人で話す。全く面識のないアリスは首を傾げ、梓は「葵姉が言ってたなあ」と余裕の顔。


そして麻子は「あの2人はまったく……」と言いつつも顔が引き攣っていた


正直私も、ゲストは久美子先輩だろうと思っていただけに驚いた。


そうなると本当に誰が来るのか予想が付かないが、特に私と言うあたり、私の関係者なのだろうか。

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