208区 梓初陣

今年も昨年同様、私達桂水高校女子駅伝部に関係ある種目の中では、800mの予選が一番最初だった。


「この人数の多さは、まさに風物詩よね」

「こんなことで季節を感じるのは嫌かな。てか、聖香の中でこの800m予選は、どんな季節を感じさせてくれるのかな」

私の一言に晴美は冷たい視線を向けてくる。


しまった。


私としてはごく普通の会話のつもりだったが、どうやら陸上バカの発言になってしまったようだ。


その後、800m予選も順調に進み、いよいよ最終組。梓の登場だ。


「今年は全体的にペースが遅いかな。普段の練習のタイムから考えて、梓ちゃんの実力なら着順がダメでもプラスに入れると思うけど」


晴美は今まで行われた各組の上位記録をすべて記入しており、準決勝に行けるボーダーラインまで計算していた。


気付けば、晴美もマネージャーとして、これ以上ないくらい成長していた。


「でも梓は初出場でしょ? 油断して転倒することもあるかもよ?」

「それはあなただけだから麻子。現に朋恵だって初レースはきちんと走ったわよ」

「いえ……。わ……わたしは足が遅いですから。スタートから置いて行かれてますし」

私が話をふると、朋恵は遠慮気味につぶやく。


「でも、朋恵ってさあ。もうあんまり脚が遅いってイメージないわよね」

麻子の一言に朋恵はビクッとなる。

「と……とんでもないです。現に今でも部内では断トツで遅いじゃないですか!」

なぜか朋恵は半分涙目になっていた。


いや、私からしても十分に強くなったと思うし、そんなに弱気にならなくても良いと思うのだが。


まぁ、個人の性格というやつなのだろうか。


そんなやり取りをしていると、梓がトラックに入って来る。


葵先輩と同じように肩まで髪を伸ばし、走る時だけ髪をまとめている梓。いつもは、後ろで縛っているだけだが、今日は葵先輩とまったく同じようにポニーテールでまとめていた。


「あずちゃん、やっぱりあおちゃん先輩のこと好きだよねぇ~。きっと、レースだからあおちゃん先輩と同じ髪型にしたんだろうね。それにあの髪留め、あおちゃん先輩のだよぉ~」

私は紗耶の言葉で初めて気付く。遠目にしか確認出来ないが、梓が付けている青色の小さなリボン付きの髪留めは、間違いなく県駅伝の時に葵先輩が付けていたものだ。


「あたし男兄弟しかいないけど、姉妹ってそんなもんじゃないの?」

「いや、絶対梓は仲が良いですし。現に葵さんのこと可愛いっていつも言ってますし」

「うーん。私も姉のところに遊びに行ったりするから、仲は悪くないかもしれないけど。姉のアクセサリーをもらおうとは思わないかも」

麻子の質問に紘子と私が続けて答える。


「わたしは双子だから結構仲は良いんんだよぉ~。服とかも貸し借りしてるよぉ~」

やっぱり紗耶のように双子だと、そういうものなのだろうか。


「まぁ、歳があまりに離れすぎてると親子みたいな感覚だけどな」

と言うより、永野先生と恵那ちゃんは、親子だとしてもおかしくないくらい歳が離れているのだが。現に、恵那ちゃんと永野先生の年齢差は22歳だ。


「親子と言っても、永野先生まだ独身じゃないですか。てか、先生結婚とかしないんですか?」

麻子が遠慮なく永野先生に尋ねる。


麻子の良い所は、立場に関係なく、はっきりものを言える所だと思う。

現に、そう言う場面を何度も見て来た。


だが、さすがに今回は地雷を踏んだ。


幸運だったのは、永野先生がショックを受けると同時に、梓のスタートを告げるピストルが鳴ったことだろうか。


梓はスタートと同時にグングン前へ出て行き、150m行った所で先頭に立つ。


「随分と積極的に前へ出るわね。普段は、あたしが前にいることがほとんどだから分からないけど、これが梓の走りなのかしら。それとも今日は特別に頑張ってるとか?」

さすがに永野先生に言った一言が失言だったと気付いたのか、まるで話題を変えるかのように麻子が饒舌になる。


「少なくとも、梓ちゃんは周りを見て合わせて走るタイプじゃないかな。普段の練習でも前に行ける時は行く感じかな」

驚いた。晴美はタイムを取るだけでなく、各選手の動きもしっかりと見れるようになっていたのだ。


梓が先頭のままレースが進んでいく。

多少オーバーペースのような気もするが、今はリズムに乗っているのでこれで良いのかもしれない。


「大和妹はスピード練習の一環として、今回800mに出場させたからな。これくらい積極的に行ってもらったほうが助かる」

永野先生の声が届いているのか、それとも何らかの指示が出ているのか。

梓は先頭に出ても、決してペースを緩めようとしない。


「それにしてもこうやって見ると大和さんって、本当にお姉さんそっくりね。まるでお姉さんのほうが800mを走っているみたい。お姉さんが800mを走るところは見たことがないから、なんとも新鮮な感じがするわね」

梓のレースを見ながら由香里さんがつぶやく。


言われてみれば、本当になんだか不思議な感じがした。本人も意識してのことかも知れないが、見た目も随分と葵先輩に似ており、本当に葵先輩が走っているかのようだった。


まぁ、随分と違うところもあるのだが。


「間違ってもうちは、葵姉みたいな大食いは出来ません。葵姉、普段から食べる量が半端じゃないんですよ。確かに一生懸命食べる姿は抱きしめたくなるくらい可愛いですが。あれは絶対に我が家のエンゲル係数を上昇させてますから」

いつだったか、梓は必死になって訴えていた。


梓が先頭のまま、ラスト1周の鐘がなる。

先頭に立っているとはいえ、すぐ後ろに4人の集団が付いている。


「この組が一番速いかな。このまま行けば梓ちゃんは準決勝進出だよ」

晴美が、プログラムにメモをしている今までの組のラップを見がら言う。


「それは分かりませんよ晴美さん。梓がこける場合もありますし」

「そうね。それは多いにありうるわね」

紘子と麻子。2人ともレース中に派手にこけたことがあるので、この2人が言うと笑うに笑えない。


そんな2人の心配をよそに、梓はこけることもなく順調にレースを進めて行く。ラスト200mを切ったところで2位に落ちたものの、無理に順位を巻き返すこともなく、そのままの順位でゴールし準決勝へとコマを進めた。

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