209区 『ブレロ・アリス』

「さぁ、次はわたし達が頑張る番だよぉ~」

荷物をまとめ紗耶が立ち上がる。

紘子、アリスと3000mに出場する3人がアップへと出かける。

私も荷物番として付いて行く。


3人がアップをしている間、私は大人しく座っていた。

ふと、二年前も同じように葵先輩の荷物番をしていたことを思いだす。


たった二年前なのに、随分と懐かしい感じがする。

当時を思い出していると、自然と笑みがこぼれて来た。


「澤野さん、なにをにやけてるんですか。胸がない以上に知性がないですよ」

私を見降ろすようにして、目の前にアリスが立っていた。


てか、最後の一言は……。


「いや、二年前もこうして荷物番をしていたことがあってね。懐かしいなって。それにその時に比べたら、駅伝部も色々変わったなって」

私が説明すると、アリスが笑いだす。


「まぁ、二年って短いようですけど、実際は二年もあれば余裕で人生が変わったりしますよね。アリスも二年前はこっちに引っ越して来るなんて思ってませんでしたし、まさか自分がこんなにも一生懸命走ることになるとは考えもしませんでした。でも、後悔とかはまったくないですよ。そもそも、アリス自身が決めたことですから」


返事を返すアリスの笑顔は、どことなく大人の雰囲気を持ち合わせている気がした。


「それに……」

アリスが一言だけ喋って言葉を詰まらせる。


不思議に思い私がアリスの顔を見ると、アリスと目が合う。

目が合うと、アリスは先ほどとは違う、優しい笑顔を私に返してくる。


「それに、アリスは僅か十数年という、まだまだ短い人生ではありますが、駅伝部のメンバーとの日々は間違いなく人生で一番輝いていますよ。もう、キラキラのピカピカです」

最後の方は笑いながらアリスが語る。


「表現方法はどうかと思うけど、随分と嬉しいことを言ってくれるわね」

私としては、笑い話の流れのまま言葉を返したつもりだった。


だが、私の言葉にアリスの笑顔がスッと消え、急に真面目な顔になる。


「ほら、アリスって見たとおり金髪碧眼でしょ。さらには生まれも育ちも日本な上に、両親も無理にアリスに教えなかったようなので、親の母国語であるイタリア語はもちろん、英語もろくに話せない。おかげで、小学生の時は相当心無いことも言われましたよ。そのせいか、随分と達観した子供に育ってしまって……。


アリスも同い年のくせして、子供って自分と違うものを持った人を平気で差別できるんだと冷ややかな目でクラスの子を見てましたから。そんなどこか冷めたキャラが受けたのか、中学ではかなりモテてしまって……。


あ、自慢じゃないですよ。そうすると、同性からこの見た目のことでまた色々と言われてしまうわけですよ。そうなると、アリスの心もどんどん冷めて捻くれてしまうわけです。結果、性格も口も随分と悪くなっちゃうし。


今にして思えば、アリスのそんな学生生活の事情的なものが前の高校から桂水高校に資料として送られていたのかもしれないですね。転校の手続きで職員室に行った時に、ながの先生がアリスのところにやって来て、駅伝部に入れって熱心に誘ってきたんですよ。


その時の言葉、今でも覚えてます。『お前が今まで見たこともないくらい、輝いた景色を見せてやるよ』でした。アリスはその言葉、競技的な意味かと思ってましたが、最近、ああ、ながの先生が言いたかったのは、駅伝部そのもののことだったのかって、気付きました。


せいかさんもそうですが、みなさん、アリスの容姿について、まったくの自然体で接してくれますよね。よくもまあ、ここまで人間ができた人ばかりが一つの部活に集まってるもんだって、感動を通り越して呆れそうになっちゃいますもん。でも、おかげでアリスの人生は今、キラキラのピカピカに輝いています」


自分の心の内を語るアリスの顔は、アリス自身の言葉を借りるなら本当にキラキラのピカピカと言う表現以外では表せないくらいに輝いていた。


そのアリスを含め、桂水高校の3人全員が最終組で登場する。


招集からスタートまで時間があったので、私は荷物番を終えるとスタンドへと戻って来た。


最終組がスタートすると同時に、会場全体が熱気に包まれて行く。

理由はただ一つ。あの2人だ。

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